110話 悪逆
宮殿の遥か地下の空間には、王族のみが立ち入ることを許された地下陵墓が広がっている。
歴代の王族を象った彫像が並び、その歴史の長さを物語っている。
しかし、その歴史はけっして優しいものではない。
大した力もないのに、その玉座を巡って皆、争った。
その証拠に“子供の彫像”もあるのだ。
そこを歩く人間がいた。
地上では凄惨な虐殺が起こっているというのに、悠々と、優雅な足取りだった。
「…………」
その人間はある彫像の前で立ち止まった。
それはハットリューク・サルヴァリオンという不幸な事故死を遂げた王子の像だった。
「ふふふ……お久しぶりですね、あなた」
その女はその愛する夫の像に、カーテシーをした。
しかし、その重く硬いスカートは持ち上げられない。
そのため礼を取るだけだった。
彼女の纏うドレスは黄金に輝いている。
全身を覆うように作られたアーマードレス。
シルエットは女性的でありながら、その性能は凶悪だった。
その女──ハディアは『グリムプレート』と呼ばれながら、今日まで生きてきた。
それは彼女の芸術作品たちがあまりにも暴力的だからである。
ハディアは養われてきた能力を、残虐な芸術を作ることに活かしていた。
そして今着ている鎧は彼女の最高傑作だ。
いつも潜入任務で作る有り合わせのものではない。
彼女が作り込んだものを持ち込んだのだ。
集めに集めた魔石を使った防御力と対応能力。
これを作っていたときの楽しさは多分夫にもわからないだろう。
──もし生きているのなら、息子にはわかるのかもしれない。
「あら……? 鼻の大きさも首の長さも全然違いますのね。腕もこうですわ……」
夫の像に修正を加えていく。
彼女の愛する存在を作るのだから、もっとちゃんとしてほしいものだ。
「あらあら、いけない……。また遊んでしまったわ……」
完璧に夫を作り上げると、ハディアは笑った。
「くくくくく……あはははははははっ!!」
そして、スカートの後ろ、左側に装備されていた武器が動き出した。
触手のようなものがスカートから伸び、その武器を保持して、彼女の左腕に武器を装着した。
それは防御魔法が仕込まれた黄金の盾。そしてそれには鎖のついた鉄球も装備されている。
彼女はそれを振るった。
そして、その夫の彫像を破壊した。
自らいじってまで完璧にした愛する夫の像を、鉄球で粉々にしたのだ。
またスカートから別の触手が伸びて、砕けた像の破片の一つを掴んで彼女の顔の前に運んだ。
それはハットリュークの頭部だった。
「ああ……あなた……。こんな姿になってしまって……本当に可愛い。愛していますわ」
ハディアはその石の唇にキスをすると、その頭部分を自分の鎧に取り込んだ。
そして、露わになっていた彼女の頭が黄金の鎧に包まれていく。纏めている彼女の髪ごと食らっていった。
やがて、その黄金は兜を形成し、彼女はグリムプレートとしての姿を表す。
全身を覆ったフルプレートアーマードレス。
それは全てが魔石で構成された最高峰の武具だ。
しかし、その開発者兼使用者が最低最悪の倒錯者だった。
彼女の遊興が始まる。
“さあ、どのように踊ろうか”。
悲劇が繰り広げられる舞台の遥か下で女は笑っていた。
惨劇の幕が上がる。生易しい三文芝居は終わりだ。
──本当の悪は誰にも共感されないものだ。
◆
王都に君臨する巨人が再び動き出す。
「あれは……?」
「逃げろって!」
「待って!!」
おそらく五十メートルは超えるであろう不吉な鎧。
それを見上げながら王都の住民たちは逃げ惑っていた。
あの巨人が歩くたびに、一つ以上の人生が消えて、更にそれ以上の悲しみが広がっていった。
轟音が響き渡る。
巨人が宮殿に右腕を向けて、砲撃したのだ。
その音の衝撃波だけでも、人々には脅威だった。
恐怖が体を硬直させ、更に被害を増やしていく。
宮殿には光が満ちていて、その魔法陣が巨大な銃弾を防いでいる。
だが諦め悪く巨人は何度もその砲撃を繰り返していた。
その巨人はゆっくりと進む。
踏み潰す感覚などないが、じっくりと誰かの悲しみを味わうために。
「いやああああああああああっ!!」
「とうさあん!! かあさあああん!!」
現在、巨人は王都の労働階級の多く住まう地域にいる。
さあ、どんどん上がっていこう。
次は中流の地域。そして、上流。最後に宮殿だ。
踏み荒らそう。蹴散らそう。
足元から聞こえてくる悲鳴と怒りが最高のメロディを奏でる。
散歩の鼻歌としてはとても良い。
ここからさらに盛り上げてあげよう。
「ああああああああッ!?」
「待ってくれ……っ! 俺の家が……!! 財産が……っ!」
巨人は左腕が寂しいので、新しい武器を作った。
それはとても大きい剣だ。
また王都の地図が変わり、大きな凹みができてしまった。
それは足元の人間からすれば“塔”のように見えるだろう。
大きな大地の塔が彼らに倒れてきた。そのように感じるほどのスケール差だった。
巨人が巨剣を振るう。
それだけでまた赤い液体と瓦礫が飛び散った。
宮殿への銃撃も忘れていない。削り続けよう。あの女の体力を減らそう。
他人の男に色目を使う気色の悪い女を追い詰めよう。痛めつけよう。
「……あ…あ……」
「ぅ……ひっく……」
巨剣を振り回していると、巨人の周囲から声が聞こえなくなった。なんて寂しいのだろう。
すすり泣きは困る。とても遠くにいるから聞こえないのだ。
それに剣だと近くのものしか破壊できないことに巨人は気が付いた。
だから、剣を捨てた。
「あぎゃ──」
巨剣を放り投げた先で、また街の一部が潰れた。綺麗な赤い花がいっぱい咲いた。
「助けて……」
「娘はどこに行ったの……?」
また素材にされた王都が崩れる。
今度左腕に作るのは大きな鞭だ。先端をとても重くして振りやすくする。
右の巨砲を宮殿に撃つ。防がれた。残念だ。だが大丈夫。
もっと遊ぼう。そうすれば、いずれあの女の方が我慢できなくなる。
さあ、鞭を振り回そう。
おもしろいくらい建物が崩れていく。吹き飛んでいく。
吹き飛んだ先でまた別の建物が崩れた。
「やめろおおおおおッ!!」
「ああああ……お願いよぉおおお!!」
自分たちの方には被害がないと高を括っていた腹の立つ人々にもしっかりと悲しみを贈ろう。
機会は均等に与えてあげないといけない。公平に苦しんで貰おう。
鞭の使用感はとても良さそうだった。
おかげで労働階級の人々が住まう地域はほとんど壊れた。
丁度巨人は次のエリアである中流階級の人々が多く住む場所に歩みを進めた。
時報のように、巨砲を宮殿に対して放つ。まだあの女は引き込もるだけだ。
巨人が鞭を捨てた。
「危ないっ!!」
「うわああああ!!」
少し生活に余裕のある人々が見えてきた。
呑気に時間を潰していたはずの彼らの休息は地獄へと変わった。
巨人は次の遊び方を決めた。
「……!?」
「何を……!!」
「こっちだ!! 撃て!!」
巨人が膝をついて、地面をこね始めた。
そして、その頃になるとさすがに兵士たちがやってきた。
反王軍の襲撃はあの女に防がれたために、人員が余っていたのだろう。
本当に役に立たない馬鹿な軍隊だった。なんとも無駄な行動だった。
心の中でハディアは反王を謳うお遊び集団を嘲笑った。
平らかなる世とはこのように作るのだ──。
とても可愛らしい小さな兵士たちの攻撃を無視して、巨人は“大きな土団子”を作った。
それは巨人にとってはボールのようなものだが、足元の人々からすればただの巨石だ。
「おい……やめてくれ」
「嘘だろ……」
巨人はゴーレムとは思えないほど、人間らしい動きでその土団子を転がした。
非常に綺麗な球体だったので、その団子はよく転がった。
重質量の球体がとんでもない速度で、家を破壊し、人々を吹き飛ばしていった。
それが生きている人だと思わなければ、とても痛快な遊びなのかもしれない。
その球体の通った跡はとても綺麗に均されていた。
「と、止めろおおおおおおッ!!」
「……!!」
もう一度、巨人が土をこね始める。
兵士たちの弓矢が、魔法が、その鎧に直撃するが何も変わらない。
ハディアはとても防御魔法が得意なのだ。
左手にまた土団子を作ると、巨人は作業とばかりに右腕の巨砲を宮殿に放った。
まだその防御能力は薄れない。本当に馬鹿げた魔力量だ。
奇病に冒されながら、その能力を最大限に利用する頭の切れる女なのだから当然だ。
まあ、それでこそ嫐りがいがあるというものだ。
巨人は今度はその土団子を叩きつけるように街のど真ん中に投げた。
「あ────」
「そんな……」
その衝撃が空気を揺らし、円形に破壊の波が広がった。
綺麗に整備された街並みも、人々の憩いの場となっていた場所も全て吹き飛んだ。
魔王領の恩恵を得て作られた明かりも水路も全部壊れた。
王都にしかないなんてずるい。田舎の村のようにしてあげよう。贔屓はよくない。
破壊された水路から水が溢れ出し、街が水浸しになっていく。
魔力灯の何かが壊れたのか発火し、炎と煙が街を包んでいく。
そして、土団子を叩きつけたことによって舞い上がった建物の破片が落下し、さらなる被害を広げていった。
「…………」
「…………あ」
また巨人が土をこね始める。そして、また人々の日常を破壊していく。
終わらぬ破壊の波。積み上げてきた何かが崩されていく音。何もできずに失われていく命。
もう兵士たちは何も話せなかった。何も抵抗できなかった。
死んでいるという理由もあるが、生きていても絶望しかなかったからだ。
バケモノの行進だった。
その大きさ、暴力がバケモノなのではない。
その行動が、行為がバケモノなのだ。
王都を攻略するのなら、最初の侵入が成功した時点で、ほぼ完勝だ。
カルクルール公爵の守護能力も完璧ではないからだ。
何か人間に恨みがあるのなら、もっと効率的な虐殺方法があるはずだ。
何も考えずに王都全体を崩落させればいい。
だが、あの巨人は遊んでいるだけだ。
その過程で発生する破壊や悲鳴が面白いのであって、その方法もその場で思いついたことを実行しているだけだ。
それは────ただの“趣味”だった。
到底、誰も受け入れることはできないものだ。
社会的に、倫理的に、認めてはならぬものだ。
だが、それがその女の趣味だった。好みだった。習性だった。
「────は?」
唐突に住民の一人がそんな声を出した。
先ほどまで虚ろな目でその破壊を見ていたのに、自分の見ている光景があまりも滑稽でつい声に出してしまったのだ。
だって、巨人が突然──前転をしたのだ。
子供がふかふかのベッドの上ではしゃぐように、王都の人々が生活する空間の真上で、でんぐり返しをしたのだ。
あんな巨大な子供がそんなことをすればどうなるのか、まともな配慮のある人間ならばわかる。
「……もう、いや……」
「…………なんなん──」
また誰かが潰れた。
巨人は今度は王都で全力疾走をはじめたのだ。
それも宮殿に向かうルートではなく、わざわざ人の多そうな場所へ。
さっきまでゆっくりと歩いていたのは、わざとだ。本気を出せばその巨体でも走ることができる。
それは本当に笑ってしまうほど、滑稽な仕草だった。
機械的な走り方で、家の壁を粉砕し、人々を踏み潰しながら走る見上げるような大きさの鎧。
「は……はははは……ひゃぎゃっ!!」
実際に何人かは笑ってしまった。そして、死んでいった。
走りながらも、巨人は宮殿へと砲撃を続ける。奇妙な行動をしながらもどこか冷静なのが人々の恐怖を煽った。
「うがああああああッ!!」
「隊長!!」
「うおおおおおおッ!!」
初めて巨人の鎧に傷が入った。
人間の感覚に直すと、足の甲をちょっと擦りむいたくらいだ。
だが、その攻撃がハディアの防御魔法を突破してみせたという事実に変わりはない。
そういえば、もうそろそろ上流階級が住まうエリアに入る。
ならばそこまでの強者が混じってくるのは当然だった。
下層が踏み潰されるときは静観し、中流階級がすり潰されるときも動かなかったくせに、上流エリアに足を踏み入れた途端、兵士たちは必死に牙を剥き始めた。
ハディアはつい笑ってしまった。
やることに変わりはない。
貴族お抱えの兵士が出てくるだけだ。
「……なんだ!?」
「まずい!! 避けよッ!!」
巨人の足に銃が生えてきた。まるで毛のように。
そして、その数百を超える銃口から弾丸が放たれた。
「ぐああああああッ!!」
「なんだ!? この威力はッ!!」
弾丸の嵐が実力のある兵士たちすら蹂躙していく。巨人はただ使っていなかった機能を解放しただけだ。
その銃撃の音は止むことはない。この大地に巨人が足をつける限り、その足の裏を伝わって無限に弾丸が供給されるからだ。
発砲を繰り返しながら巨人は歩みを進める。
ここまでくると壊しがいのある建物ばかりだった。
大きくて、とても豪華。
土の雨を降らしながら、巨人はそれらを汚していく。
ここに来ても宮殿の防御魔法に揺らぎはない。
本当に我慢強い女だとハディアは感心した。
ならば──趣向をさらに変えることにしよう。
巨人は再び“素材”を使って左腕を作り変えた。
今度作るのは別種類の大砲だ。特別なのはその銃砲ではなく、砲弾の方だ。
銃撃音と悲鳴の音は止まない。
周囲には炎の嵐が巻き起こり、土煙が人々の肺を汚していく。
そして、さらなる非道が行われようとしていた。
「…………勘弁してくれよ」
「今度は、……な、なんだ……?」
死にかけの兵士たちが巨人を見上げる。
巨人が新しく作った左腕の巨砲を上へと掲げたのだ。
──そして、それがいとも容易く、なんのためらいもなく放たれた。
その砲弾は、内部に無数の鋭利な矢を仕込んだ、対人殺傷に特化した凶悪なものだ。
どこか関係のない世界では『矢弾』とも呼ばれる禁止兵器だ。
悪逆非道が趣味の女はそれに自力で辿り着き、面白そうという理由で作り出した。
その対人兵器が、五十メートルを超える巨人のスケールで作られるとどうなるのか。
上空で弾丸が破裂した。それは見た目だけは綺麗な爆発だった。
陽光を反射させたキラキラした何かが広がっていく。
弾丸内部に収納された、もはや槍と化したものが振ってくる。
もしその殺戮の大雨が降り注げば、王都は穴だらけの建物が並ぶ珍しい観光地となるだろう。
「ああ……」
「嘘……」
誰もが諦めた。
彼らはただ生まれた場所で生きていただけなのに。
今日も仕事をして、家族と過ごして寝るだけだったのに。
悪のなんたるかを巨人は見せつける。
理由などいるものか。恨みなどあるものか。狂ってなどいるものか。
──こんなこと誰でもできるのだ。
この世界は温すぎる。良すぎる。暖かすぎる。
人々は善良がすぎる。物分かりが良すぎる。
だから、しっかりと本当の言い逃れのできぬ罪悪というものを見せつけなければならない。
────だが、その行いは阻まれた。
「くくくくくく」
宮殿に展開された魔法陣がやっと形を変えた。
膨大な魔力が収束し、その大砲撃が上空に放たれる。
太陽を上書きするような強烈な光の線が、上空の残虐な槍の雨を薙ぎ払った。
その一筋の光によって惨劇は防がれた。土の小さな粒が降ってくるだけにとどまったのだ。
「お、おお……」
「カルクルール様だ……」
それは救いの光に見えた。しかし、それは盤面の展開を一手進めてしまうものだった。
それを突っ立って見ていた巨人が右腕のいつもの砲撃を放つ。
すると────宮殿の壁にその弾丸が直撃した。
そして、巨人がまた弾丸を放つ。
今度は、宮殿の防御が機能し、それを防いだ。
当てられて一発。しかし、それだけで十分だった。
ついでにあの女がどこまでの破壊を許容し、どこまでの被害を拒否するのかも計ることができた。
「くくく……今のでどこまで消耗しましたか? フィンナ様?」
どこかで悪趣味な女の笑い声が聞こえた。
巨人はまた歩みを進め始めた。




