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狼の時代  作者: 閃紅
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二人だけの旅路4

平楽寺は天正伊賀の乱で焼失してしまうので?情報が残っておりません。

攻めにくい寺院要塞をイメージして考えたものですのでご認識おきください。

比自岐を超え平楽寺が視界に入る頃には空が茜色に染まっていた。

沈む陽によって巨大な影が二人を覆う。

丘陵に立つ平楽寺は巨大で寺院というより城塞と言った方がよい物々しさだった。

近づいて行くと周囲を幅広の空堀が巡り、堀の向こうには垂直の土塁が立っている。

二人の位置からははっきりとは見えないが鈍色の瓦屋根が見える。

丘を登り、空堀の中を覗くと、深さ5メートル、奥行き10メートル程もあった。

「これは凄いですね」

玲が思わず呟く。

空堀の上に一箇所だけ橋が架かっている。

橋幅は狭く、馬2頭は並んで入れない程である。

橋の先には鉄門があり、閉まっていた。

「まだ閉門ではないと思うのですが…」

玲が高さ3メートル程の鉄門を見上げて呟く。

景狼が鉄門を叩こうとした時に、ゆっくりと門が開いた。

少しづつ門の隙間から陽が差し込む。

二人が眩しさで目が見えなくなっていると女性の声が聞こえた。

「お待たせしました」

何処か妖艶さを含んだ落ち着いた声だった。

気持ちいい声である。

眩しさに慣れた頃、目を開いた玲は驚いた。

「あなたは!」

「中に入って、黒峰の若君、それと…玲」

阿保の茶屋女が艶然と微笑んだ。

「どうして、あなたがここに?」

「なんで私たちのことを?」

玲が茶屋女に詰め寄る。

「玲は知ってるのか?」

景狼が玲と茶屋女を見る。

玲が可笑しそうに笑う。

「お団子、美味しかったでしょ」

「あれ、わたしが作ってるのよ」

「玲…あなた迂闊すぎよ」

「この世界はあなたが思うよりも鈍くないわ」

「あれだけ話してくれればわかるものよ」

「中で話しましょう」

茶屋女が歩いて行く。

景狼と玲が後に続いた。

茶屋女は湾曲した砂利道が敷き詰められた道を登っていく。

先ほど橋幅の3倍ほどの幅の道である。

ジャリジャリっと、景狼と玲が歩く度に静かな空間を破る。

一方茶屋女の方は普通に歩いているようだが、音がしなかった。

「あの女、音がせん」

景狼が茶屋女を見てそう呟いた。

やがて3人は瓦屋根の巨大な建物辿り着いた。

先ほど見た大伽藍であった。

「ようこそ、平楽寺へ」

茶屋女は扉を開けると、2人を招き入れた。


大伽藍に入ると、そこは巨大な広間であった。

「こちらで話しましょう」

茶屋女は広間に繋がる小部屋に案内した。

茶屋女、玲、景狼と額が車座に座る。

玲は茶屋女から漂う香りでぼうっとしていた。

甘く不思議な香りだった。

「玲」

景狼の低い声が玲を戻す。

「やはり通用しないわね」

茶屋女が恥ずかしそうに笑った。

「改めて。わたしは多羅尾冴よ」

冴と名乗った女は居住まいを正し、小さく頭を下げた。

「多羅尾…甲賀ですか」

「当たりよ」

「でも何故、甲賀がここに」

「簡単に言えばわたしたちはあなたたちと同じなの」

「どういうことですか」

「狼の気配は無いが」

「本当に面白い方」

「そういう意味ではないの」

「わたしたちの領地は近衛家のものなの」

「つまりわたしたちはあなたたち黒峰と同じ近衛家の影なの」

「わたしたちは近衛の遠い血筋なの」

「だからここにもいられるのよ」

「わたしたちは伊賀と争う気は無いから」

「織田様によって近江は落とされたわ」

「北は織田様と同盟、南の六角様は織田様によって崩壊してしまった」

「織田様の素早さ、果断さは今までいなかったような凄さよ」

「わたしたちも織田様から目が離せないわ」

「そんな時に近衛様が黒峰を呼ぶなんて気にしないではいられないでしょ」

「冴様…それは冴様たちとともにという意味でしょうか」

玲が真剣な顔をして言う。

「冴でいいわ」

「でも…冴様は多羅尾様の御息女ですし」

「それを言ったら、玲、あなただって、黒峰の息女じゃない」

「いえ、わたしは父上と母上に拾われたので…」

「そんなことは知らないわ。どうでもいいことよ」

「あのね、玲は黒峰の娘なのよ。少なくとも黒峰を知ってる者の間では」

「狼紋、持ってるでしょ」

玲が懐刀を出そうとすると、冴は遮った。

「見せなくていいわ」

「玲、あなたがどう思うとあなたは黒峰の一族なの。それを自覚しなさい」

玲が頷く。

「冴様…ありがとうございました」

冴が玲を睨む。

目が吊り上がっている。

「え!?ああ、ありがとう…冴」

冴が微笑んだ。

誰もが魅了されそうな優しい笑顔だった。

「話を戻すわ。お互いに協力はせず、邪魔もせず、よ」

「よろしいわね、景狼様」

冴が考え込んでいる景狼を見た。

「うむ。縄張りは侵さない、ということじゃな」

冴と玲が同時に吹き出した。

いついかなる時も変わらない景狼に玲はほっとした。

「本当に面白いわ。玲、お風呂行きましょう」

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