次期国王は迷う
白い花弁が何かを包み込むように伸び、茎から伸びる葉は、すらりと美しい。
今年もまたチューリップが咲く季節になったのかと、少し感慨すら覚えた。
その白い花弁をそっと包み込むようにして、赤銅色の髪の少女は、手を伸ばす。
「白のチューリップなんて……なんの皮肉かしらね」
そっとため息をついて、マリエは立ち上がる。
四の月の第一週、建国祭からまだ数日しか経っていないが、それでもマリエは笑うことができていた。
やはりまだ、アベルに会うのは意識的に避けてしまうが、そのうち慣れるだろう。
「前を向きなさい」
それは両親の教え。
「……どうにかなる」
小さくつぶやいて、自分に気合を入れる。
赤銅色の少女は気づかない。
声をかけるかどうか逡巡している少年の姿に。
「アレクシオス王子殿下」
「なんだ?」
呼びかけと同時に、金髪碧眼の少年が顔を上げる。
精悍な顔立ちに、まとう高貴な雰囲気。
これは時期の王にふさわしいと周囲に言わせしめただけはある、と呼びかけた近衛隊長は思った。
しかし少年は、声をかけた人物を認識すると、再び書類の山と格闘し始めた。
「巷でとある噂が広まっております」
「噂……? わざわざフェルナンドが進言すると言うことは、それなりに私が動く必要があるものなのだな?」
しかし、だ。王子は周りの人間に、特に、親族など、身近な人間に目が届か無すぎる。
王の気質を備え、広い範囲で、多くの国民を見ることに長けていても、私事となれば不器用さが目立つのだ。
現に王子は知らないのだ。
もちろん、フェルナンドも一昨日、城下町に出ていた時にようやく仕入れた情報だったため、王子が知らなくとも無理はないのだが。
裏付けのために報告が今日になったが、いったいこの王子はどのような反応をするのか、フェルナンドはそこが、ある意味では勝負だと思っていた。
「はい。ヴェラ・エミーリヤ・メディウム様についてです」
「ヴェラのこと? この前の事件で実は怪我でもしていたか?」
王子がペンを放り出して顔を上げる。
笑ってしまいそうになるのを必死に押しとどめ、フェルナンドは至って真顔で、あえて淡々と告げる。
「ヴェラ様に想い人ができたとか」
バンッと激しい音と同時に、机の上の書類が宙を舞って床に落ちる。
王子が力任せに机に手をついたようだ。
「どうかなさいましたか?」
そろそろフェルナンドの顔も限界に近かったのだが、近衛隊長の維持にかけて、真顔で応対する。
「どうかなさいましたか? ではないだろう!」
「噂にはもうひとつございます」
「もうひとつ?」
「王子殿下が、愛と結婚は関係ないと仰せった。つまりそれは、王家が必要としているのは、ヴェラではなく、メディウム長姫なのだと。心がなくとも、結婚して子供を産む以上のことを求められた覚えはないと。そう、ヴェラ様がおっしゃったらしいですよ」
「どこのバカ王子だ! それは!」
反射的に叫んだ王子をたしなめるように、事実を述べておいた。笑顔で。
「いや、あなたですよ」
それを聞いて、王子の顔にさっと赤みが走る。
しかし、予想外にも、赤くなった顔はすぐに蒼くなった。
この反応を見る限り、どうやら王子は本当に言ったらしい。
愛と結婚は関係ないなどと。あのヴェラ・エミーリヤ・メディウムに向かって。
「何をやってるんですか? 愛と結婚は関係ないなどと……一目ぼれして彼女を選んだあなたは愛で結婚を選んだんでしょうが!」
王子に対して少しくだけすぎではあるものの、昔馴染みということで、このぐらいは王子も許容している範囲だ。
フェルナンドはため息をついて、自身の金髪をかきむしる。
「不器用すぎますよ、王子は」
「うるさい。言えるわけないだろう! シュトレリッツ王国の第一王子が、一目ぼれで相手を選んだなどと! メディウム家はたまたま王家にとって都合の良い家だった。だからこそ、政略結婚という形をとって、あくまでも王子として選んだのだと示したのに」
フェルナンドはもう一度深くため息をついた。
確かに王子の言葉は正論であり、私事で相手を決めたというよりは、王家として、メディウム家の長姫を選んだと言う方が、今のシュトレリッツ王国にとってはよい。
「今代オブスキィトと今代ルミエハは、両家ともにあまり良いうわさを聞かん。そして、両家ともにお互いの家を忌避する傾向が特に強い代だとも聞いている。私の婚姻で国が揺れることはどうしても避けたかった。つまり、どうしても、中立の家から召し上げるひつようがあったんだ」
「……それはごもっともです」
王子の言うことは最もだが、王子はいつなん時でも王子でいないと気がすまないようだ。
ただのアレクシオスでいる時間も必要なのではないかと思うのだが、彼はそうしない。そこが、彼の不器用さを表しているように思う。
「とにかく、そのことをご報告しておこうかと。私は雑務が残っていますので、これで」
本当はまだ、一番大事な話が残っているのだが、王子に気づかれる前に撤退することを選んだ。
今の王子に知らせたら、本当に実力行使にでそうで怖い。
そうなれば、王子がルミエハの長姫と結婚するのと同じぐらいには国が揺れるだろう。もちろん、そんなことはありえないのだが。
フェルナンドが素早く扉を開け、部屋の外に出ようとした時だった。
「フェルナンド」
おもわずびくりと肩を揺らして、ゆっくりと振り返る。
金髪碧眼の王子は、ひきつった笑みを浮かべて、そして問う。
「相手は誰だ?」
一応笑顔を浮かべているものの、声が氷点下である。
「さあ……?」
とりあえずとぼけてみるが、するどい眼光が飛んできて、フェルナンドは降参した。
「オブスキィト家の長男、アベル・オブスキィトですよ」
「なっ……! 年下じゃないか!」
「まあ、でも、彼がいなければヴェラ様が助かったかは微妙な線のようですから。感謝すべき相手ではありますが」
とりあえず、アベルの印象をプラスにする情報を入れておく。
王家が本気でオブスキィトをつぶしにかかるのは不味い。それは私情で次期王妃となるものを決めるよりまずい。
「それで……どうして惚れたんだ?」
しかし意外にも王子は冷静だった。
声は冷たく、怒っているのが分かるようではあったが、どうにもその怒りがアベルに向いているようには思えない。
「アベル殿が危ないところを助けてくれたから、だそうですよ。そんな状況で好きにならずにはいられないとおっしゃったとか」
「ヴェラがそんなことを言ったのか?」
碧い瞳が際限なく見開かれ、その瞳が零れ落ちそうになっている。
「そのようです。それで、今は成婚までという条件付きで、文通をなさっているとか」
「文通……しかもしっかりと成婚まで、か」
王子が小さくうめいて、机につっぷした。
ヴェラの行動は、まさにヴェラの言葉に叶っている。
たしかに王家としては、ヴェラが嫁いできて、王子との子をなしてくれさえすれば、それ以上に彼女に求めるものはない。
他の男との子供の可能性を作られるのは問題だが、文通というのは、そういう意味ではとても安全である。
しかも成婚までの間。
これはヴェラが意図的に用意した“清い交際”の舞台であるようにしか思えない。
「……はっきり言えばよかったのか? 王子として、一番を選んだのは、間違いだったのか?」
くもぐった声に、応える言葉はない。
フェルナンドにも分からなかった。
ただ、王子の反応を見る限り、この男はきっとどうにかしようと動くだろう。
そして、きっとどうにかしてみせるはずだ。
だからこそ、釘を刺しておく。
「オブスキィト家に傷をつけるような真似はよしてくださいね。トレリが揺らぎますから」
「……分かっている」
ふてくされたようにされた返事に、フェルナンドはほっとして、今度こそ、部屋から退出した。
次はちゃんとマリエとアベル両方登場します!
今回は王子様メイン。
フェルナンドは初登場ですね。




