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シネラリアの女神  作者: 如月あい
二章 深緑色は決意する
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言えない理由、吐露する過去

「何があった?」

 親友の問いかけに、大きく息を吐いてから、アベルは先ほどまでの事情を語る。

 話していくうちにレンの表情が曇るのを見て、アベルはやはり自分が何か悪いのだろうとため息をつく。

「要するに、ヴェラさんの話をマリエにされても迷惑だと言われたのか」

「ああ。あんなに冷めた声で言われると……堪える」

「なあ」

「ん?」

「どうして引き受けた? 文通相手」


 深い藍色の瞳が、わずかな動揺も見逃すまいと鋭い光を放つ。

 その件に関しては、まだ誰にも言えない、いくつかの理由がある。

 ここでごまかしてもいいが、ひどく頭の切れる友人のことだ。うかつに話せば、真実にあっさりとたどり着いてしまうだろう。


「……悪いけど、話せないな」


 正直にそういってしまえば、レンはきっとこれ以上詮索してこないだろう。

 彼はそういう人間だ。


「一つだけ、聞く」


 しかし予想外にも、さらに追及してくる姿勢を見せたレンに、アベルは思わず身構えた。

「ヴェラさんのこと、好きなのか?」

 それは一番聞かれたくない質問だ。

「……王子殿下を敵にまわしはしないさ」

 これがアベルの限界だった。


「そうか。わかった」

 レンは思ったよりあっさりと引いた。

「自覚はあるんだな? その返答が、どちらにでもとれること」

「……ああ」

「なら、いいけど」

 落ち着かない。

 いつも味方をしてくれるレンではない。今回に限っては、レンも向こう側、シェリア側なのだろう。

「……時間の問題、か」


 厄介なことになったな、と、アベルはため息をついて、さきほど赤銅色の髪の少女が去って行った方を向いた。








「あら、マリエ、戻ってたの?」

 黒髪の美少女が、明るい調子でマリエに話しかけてくる。

 ぼんやりと椅子に座っていたマリエは、はっとして、そちらを見て笑みを浮かべる。

 さきほどまでのアベルとのやり取りを、一度頭の隅に置いて、シェリアと話すことに意識を集中させる。

 そうでもしなければ、シェリアに何かあったのかと問い詰められてしまうだろう。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 黒髪の少女は優雅に髪をかきあげて、適当に一つにまとめる。

 カバンを置いて、制服を着替えたあと、シェリアは自分の机に座って、ぽつりとつぶやいた。


「最近ね、思い出したことがあるの」


 彼女はそういって、机の引き出しから、袋に入った金属片を取り出した。

「これね、短剣が欠けて、その欠けた欠片なの」

 突然、語り始めたその内容が、どこへ向かうのか分からず、マリエは思わず眉をひそめる。

「私は小さいとき、仲が良かった女の子がいたの。避暑地だったから、夏にしかいかないけれど、夏の間ずっと一緒だから、仲がとっても良かったわ」

 シェリアはどこか遠い目で、それでも懐かしそうに短剣の欠片を眺めている。

「八歳の時、二人で遊びに森に遊びに行ったら、たまたま賊にでくわしたの」

「それで?」

 初めて聞く話に驚いて、マリエは思わず口を開いた。

「その子も私も伯爵家令嬢だから、護衛が一人ずつ付いてたんだけど、賊が三人いて、護衛二人と賊二人で相打ち状態になったわ」

「じゃあ……あとの一人は?」

「もちろん、私たちを狙ってきたわ。私たちが伯爵令嬢だとは分かってなかったみたいだけど、服とか装飾品はそれなりのものだったし、売りとばせは金になったでしょうからね」

 あっさりと言っているが、それは相当衝撃的な事件だったのではないだろうか。

 ここにこうしているということは、どうにかして助かったということだろうが。

「それで、私はとっさに持っていた護身用のナイフを抜いたの」

「え? 八歳で護身用のナイフ?」

「リエーソン家は、というより、父が過保護でね。いや、過保護ではないのかな? 自分でナイフをつかえて護身できるのが一番安全だからとか言って、五歳の時から剣を握らされてたの。まあ、動くのは嫌いじゃなかったから、別に良かったんだけどね」

 マリエはふと、自分が初めて剣を握った時のことを思い出す。

 シネラリア養成学校の入ろうと決めたのは、マリエが一度、軍の人に助けてもらったことがあるからだ。

 それに憧れて、十歳の時に、初めて剣を握った。

 マリエも運動神経は良く、乗馬などもよくしていたので、剣の型を覚えるのに、そう苦労した覚えはない。

 それでも、それを五歳の時からやれと言われたら、マリエには無理だったような気がする。

「とにかくナイフを抜いてる八歳児よりは、もう一人の方が狙いやすいと思ったんでしょうね、そっちの子に向かって行ったの」

 それは確かに分かる。

 丸腰の子供を抱えてしまえば、もう一人もおとなしくなると踏んだのだろう。

「だから私はね、その賊に向かってナイフで切りかかったのよ」

「それは……大丈夫だったの?」

 シェリアはふっと息を吐いて、首を横に振った。

 そして自嘲気味に笑う。

「もちろんダメよ。私はナイフはおろか、体ごと吹き飛ばされて木に衝突。そして、激情した男が、友達に剣を向けたの。私は痛みで体が動かないし、その子は、本当に伯爵家令嬢らしい子だったから、もちろん恐怖で動けないし」

 マリエはもう、口を挟まなかった。

「賊は剣を振り上げて、そして、私は怖くなって目を閉じた。ついで肉を裂く嫌な音が聞こえたの、悲鳴と共に」

 マリエはそのシーンを想像して、身震いする。

「でも……目を開けたら、血まみれだったのは、友達じゃなかったわ」

「え?」

「その賊が、血まみれだったの。乱入してきた男の子に、刺されてたの。腹部をね」

「男の子?」

「そう。でも、その男の子は、私と同い年ぐらいだったから、力が足りなくて、男はまだ動けたのよ」

「だから、今度は痛みで動けなかった私の方へ走ってきたの。剣は突き刺さったまま、ね。でも私はその前にナイフを弾き飛ばされていたから丸腰で……もうだめかと思ったわ」

 深刻なシーンの割に、何故かシェリアは微笑んでいる。

 そのことに違和感を感じながらも、マリエは続きを促した。

「そしたらね、その男の子は短剣を投げたの。男の背に向かって。でも、それがぶれて、ちょうど私が寄りかかっていた木に、私の頭上に刺さったのよ。それで、私はそれを思いっきり引き抜いたわ。それで、男にもう一度投げつけよう、と思ったんだけど……引き抜いた段階で、男が気を失ってね。たぶん、血を使いすぎたのよ。それで、その時に、無理に引き抜いたから、刃が折れたやつの、破片がこれなんだけど……」

 そういって、シェリアは袋を持ち上げる。

 確かにその刃には、血が付いた様子はない。

「後悔してることがあるの」

 そういって、シェリアはその袋を小さく振った。

「その男の子に助けてもらったんだけどね、私、悔しかったのよ。自分は訓練を受けてたのに、その女の子を助けられなくて、後から来た関係ない、しかも自分と同い年ぐらいの男の子に、助けられて……お礼が、言えなかったの」

「……男の子に? その子、名前は?」

 マリエが問うが、シェリアは首を横に振る。


「私、茫然としててね。自分の無力さに。しかも、やっぱり私にはショックだったみたいで、実は、その男の子の顔とか、見た目とか、全然思い出せないの」

 

 記憶力に優れるシェリアが思い出せないと言うことは、きっとショックで記憶が飛んでいるのだろう。

 そうでなければ、シェリアが助けてくれた男の子の見た目を忘れるとは思えない。


「だから、名前も聞くどころじゃなくて、それに、私の友達は何度もお礼を言ってたけど、その時の私は、自分に対する無念さが先に立って、言えなかったの」


 だからね、とシェリアは続ける。


「それで私はここに来たの。もう、目の前の誰かを、守れないことがないように。絶対に、自分の力で守れるように」

「そう、なの……」


「それでね、そこから学んだのよ。言いたい言葉は、言いたいときに言わなきゃだめなんだって」


 深い緑色の瞳がこちらを見る。

 その目は、どこか優しかった。

 ふと、一つの考えがマリエの中で浮かんだ。


「もしかして……それを言いたくて、今の話をしてくれたの?」


 シェリアはそれには答えず、ただ、微笑んだ。

 きっと、ここ数日間、マリエが何かに悩んでいることは分かっていたのだろう。

 もしかすると、マリエの気持ちも、それなりに察しがついているのかもしれない。


「……聞いてくれる? シェリアに、聞いて欲しいことが、ある」

「私で良ければ、喜んで」


シェリアの過去編、ってところでしょうか。

これが一章でのシェリアの葛藤の答えの部分、といったところです。

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