↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シネラリアの女神  作者: 如月あい
三章 藍色は告白する
PR
61/67

上には上が

 日が傾き始め、木々は赤く染められていく。地面に影を落とす夕日が、優しく少年少女を包み込んでいた。

 赤く染め上げられた木々の中を颯爽と歩く黒髪の少女は、やはりいつものように美しかった。

 しかし、どこからどうみても貴族の子女には見えない。

 体の左半分は、服も含めて泥の水分を吸って薄黒くなっており、ぬぐいきれなかった泥の膜は、顔にまでついている。

 顔立ちが美しいからなのか、着ている服がそれなりのドレスだからなのか、下働きの少女には見えないものの、商人の娘がはしゃぎすぎて汚れてしまったというような、そんなどこか親しみやすい雰囲気を醸し出している。

「その格好で家に戻ったら、父上になんて言われるか」

 呆れたように言う少年の金色の髪は、太陽の光でより鮮やかに輝いていた。

「裏口から入って、泥を落とすわ。水やりようの井戸の水なら、ちょうどまわりも土だらけで、ばれにくいでしょうし」

「あの部屋の窓から見えるんじゃないの?」

 シェリアはシェンのつっこみに、一度足を止めて、眉をひそめる。

 あの三人を残してきた部屋の窓を覗けば、見えるかもしれないぐらいの位置に、井戸は存在している。

 しかし窓のすぐ外、というわけでもないので、よほど目を凝らさない限り見えないだろう。

「そこまで窓の外を気にする人がいると思う?」

「ヴェントス家の人は? それに、あの人が気にする余裕もないんだったら、それはそれでシェリアにとって窮地な気もするけどね」

「……お父様?」

「そう」

 それは最悪のパターンだ。

 シェリアがいない間に、レンと父が衝突することは、一番避けたい部分だった。シェリアがいればフォローもできるが、いなければ話がどういう方向に転がるか分からない。

 髪と瞳の色を除けば、外見こそ、シェリアは母に似ているが、中身は父によく似ているのだ。

 頭が切れる方だと自負しているシェリアも、父には敵わない。レンはなおさらだろう。

「あとはそれを逆手に取るか、かな」

 シェンがシェリアの顔を指す。その指の先にあるのは、乾いてこびりついている泥だ。

「逆手に……? ああ。なるほどね」

 シェンの言わんとすることを理解したシェリアは、はたしてどちらの方が被害が少ないか(・・・・・・・)計算していた。






 

 鮮やかな金色の髪が腰まですらりと伸びている。

 微笑んでいるけれども、黒と見間違えるほどの深い緑色の瞳は、挑戦的にこちらを見ていた。

「そっくりだな」

 赤みがかった茶色の髪の少年、アベルは正直な感想を口にした。

 アベルが見ているのは一枚の絵画。

 一人の女性がただ座って微笑んでいるだけの絵なのだが、その女性がどこぞの女神の如く美しい。

 髪の色は全く違うものの、顔かたちのつくりは、シェリアとかなり似ているものだった。

「シャルロッテは、娘と似ているだろう? 髪の色は息子に似たようだが」

 意外なほど機嫌のよさそうな伯爵は、微笑みすら見せていた。

 マリエの機転はどうやら功を奏したらしかった。

「そうですね。シャルロッテさんはどんな方だったんですか?」

 赤銅色の髪の少女は、少し身を乗り出して質問する。

 伯爵の真正面のソファに腰掛けることへの緊張感は、だいぶ薄れたようだった。

 レンは伯爵の隣のソファに浅く座り、この場の流れの全てをマリエに任せていた。

「……シェリアがうつってきたんじゃないのか」

 助かったと思いながらも、マリエがあの黒髪の少女と似てくるのは、あまり喜べたものではない。

 

 さきほど、一度会話がとぎれた後、緊張がその場を制した。

 レンはシェリアとの関係を、シェリアのいない場で語る気はなかったようで、どうしたものかと思案を巡らせていたからだ。しかしシュバルは部屋を出ていく気はなさそうで、何かを話していなかったら場が持たない状態であった。

 男二人は、打開策が見つけられず困っていたところ、マリエがシェリアについての話を、伯爵に話し始めた。

 すると、普段は知らない学校での娘を知れたことで、気をよくしたのか、そのままマリエと家族の話で盛り上がっていき、ついには自分の妻の肖像画を持ってこさせるに至ったのである。


 楽しそうに会話し続ける二人を横目に見ながら、侍女が出してくれた紅茶を口に運ぶ。

 この場の主導権をマリエが握っている間は、自分が口を挟まない方がよさそうだ。

 そうやって任せられるくらいには、マリエのことを信頼していた。

 緩やかに流れる時間を、アベルはのんびりと過ごしていた。

 だから、ふいに会話が途切れ、誰かが席を立った気配がしたとき、微睡みかける寸前だった。

「? 何を……?」

 立ち上がったのはシュバルだった。

 彼は窓まで歩いて行き、外の景色を見やる。

「何をしてるんだ」

 呆れたようにつぶやいて、窓のガラスに顔をちかづけ、目をこらす。

 レンは何かに気づいたように窓の方を見て、腰を半分浮かしていた。

「シェリアですか?」

 レンの様子を見てなのか、シュバルの行動を見てなのか、マリエが問う。

 シュバルは一度レンを見てから、音をたててカーテンを引き、そうして肩をすくめた。

「ああ。泥だらけだが」

「泥だらけ?」

 完全に立ち上がったレンは、シュバルの言葉をおうむ返ししただけで、いまいち状況を理解できていないように思えた。

 それほど、シェリアが泥だらけという事態は想像しがたい現象だ。あのシェリアが何をどう間違えれば、そんな状況に陥ると言うのか。

「落としもせずに帰ってきたのは……こちらの状況を、もう少し悪く見積もっていたからかもしれないな」

 一人で勝手に納得したような伯爵は、ふっと優しげな笑みを見せる。もともとの顔立ちは、シェンと同じく優しげに見える人である。その優しげな笑みと顔立ちが相まって、良き父の理想像のような、そんな風に見えた。

「どうやら君の話を聞くのには、もうしばし時間がかかりそうだ」

 視界の隅で、赤銅色の髪がわずかに揺れる。

 どうやらマリエの作戦も、レンの心情も全てお見通しだったらしい。

 きまり悪そうな表情を見せたレンは、勢いを失ったかのように、おとなしくソファに座る。

 赤銅色の瞳が、こちらに向き、アベルもそれに視線を重ねると、口だけを動かして、何かを伝えようとしているマリエが目に入る。

 読み違えていなければ「ばれてた」というところだろう。

「娘の様子を見てくる」

 扉の方へと歩いて行き、レンが言葉を発する前に、ダメ押しするように伯爵は言った。

「それまで君は、何を話すか考えておきなさい」

 部屋の外にでる直前の、不敵な笑みを浮かべた伯爵は、どこぞの女神によく似ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。