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第五話――目的更新:セントラルへ

ケットシーはナーシャの腕の中で、満足げに喉を鳴らしていた。


ごろ、ごろ、と。


小さな振動が、胸を通して体の奥に響く。


白い毛並みは絹のように柔らかく、指を滑らせるたびに光を含んだように揺れる。


温かい。


確かな生命の温度。


それだけで、さっきまでの高揚も緊張も、少しだけ和らいでいく。


「にゃあ」


甘えるような声。


その一音に、思わず頬が緩む。


現実では触れなかった。


近づくだけでくしゃみが止まらなくなった猫。


それが今、腕の中で目を細めている。


「……やばいな」


小さく呟く。


この世界に来てから、性別が変わり、種族が変わり、ジョブが変わった。


常識は何一つ当てはまらない。


それでも。


今この瞬間だけは、悪くないと思えた。


ナーシャはゆっくりと息を吸い込み、空を見上げる。


赤黒い雲が流れる、魔族都市【ヘルタウン】の空。


尖塔が立ち並び、硫黄の匂いが漂うこの街は、人間側とはまるで違う世界だ。


だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「……よし」


小さく区切るように息を吐く。


決意の音。


「セントラル行くぞ」


腕の中のケットシーが、ぴくりと耳を動かす。


「にゃ?」


琥珀色の瞳が見上げてくる。


「ヒューガと合流する。情報が欲しい」


現状、手持ちの情報は少なすぎる。


自分の急成長。


悪魔への転職。


魔族スタート。


そして先ほどの"視線"。

これが仕様なのか、偶然なのか、それとも何かの前触れなのか。


一人で抱えるには、材料が足りない。


ヒューガはβ版経験者だ。


あいつなら、何か引っかかるかもしれない。


だが。


問題が一つある。


魔族都市【ヘルタウン】から人間側首都セントラルへ向かうには、

ダンジョン【地龍の寝ぐら】を抜けるしかない。


街の西にぽっかりと口を開けた巨大な裂け目。


地の底へ続く、黒い咽喉。


推奨レベル15。


現在、レベル16。


数字上は、問題ない。


だが。


「主様、あそこ“ボス常駐型”にゃ」


ケットシーの声は、先ほどの甘え声とは違い、少しだけ低い。


「ボス常駐?」


「地龍はランダム湧きじゃないにゃ。あそこは“通路”。つまり、主を倒さないと先に進めない構造にゃ」


避けられない。


奇襲も、スルーも、裏道もない。


必ず、正面から。


ナーシャは裂け目の方角を見やる。


遠くからでも感じる熱気。


大地の奥で何かが蠢いているような、低い振動。


喉が、わずかに鳴る。


怖くないわけじゃない。


だが。


口元は、自然と上がっていた。


「ちょうどいいじゃん」


魔力143。


古代魔法Lv3。


闇魔法Lv10。


そして――悪魔ジョブ。


数字を思い浮かべるたびに、体の奥で魔力がざわつく。


試してみたい。


この力がどこまで通用するのか。


「試し撃ちには、悪くない」


ケットシーはじっとナーシャを見つめる。


そして、小さくため息をついた。


「主様、燃費は最悪にゃ」


その言葉と同時に、ステータスウィンドウが脳裏をよぎる。


MP最大値は確かに増えた。


だが消費も重い。


古代魔法は、切り札。


連発はできない。


「……知ってる」


ナーシャは苦笑する。


自分の強さは、まだ“完成”じゃない。


ピーキーすぎる。


極端すぎる。


だからこそ。


面白い。


「行こう、ケットシー」


腕から降ろすと、ケットシーは軽やかに地面へ着地し、くるりと尻尾を揺らした。


「主様が無茶したら、ちゃんと止めるにゃ」


「頼りにしてる」


一人じゃない。


それだけで、さっきまでのダンジョンが少し近くなる。


二人は並んで歩き出す。


魔族都市の外縁へ。


地面に走る巨大な亀裂。


そこから吹き上がる熱風が、ナーシャの髪を揺らす。


暗闇の奥から、低い咆哮が響いた。


歓迎か。


警告か。


ナーシャは一歩、踏み出す。


「地龍の寝ぐら――攻略開始だ」


闇が、二人を飲み込んだ。

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