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案件

鉄格子の内側に広がる石畳の広間で、本を読んでいたアバルは文字を追う人差し指を止めた。

鉄格子の外側から、乾いた靴音がいつものリズムで聞こえてくる。


自然と眉間に少し、シワが寄る。


近づいてくるにつれ、そのリズムが早くなるのが癇に障る。

そして、胡散臭い、脂の塊が姿を現した。


「アバルくん! 元気そうだねぇ」


アバルは微動だにしない。


脂が鉄格子を荒々しく何度も叩く。その音がだんだん大きくなる。

それでも無視し続けるアバルにしびれを切らし、看守の静止を振り切って入ってきた。


「『緑の聖域』の先にある国と貿易を始めたい。あそこを安全に通りたいんだよ」


「……」


「おーい」


脂がアバルに触れようとするが、寸前のところでかわしながら立ち上がった。

脂の肉面に手のひらを突き出し、静かに答えた。


「現状を調査させろ。引き受けるかどうかは、それからだ」

「あと、緑の聖域を知らん。それを教えろ」


脂はアバルの言い方に不快な表情を一切することもなく、持ってきた本の表紙の裏に地図を書き始めた。

その間に脂から借りていた本を看守に渡し、出かける準備を始めた。



◇◇◇



看守の監視下、アバルは緑の聖域に向かう。

アバルに付き添う看守はいつも同じ。

おそらく誰もやりたくないので、いちばん気弱な男――里芋に押し付けられるのだろう。



脂がしみ込んで滲んだ、ざっくりすぎる地図。

森を抜けたところが緑の聖域と示している。

しかし、どうみても人が歩けるような道がない。

木の間にはびっしりと背丈ほどの草が生えており、入ってくるなと言わんばかり。


端から端まで歩き、どこも同じようなことを確認してから、日和る里芋を黙らせ、森に入っていく。

険しい草むらをどれだけ歩いただろうか。

ようやく視界が開けてきた。



黄緑のイバラのじゅうたんが一面に広がっている。

向こう側は見えない。



すぐにでもじゅうたんの上を歩きたいが、ところどころ太くて硬い凸があって

そのままでは足の裏が痛くて先に進めない。

緑の聖域の境界線を歩くことにした。

半周くらいは歩いただろうか、日が暮れてきた。


「今日はここで休む」

「えーーーっ」


アバルが里芋に目を向けると、その声が次第に小さくなった。

翌朝からアバルは何日もかけて、境界線を何周も、何周も歩いた。

もちろん、里芋も少し疲弊した表情で黙ってついてくる。


そしてある時、発見した。

黄緑のじゅうたんの先に揺らめく物を。



アバルは覚悟を決めると、里芋を残して、じゅうたんの中へ分け入っていく。


靴を履いていても、足の裏で感じる凸の痛み。

一度だけなら耐えられる。

何度も何度も踏みつけるうち、足の裏の皮がめくれるような激痛が大きくなり、次第に足に力が入らなくなる。


それでも、アバルは足を止めなかった。

こめかみから出る冷たい汗を拭うこともせず、ひたすら、揺らめく何かを目指す。


あと少し。

あと少しで揺らめく影の正体が見えそうだ。

もう声は届くかもしれない。


「話を聞け……っ!」


アバルが声を絞り出した瞬間、聖域が激昂した。



それまで静止していた黄緑のじゅうたんが揺らめき始める。

蔦から放たれる雫の塊が、アバルへ向かう。

次々とアバルの顔に当たり、視界を奪われ、まともに呼吸をすることすらできない。


「くっ……」


さらに、足元がうごめく。

地を這う蔓が、蛇のような動きでアバルの足首に絡みつこうとする。

一つ一つの蔓の力は強くないが、確実に体力を消耗していく。


アバルはここで撤退の判断をするしかなかった。


前方で揺らめく物が、聖域の本体だったどうかわからない。

交渉すらできなかった。




◇◇◇




数日後。

鉄格子の内側に広がる石畳の広間のさらに奥。

四つの石室の中の一室で療養しているアバルのもとに、あの脂が青ざめた顔で駆け込んできた。


「アバル! おまえ、何をした!?」


このあと、脂がグダグダ長ったらしく喋り始めた。

いろいろ言っていたが、要は以前よりも聖域が広がっているとのこと。

アバルの不用意な接触が、眠っていた聖域の主を覚醒させたのかもしれない。

貿易どころではなくなったか。いい気味だ。


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