第10話:魔王城 ~そして、すべての終わり
魔王城は、これまでのどの場所よりも静かだった。
六人はこれまでの旅で培った絆と力を総動員し、罠と魔物の波を次々と突破していった。ユーマの剣は舞い、アイの魔法は光り、ミアの矢、セレナの古代魔法、ガルドの斧が完璧に呼応する。
「もう少し……あと少しだよ!」
ユーマが銀髪をなびかせて叫ぶ。アイが力強く頷いた。
「みんな、ラストスパートだ!」
不思議と、体は軽かった。まるで——何度もここを歩いたことがあるような、奇妙な懐かしさを抱えながら。
最深部、玉座の間。そこに待っていたのは、優美で神々しい女性の姿をした魔王だった。
その顔は、女神ミリアに酷似している。
戦いは一方的だった。ユーマのしなやかな剣撃が魔王を切り裂き、アイの最大魔力が空間を歪め、仲間たちの総攻撃が魔王を追い詰める。
勝利の瞬間。
ユーマとアイは、互いの手を握り合った。
「やったね、ユーマ」
「うん。約束、守れたね」
昨夜、星空の下で交わした言葉が、ふいに胸の中で温かく響く。
一緒に生きていこう。
うん、絶対に。
その温度が、確かに本物だったから——次の瞬間が、なおさら冷たかった。
魔王の体が、崩れた。
崩れた先から声がした。静かで、優しくて、どこまでも穏やかな、しかし底知れぬ狂気を含んだ声だった。
「双星、お疲れさま。よく頑張ったね」
ユーマの足が、止まる。
「でも……双星なんて、最初からどこにもいなかったんだよ」
風が止まった。
「悠真くんも、愛子ちゃんも、最初から一人しか帰ってこなかった。
残った方が、いなくなった方の声を、ずっと自分の中で生かしていただけ」
ユーマの——いや、わたしの視界が、激しく揺れた。
「わたしは……」
声が、二人分の響きを持っていた。重なり、絡み合い、溶け合う。
「わたしは、ずっと一人で歩いていた。隣に誰もいなかった。だから、隣に誰かがいる世界を、頭の中で作り続けた。剣を持つわたしと、魔法を持つわたし。二人いれば、寂しくないから」
その言葉と共に、世界が崩れ始めた。
ミアの可愛い獣耳が、溶けるように崩れ落ち、ユーマの腕にべったりと張り付いた。
セレナの優しい微笑みが、肉のように引き裂かれながらアイの頰に吸い込まれていく。
ガルドの豪快な笑い声が、喉の奥でぐちゃぐちゃに混ざり、吐き出される。
王都の夜景が、ユーマの胸の中でぐるぐる回転し、血の色に染まって崩壊する。
学園の花火が、頭蓋骨の中で爆ぜ、記憶の破片となって飛び散る。
「これが、何度目かは、もう覚えていない」
声が、ひとつになっていく。甘く、ねっとりと。
「魔王を倒すたびに、わたしは思い出す。隣に誰もいないことを。
だから、また最初からやり直すの。悠真と愛子に分かれて、また一緒に歩き出す。何度でも、何度でも、何度でも……」
ユーマとアイは、無意識に強く抱き合っていた。
指が互いの背中に沈み、皮膚が溶け合い、骨が絡み合い、魂が貪り合う。
甘い、甘い、甘すぎる狂気の中で、二人は笑いながら囁き合った。
「もっと深く……」
「溶けて、アイ」
「ユーマ……俺たちを、永遠に」
崩れた魔王城の瓦礫の向こうに、見覚えのある森が見えた。
木漏れ日が、静かに揺れている。
「ねえ」
わたしが、最後にひとつだけ、問いかけた。
「次は、何度目だと思う?」
世界が、静かに暗転した。
そして、また——
放課後の帰り道。
佐藤悠真と鈴木愛子は、いつものように並んで歩いていた。
信号が青に変わる。
二人が一歩踏み出した、その瞬間——
トラックのヘッドライトが、眩しく迫ってくる。
痛みは、驚くほど短かった。
また、森の中で目覚めるのだろう。
銀髪の少女と、黒髪の青年が、焚き火を囲んで笑い合うのだろう。
また、魔王を倒して、約束を交わして、抱き合って、溶け合うのだろう。
永遠に。
「……あ、君も。もう、終わってるね」
──完。




