第四話 ケットシー召喚
魔法陣が、足元いっぱいに広がった。
紫紺の紋様が回転し、空気が震える。
光が弾けた。
その中心から、白い影がふわりと落ちてくる。
小さな体。
柔らかな毛並み。
長い尻尾。
ナーシャの胸元へ、軽やかに着地した。
「にゃあ!」
――軽い。
そして、あたたかい。
反射的に抱きとめる。
指先に伝わる、絹のような毛の感触。
現実では決して触れられなかったもの。
「やば……可愛い……」
喉の奥から笑いがこぼれる。
猫は満足げに喉を鳴らした。
ごろ、ごろ、と。
その振動が、胸に直接伝わる。
くしゃみは出ない。
目も痒くならない。
――この世界では、大丈夫。
だが。
不意に。
猫の喉鳴りが止まる。
耳が、ぴたりと伏せられた。
視線が、ナーシャの背後へ向く。
瞳孔が、針のように細くなる。
「……見つかってないよね?」
声が低い。
先ほどまでの無邪気さが、消えている。
「え?」
ナーシャが振り向く。
何もいない。
赤黒い空。
歪んだ石畳。
だが。
一瞬だけ。
空間が、波打った。
まるでガラス越しに覗かれているような、圧。
猫は、ゆっくりとナーシャを見上げる。
そして――固まった。
視線の先。
称号ウィンドウ。
【魔道先駆者】
「……うわ」
小さく、息を呑む。
「主様、それ……先駆者?」
空気が凍る。
風が止む。
遠くで、何かが“焦点”を合わせた感覚。
猫の背中の毛が逆立つ。
「最悪だ……追跡が早まる……」
「追跡?」
ナーシャの声が、わずかに震える。
猫は、はっと我に返る。
次の瞬間。
ぱっと笑顔を作った。
「にゃ、にゃんでもないにゃ!」
だが。
膨らんだ尻尾が、嘘をついている。
小さな体が、わずかに震えている。
猫はナーシャの胸元に額を押しつける。
囁くように。
「主様、あのね」
「……あんまり目立つとダメにゃ」
声は小さい。
だが、真剣だ。
「この世界、優しくないにゃ」
「異常値は――消されるにゃ」
その言葉と同時に。
視界の端で、何かが瞬いた。
まるでログの一行が、書き換わるように。
そして、何もなかったかのように静寂が戻る。
猫は顔を上げ、にっこりと笑った。
「でも安心するにゃ」
「主様が消える前に、ボクがなんとかするから」
その言葉は。
守る誓いのようで。
同時に。
“ナニカを知る”者の声音でもあった。
ナーシャはまだ、知らない。
この出会いが偶然ではないことを。
そして。
世界が、すでに二人を“認識”したことを。




