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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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 翌日も引き続き調査をしたかったので、結局この日はヴァルリナに戻らず、王都に泊まることにした。貴族なので当然王都にも屋敷があるが、素性が露見することを恐れ、民間の宿泊所へ向かう。新聞記者と助手という体裁のため、貴族用でない平均的な水準の宿を選んだ。入口の扉を開けると小さな椅子に初老の男性が座っており、エステルが尋ねる。


「こんばんは。今夜二人で泊まりたいんですが、部屋は空いていらっしゃいますか?」


 貴族のお忍びだと思われないよう、だが軽く見られたり持ち合わせがないと思われて断られることもない言葉遣いだ。


「男女で同じ部屋かい? おまえさんたち、夫婦には見えないが」 

「ええ、私は新聞記者で彼は助手です。節約のため、同じ部屋でかまいません」


 老人が値踏みするような顔で見てきた。


「そういう連中がたまにいるんだよ」


 簡単に泊めさせて、貴族の駆け落ちの手助けをしたくないのだろう。当然宿泊所側に非はなくとも、激高している貴族が相手では、何をされるか分からない。知らなかったと弁解しても納得されず、今後の商売に影響が出るかもしれないことを心配しているのだ。


「ちょうど一部屋空いているんだが……お嬢さんが新聞記者だという、証拠はあるかね?」

「ええ。こちらが身分証です」


 エステルが見せたと同時に、僕も鞄から取って老人の前に差し出した。もちろんロイに作ってもらった身分証だ。


「後ろの男は外国――東の国の者か」

「ええ。ですがこうやって証明書を持っているのですから、心配いらないですわ」 

「ああ、泊まるのはかまわないが……」


 まだ疑問を残している様子の主人だったが、一泊分の料金――相場通りを提示された。


「朝食はどうするかね?」

「部屋でもいただけますか?」

「いや、あいにくうちでは食堂のみで提供しているんだ」

「では二人分、お願いします」

「六時から八時の間で、場所はこの奥だ」

「分かりました」


 料金を支払い、鍵を受け取った。


「部屋はひとつ上の階の突き当たりだ」

「ありがとうございます、ではまた明日朝に」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」



 階段を上がり、廊下を進む。同じ階に部屋はいくつかあり、中から宿泊客の声が漏れ聞こえてきた。自分たちの部屋――数字の五が書かれた扉を開けて中に入る。質素な寝床が二つと小さな棚だけの部屋は、当然飾りなどはなかった。壁との隙間は、人ひとりが通れるくらいだ。


「想像していたよりもとても狭いけれど、悪くないわね」


 エステルの言葉に、思わず苦笑いする。


「普段の生活を基準にしたら、王都で一番の宿泊所でも狭く感じるだろうね」

「まあ、そうかもしれないけれど」


 掃除は行き届いているようで安心しながら、荷物を棚に置いた。


「明日はチボーが言っていた喫茶店に行ってみる?」

「そうね。兄様はどう考えている? 出会いが偶然ではなく、仕組まれたという可能性があると思う?」

「今の時点ではなんとも言えない。ただ、馬車がよく停まっているっていうのは気になるかな」

「ええ。貴族が王都でお茶をするなら有名なお店はいくつかあるけど、リュー地区ではないわよね。新しく流行(はや)っているお店なのかしら?」

「ヴァルリナ宮殿の貴族たちの噂の最先端にいる君にも、追えていない流行ってこと?」


 揶揄(やゆ)するような口調で言うと、妹はジャックに対して見せたような視線を送ってきた。


「あら、兄様。あの昼間の彼の影響?」

「いや、それこそ君の恋人からの影響かもね」

「面白みがないのも嫌だけど、兄様には純粋でいてほしいわ」

「本当に純粋なら、ロイ殿下の助手なんて務まらないと思うけど?」

「そうね。純粋というより必要なのは純朴さかしら」 

「エステルは僕が奥手であってほしいと思っているってこと?」

「彼らみたいに女遊びが激しくて刺されるよりも、断然良いわよ。兄様のお相手は、平穏に過ごせると思うわ」


 ――誰と比べての話だ?


「じゃあ、一般論じゃなくて君の理想は? 平穏か刺激か」

「どちらも決めてに欠けるわね」

「――ロイ殿下と、言いたいのかな?」

「ふふ。殿下のような相手だと、それはそれで大変そうだわ」

「退屈しない生活ができると思うけどね」


 ロイは結婚してもその相手が親に決められた普通の令嬢ならば、素の自分を見せたりはしないだろう。

 エステルに対しては、僕の妹だからか普通に接していると感じている。それでも皆の理想の爽やかな第二王子という演技も忘れていない。だがいつもの設定感がなく、好意がある相手への自然な行動のように見えるのは……。

 その感情は異性に対する恋愛としてなのか、それとも子供が楽しそうな玩具を見つけたときのようなものなのか。どちらにしても、兄として嬉しい話ではない。



「エステル、風呂は共同だ。僕が見張っているから、先に使って」


 話題を強引に変えた。エステルもそれを分かっていて話を続けようとせず、素直に立ち上がった。泊まることを想定して用意しておいた予備の下着を鞄から取り出す。

 階下へ行き主人に場所を尋ねると、奥を指で示された。当然風呂といっても広大で暖かい部屋に湯船が置いてあるわけではない。中庭といえる場所に簡単な仕切りがあり、そこに溜め込み式の水と小さな桶があるだけだ。それでも宿内で体を洗えるだけで、料金が跳ね上がる。


 一応『使用中』と分かる札はあるが、他の客が来たときのために通路に立つ。おそらく昼間の暖かい時間帯に終えたのだろう、誰も来なかったため終わったエステルと素早く交代をし、部屋に戻った。寒い時期ではないが、水を浴びれば体が冷える。薄い寝具で凍えながら眠りについたのは、深夜になってからだった。



 それでも翌朝早い時間に目を覚ました。寝心地が悪すぎてまともに寝ていられなかったと言ったほうが正しい。妹も同じだったようで、一緒に顔を洗いに行ってから食堂へ向かう。

 すでに数人の客がおり、ちらちらと好奇心を隠さない視線を送ってきた。無視していると向こうも興味をなくしたのか、客同士で話し始めたようだ。


『おまえ知ってるか? 最近あの広場で募集していた仲間ってやつ』

『ああ、高い給金が出るって話だろ?』

『危ないらしいぜ』

「――ほら、この間あった、あの事件」


 ――何の話だ? 内容からしてまともな話ではなさそうだが。それに、事件とはもしかして……。


「ああ、殺――」


 話は中断された。若い女性が朝食のパンを持って来たからだ。ここの孫らしい。職業柄世間慣れしており、男たちからの耳を顰めたくなる質問も上手くあしらっている。


 彼らの話題が戻ることはなさそうなので、渡されたパンを口にしたがとても固く、茶も『どうやったらこうなるんだ?』と、思わず尋ねたくなる味だった。平民向けの宿に泊まっているため、これが当たり前の顔で食べなくてはいけない。ロイに負けず劣らずの演技だ、と内心で苦笑する。




 荷物を整え――といってもさほど大きくない鞄ひとつのみだ。鍵を主人に返して宿泊所を後にする。向かう先は、コンスタンスとジュリアンが初めて会ったという、ルグラン喫茶店。チボーに場所を聞いていたし、馬車が通れるくらいの広い道に面していたので、すぐに辿り着くことができた。

 中に入って様子を窺いたいところではあるが、二人とも目立つ容姿をしていることは自覚している。数ヶ月単位どころか、数年前に一度だけ行った店の主人に覚えられていたこともあるのだ。まあそれはバクランド家の領地内の店だったので、領主子息たちだと勘づかれていたからかもしれないが。


 そのため、今日はエステルのみ入ることにした。彼女だけならば、ルグランでお茶をしても違和感がない裕福な令嬢に見えるので、顔を覚えられても問題はない。服も華美ではないので、一目で貴族だと思われることもないだろう。



「いらっしゃいませ」


 エステルが中に入ると、中年の男性に出迎えられた。下膨れの顔と丸い瞳が印象的な、品の良い男性だ。短く切り揃えられた髪は、喫茶店の主人らしく清潔感がある。


「一人だけなのですが、よろしいかしら?」

「ええ、もちろんでございます」

珈琲(コーヒー)をお願い」

「かしこまりました」


 頷いてからカウンターへ向かった主人。歩き方も洗練されており貴族のように優雅だが、若干右足の動きがぎこちないように見えた。

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