反抗の末に
「アル兄はね、私のこと、大好きなの」
不思議そうな顔をした三人の少年少女に向かって、赤銅色の髪の少女は一度大きく深呼吸をしてから、話し始めた。
「しかもとても過保護。私が少し友達と喧嘩したら、すぐにああだこうだ言うし……ラウリにも冷たいし……」
「ああ、そういえば、ラウリ君は家が近いんだっけ?」
「そうそう。だからよく一緒に遊んだの。アル兄はうるさかったけどね」
父親と同じ金髪碧眼の兄の姿を思い出して、マリエは少しげんなりした。あの兄はいつだって勝手で、いつだって自由だ。
「今はお兄様は?」
シェリアが首をかしげて聞いてくる。
マリエはどうしようか悩み、両親の方を向く。
両親はといえば、ただマリエの言葉を待っているように見えた。彼らから説明する気はないようだ。
「トレリにはいないわ」
「え?」
「国外に出て行ったの。私が大嫌いって言ったらね」
マリエができるだけ軽い調子で言ったのにもかかわらず、その場の空気が凍りついたのを感じた。
予想外の言葉に反応に困っているのだろう。
しかしながらことはそんなに深刻でもない。
「音信不通なら、国外にいるなんてこともわからないでしょう? 家を出てから毎日どこからか手紙を送りつけてくるから、所在なんて丸わかりなの。今はトレリよりももっと西の国に行ってるわ。海を越えてね」
「毎日?」
シェリアが三人を代表してマリエに問いかけてくる。そう問いかけたくなる気持ちは分かる。いじけて外に出て行ったにしては、毎日手紙を送ってくるようでは効果が薄い。
「私が大嫌いを撤回するまで帰らない……っていう内容の手紙を毎日。俺が帰らなかったら困るだろう、っていうのも書いてあったかな」
「帰って来なかったら、困る?」
いつもは頭の切れるレンが、今回ばかりはお手上げとばかりに肩をすくめてみせた。意外なことに、レンとアベルは思い当たらないらしい。格の高いうちであればあるほど、そういうことには敏いかと思ったが、それは兄弟がいるものの感覚なのだろうか。
「モンブラン家を誰が継ぐかっていうことでしょう? おそらくマリエ自身も、マリエのご両親も――」
そこでシェリアは言葉を切り、マリエの両親の方を向き直った。
二人はあいまいに微笑んで、シェリアの言葉の続きを待っている。
「――マリエに子爵家を継がせる気は、ない」
「……変人だけど、優秀だからね、アル兄は」
はっきりと肯定したわけではないが、マリエの言葉で十分に伝わったようだ。シェリアはやっぱりとつぶやいて、ちらりとアナとレナートの方を見た。
レンとアベルは何かを考えるそぶりを見せ、何を思ったのか、二人で一度目を合わせた。
レナートは四人で進んでいった話しにようやく口を挟む気になったのか、一呼吸置いてから、ようやくレンとシェリア、それからアベルの三人を順番に見てから口を開く。
「マリエがシネラリアに入った理由を知っていますか?」
三人が各々に首を振る。
当たり前だ。
マリエはシェリアにすら話していない。
その理由が、あまりにもくだらなすぎて、そして、あまりにもシネラリアの生徒をバカにしているような気がするからだ。
「マリエは当初、総合学校に行きたいと言っていました。王都の、です」
「総合学校?」
アベルの疑問は最もである。総合学校は、軍人の養成学校であるシネラリア養成学校とはだいぶ形態が異なる。
シネラリアは三年制で、成績によって二年で卒業できる制度であるのに対し、総合学校は、基本的に四年間通う必要がある。総合学校も成績によって三年で卒業できるのだが、それはシネラリアを二年で卒業するよりも難しいとされている。
シネラリアをそれなりの成績で卒業すれば、望めば軍属はほぼ間違いないが、総合学校に関しては、文官になるものや、商業に関わるもの、あるいは研究者など、幅広い選択がある分、個人でどの道を選ぶか決めなければならない。
「しかし、アルノルドが過保護すぎて、王都まで出るのは危ないと言い出しまして……」
「いや、でもここらへんにある学校って……」
シェリアはわりとモンブラン家周辺の地理に明るいため、アルノルドの意図に気づいたようだった。
一度マリエを見てから、首を横に振って、同情的な視線をマリエに送る。
「何があるんだ?」
「……貴族のお嬢様の花嫁学校」
「え?」
「正確には、セレナード女学校。マリエには……向いてないでしょうね」
セレナード女学校。貴族の気位の高いお嬢様方に大人気の学校で、貴族女性としての教養を身に着ける場所だと言われている。しかしながらその実態は、女の修羅場である。
いかに地位の高い男性と結婚できるか、それが彼女たちの最大の目標であるのだから、まったくもってモンブラン家とは相性が悪い。
貴族としてのプライドなど皆無に近いマリエには、そんなところに行くぐらいならば、学校に行かない方がマシだというぐらいだった。
「それは……モンブラン家の家訓に反していませんか?」
「反していますね。でも、私たちはマリエが望めば、それでもかまわなかったのですが」
「望めば? モンブラン家の自由恋愛主義は、必然でしょう?」
レンの言葉に違和感を感じたのは、マリエだけではなかったようだ。
シェリアも同じようにして眉をひそめている。しかしアベルはレンと同じく思うところがあるのか、特に驚いたような様子も見せず、ただレナートの言葉を待っていた。
レナートは柔和な笑みを少しだけ曇らせて、ちらりとアナの方を見たあと、レンに向き直ってぽつりとつぶやく。
「……レオポルド科長がおっしゃっていましたか?」
「隠れ蓑だと」
「ああ、なるほど。まったくもって優秀なご子息ですね。ですが……」
「嘘だとは思っていません。お二人を見て、それが本物だと、分かりますから」
「それは良かった。さて、何を話していたのでしたっけ……? ああ、そう、アルノルドがマリエをセレナードに入れたがったため、マリエは反発して、シネラリア養成学校を選んだんです」
要領がつかめない会話の後、何かをごまかすかのようにレナートは強引に話の路線を元に戻した。
「ツンベルギアにしなかったのは、シネラリアの方が遠いから?」
疑問を口にしようと思った矢先に、レンから質問を受け、マリエはそちらを先に答える。
「そうよ。できるだけ遠くて、できるだけ危ない学校がいいと思ったの」
「それでシネラリアに……」
「ええ。だからあまり軍人になることにこだわっているわけじゃないの」
マリエは立ち上がって、ゆっくりと窓の方へ歩く。
窓の外に広がる庭を見つめながら、ここが寮の部屋でないことを痛感した。
「でもまあ、大嫌いって本当に思ったから、それならできるだけアル兄が嫌がることをしようと思ってね」
くるりと振り返って、明るくそういえば、赤みがかった茶色の瞳が、こちらに向いていることに気づいた。
もともとは両親が三人に感謝を述べるために呼んだはずであったのに、どうしてこんな話になってしまったのだろうか。
一度、マリエは手を打った。
軽い音が部屋の中に響き、両親と三人は驚きでこちらを見る。
そんな五人に向かって、マリエは最上級の笑みを浮かべてみせた。
「終わりにしましょう、この話は。もっと別の話題があるはずよ」
「それもそうね。ねえ、学校でのマリエのこと、三人から聞かせてほしい」
マリエの気持ちを汲んでか、アナがすかさず三人に話題を振った。
こういうとき、母親とはすごいなとしみじみと感じ、少々両親が仲が良すぎても、許してあげようと言う気分になってしまうのだった。




