104話 煌々と燦然と
……ういっす!
はい。寝過ごしました。いえい!
遅刻ちっこく~。爆走~。
昨日はだいぶハッスルしちゃったんでね……。
あん時は疲れで精神状態やばくて、あんま覚えてないとかいう圧倒的なクズ思考なんだけど、さすがにやりすぎちゃったよね。
飲み会で大暴れした、みたいな?
ごめん! バーザ君!
しかもなんか精神空間みたいなところに閉じ込められて、恥ずかしいところをフィフに見られちまった。
卒業アルバム覗くのやめてって感じ。
ひゃっほい!
すげえ気になることが起こりすぎてんぞ!
俺が俺に言いてえこといっぱいあるんやけども!
あー……はい、すみません。テンションで誤魔化してます。
その説は大変ご迷惑をおかけしました。
はい! 切り替えていこう!
『ル、ルクス!』
俺の後ろに座ってしがみついてくるミゼリアが声を上げる。
『どうした?』
『こ、これ大丈夫なの……!?』
『大丈夫! 土だってかかってないだろ?』
『そ、そうだけど……! ひゃっ!』
今、俺たちは地上へ向かって爆走中だ。
もう自重せずに俺はゴーレムバイクを作った。ドリル付きだぜ!
土の天井をぶっ壊しながら進み、落ちてくる岩盤の欠片は防御魔法でガード。
都市の地下に掘ったやつらは地道に静かにやってたんだろうけど、俺はもう気にしねえぞ。
走りながらレールを作り、その上を滑走する。
ジェットコースターの上りをやってる感じだから、ミゼリアが怖がるのも無理はない。
これじゃさっきの俺みたいに、下りのコースターやったらビビるんじゃねえか?
あとでやってみよ。遊園地の絶叫系に乗るカップルだぜ。
『……なにかさせる気?』
『あれ? 心の声聞こえた?』
え、いつの間にそんな能力まで得ちゃったの?
『ふん……! 変なところ頭悪いんだから……』
ミゼリアは俺の体に回す手の力を強めた。
ちなみにミゼリアとは風声で会話している。
口開けたら危ないからね。地上まで我慢してね。
うん。そうだ。ミゼリアは俺をその声で呼んでくれた。
それはつまり──そういうことだろう。
彼女は全てを自覚した上で、俺には何も言ってこない。
背負っていく、いや、背負ってくれる決意をしたのだ。
何も話さないことが俺たちの関係を示す言葉となる。
まあ任しとけって。
『行くぜええええええッ!!』
『ほんと阿呆』
力の節約のために剣状態になっている相棒がなんか言っているが、無視!
目指すはなんかピンチっぽいところ。きっと戦いが待っている。
俺の力は半減しちまったが、フィフがその分強くなっている。
それでも力の配分は考えなきゃいけない。
今は長期戦を想定するべきだ。
目指すのは学園近く、次に、やばそうな王都だ。
やることがまだまだいっぱいやな。
地上への道をこじ開け、強い光が目に入る。
目の前に広がる戦場は混沌。真っ先に目指すのは、俺の大切な恩師の一人の下だ。
暗く息苦しい地下から明るく拓けた大地へ。
その瞬間、俺の中を駆け巡る感覚はなんと言えばいいのだろうか。
とても不思議だけど、なんだか慣れ親しんだ感覚だった。
ああ、あれだ。
それはいろいろな物語で語られるありきたりな概念。
──“黄泉返り”ってやつだ。
◆
「まさか……。まさかぁ……? まさかッ!! あっはっはっは!!」
「……?」
突然バルファクトが笑い出し、ヴィクトリアは困惑した。
その魔族が視線を送る方向を見ると、そこには奇妙な物体が走る光景が広がっていた。
「おらおらおら、どけどけえぃいッ!! わははははは!!」
「ひいっ!?」
アンリーネを襲っていた不死騎士が白く光る鎖で縛り付けられている。
そしてそれを行った者が愉快そうに笑いながら、戦いの場を無遠慮に疾駆していた。
奇天烈な形の馬に跨り、未だに残る不死騎士を蹴散らしていく二人の騎手。
その手綱を握るのは、あくまで銀色の髪をなびかせる少年だ。
その表情にはこの戦場には似つかわしくない不遜な笑顔があった。
そして、彼の後ろに座りその背にしがみついているのは金髪の少女だ。
彼女の表情には怯えがあった。魔物に突進していく体験をすれば当然の反応だった。
「南無三!!」
しかもその乗り物の周囲には白い浄化の光が広がっていた。
回転する角が生えた二輪の重質量の物体がそんなものを纏いながら、不浄な騎士を痛快に吹き飛ばしていた。
「なんの詠唱よ!?」
「マイ【コンル・クリアランス】。……いや【コンル・クリアライド】だッ!! おらおらおらっ!!」
「ひいやああああああっ!!」
『少し心配になってきた』
頭のおかしいことを言いながら、次々と不死騎士をその二輪車は轢殺していく。
絶叫しながらしがみつく王女と呪いの剣が少し気の毒だった。
「──まったく、本当に……」
そんな意味のわからない光景を見れば、気も抜けるというものだ。
「ふぅ……」
だが、その緩みをすぐに引き締め、ヴィクトリアはバルファクトに向かい合おうとした。
「…………ああ」
「?」
しかし、バルファクトも手を止めていた。
力が抜けたように放心して、大地を疾走する白く輝く車をその邪眼で見ているだけだった。
そして、喝采した。
「あああああああああああッ!! なんて奇跡ッ!! 生きておられたのかッ!! 我が主よ!!」
その忠誠の叫びは明らかに少年へ向いていた。正確にはその精神に巣食う『暗静尊』に対してだ。
その音は車に跨る少年の耳にも届いた。こちらを見た少年は考え込むような顔をした。
そして、手に持つ剣を投げた。
その剣がバルファクトの前に突き刺さる。
そして、その剣を掴むゴーレム体の女性が現れた。
長い黒髪をなびかせる、冷たくも美しい女だ。
「う……フィフ……」
その姿を見て少しだけヴィクトリアは身構えた。修行の影響による恐怖感だった。
「あ……ああ……」
その姿を見て、バルファクトが跪いた。
かつての姿に近いその女性を見て、純粋な笑顔を浮かべていた。
「バルファクト……」
「ああ……! オーレイル様! 復活だ!! あっはっはっは!!」
本当に嬉しそうにバルファクトは笑っていた。
フィフの方も、呆れた顔をしているものの拒絶はしていなかった。
「貴方は何をしているの?」
「研究を続けております! 楽しいんですよぉ!」
「……そういうことではないけど、よくわかった」
「ええ! いやはや、貴方様がいるのならば話は変わる! さあ、何を──」
久しぶりの再会を迎えたような会話をした後、そのままフィフは剣を振るった。
「邪魔」
「────え」
なんの起こりもないまま振るわれた一刀は、大きな油断をしているバルファクトには避けることができなかった。
彼女の邪眼が二つに割れた。
「な……ぜ……?」
「私の存在を知られるわけにはいかない」
「……は。相変わらず……理解できぬお方だ。でも……それがいい……」
バルファクトには理解できなかった。
まるで、人間に本当に味方しているような動きだったからだ。
その一刀はバルファクト本体にも切り傷をもたらす。
それはバルファクトという存在そのものに切断を与える現象だからだ。
「いったああああああああああああいッ!! 最高だぁ……! さすがの腕前! あっはっはっはっ!!」
遠い魔王領にて、本体に傷を負ったバルファクトは愉快そうに笑った。
その邪眼から血を流し、胴体には縦に切断面がある彼女は、激痛にうめきながら床に倒れる。
納得がいった。あの人間の少女があの一刀を使えた理由を知った。
「え……? バルファクト!? なにしてんのさ!?」
そして突然大きな物音を出したために、今の彼女の主が目覚め、駆け寄ってきた。
突然肉体が割れ、床一面に血を撒き散らすバルファクトを見て驚いているようだった。
「ああ……起きたのかい? 坊や。いやぁ……嬉しい、ことが…あってねぇ……」
「いやいや、そんなこと言ってる状況じゃないでしょ!」
「……──」
拙い回復魔法を使ってモードスがバルファクトを治療する。
それは本当に未熟な魔法だ。人間以下のものだった。
しかし、バルファクトの一命を繋ぎ止めるのには十分だった。
「というか今キミが倒れたら、王都への攻撃はどうすんのさ!」
「遊びすぎ、たねぇ……」
「もおおおっ!!」
意識を失いながらも、なんとかバルファクトはその“弱い魔物”の頭を撫でるのだった。
──少しだけかつての主の行動を理解できたような気がした。
「厄介。あれはしぶとい」
一方、学園都市の南の戦場ではフィフが消えていく黒い影を見ていた。
息をついて、ヴィクトリアは彼女の下まで歩いていった。
「……知り合いのようでしたけど」
「だからなに?」
「いえ……別に」
フィフには知り合いだから殺さないという論法は通用しない。
それがその強さであり、怖さでもある。
ヴィクトリアも向こうではしゃいでいるあの少年と敵対したならば、斬り捨てられるのだろう。
フィフがヴィクトリアを見た。
その視線はヴィクトリアの全身をじっくりとみるものだった。
「な、なんでしょう……?」
あれだけ徹底的に恐怖を仕込まれれば、嫌でも萎縮してしまう。
最後の方は意地を張っただけだ。
「こっちに来て」
その一言はヴィクトリアにとって死刑宣告に近い。しかもヴィクトリアは既に何度もその処刑を受けているようなものだ。
自然と体は硬直する。
「…………」
「早く」
そのヴィクトリアの反応に不快感を示したフィフは、低い声でさらに命令した。
「…………?」
恐る恐る進むと、ヴィクトリアの頭の上にはフィフの手のひらの感触があった。
「あれ相手によく頑張った。無傷は誇るべき」
その感触はゴツゴツしていて少し痛かった。
土で作られた急造品なのだから当然だ。
「────」
でも、とても暖かく感じた。
力加減もうまくできていないため、ヴィクトリアの体が左右に揺れる。
「フフ……。上出来」
その揺れに合わせて、ヴィクトリアは涙を溢した。
武の頂きから指南を受けようと、英雄の血筋だと持て囃されようと、異常者だと罵られようと、ヴィクトリアは14歳の少女なのだ。
「う……うぅ……」
緊張の糸が途切れた。
張り詰めていた心がやっと本来の動きをするようになった。
つい我慢できずにヴィクトリアはフィフに抱きついた。
見た目で誤魔化されているがその体は石のように硬いため、抱き心地は最悪だ。
しかし、それでもヴィクトリアはしがみついた。
それを剣を持たない左腕で抱きとめると、フィフはヴィクトリアをまた撫でた。
「でも、これからももっと強くなってほしい」
それは厳しい師からの言葉だ。おそらく世界で一番強く厳しい師匠だった。
「はい……!」
それでもヴィクトリアはよい笑顔で返事をした。
「ん」
フィフはそんなヴィクトリアに対し微笑むと、別の方向を見て真顔になった。
「…………はぁ」
そして深い溜め息を溢した。
ヴィクトリアも少し赤い目でその方向を見た。
その先に広がっていたのは、二人の空気を破壊する景色だった。
「ぬはははははは!! ひでえザマだなぁ! クソジジイ!」
「……まったく、馬鹿者が……」
「老人はおねんねしてなあッ!!」
そこには学園長を助けながら、何故か煽る少年がいた。
そのまま少年は疾走を続ける。
「魔法解除だぁ? なら解除を解除ォ! 効きませ~ん」
「……アンタすごいことしてない?」
その少年は車の先の回転する角にグスタフ特化型の不死騎士を突き刺し、不死騎士が放ってくる解除魔法を解除している。
後ろに乗る王女はそれを見て引いていた。
回転する角と車の周囲で輝く浄化魔法によって特化型の不死騎士の魂のストックはあっという間に削られていく。
「はい、どいた! 助けて、【鎮圧君】!!」
「なんだ!?」
「ぐああああああ!!」
そしてその不死騎士を引きずりながら、反王軍の騎士たちには鎮圧用の魔法を次々と放っている。
目と耳を押さえる騎士たちを、動ける教師陣が次々と捕縛していった。
戦場を爆走し、荒らし回る少年。
浄化魔法を受けて、不死騎士たちがその乗り物に群がってくる。
やがてその群れは少年たちの道を塞いでいく。
だが、それこそその少年の狙いだった。
「人気者はつらいわー。というわけで! 【コンル・クリアライブ】!! 開始!!」
「……は?」
突如、戦場の真ん中にライブステージが出現した。
大地の盛り上がりに過ぎないのに、それは凝った作りだ。
そして、その中心にはアイドル姿のゴーレムたちがいた。
そのメイ・ゴー・バンドの並びの中心には二人分の隙間があった。
「ミゼリアは音響頼む!」
「え? え? なに……?」
乗り物を捨てて、少年と王女がそのステージに降り立つ。
「では一曲目!」
「えええええ?」
少年がゴーレムの少女たちと突然ライブを始めた。
それはふざけた行動のように見えるのに、立派な浄化魔法だった。
少年と王女、彼らの音魔法によって強化された浄化魔法の詠唱が、歌になって戦場に木霊する。
ゴーレムたちは踊りながらしっかり迎撃を繰り返している。
そのステージの中心で少年はとても気持ちよさそうに歌唱を披露していた。
浄化の白い光がステージを照らすライトになって周囲を包む。
恐ろしく、悪趣味な不死騎士たちが、まるでアイドルに押しかける過激なファンのように見えた。
それらが近くに進むと次々に浄化されていくのだから、面白い絵面にしかなり得なかった。
醜い戦いの場をあそこまで踏み荒らされてしまっては、敵も味方も笑うしか無かった。
「……私はやはり仕える人間を少し間違えたかもしれない」
「……私もちょっとそう思うかもしれないわ」
そんな呆れる光景を見て、フィフとヴィクトリアは師弟揃って溜め息をついた。
でも、本当はそんなことは思っていない。むしろ誇っている。
あれこそ、この世界の常識を破壊し、我道を行く暴君。
開き直った彼はもう誰も止められない。
爽やかな汗をかく彼の視線がヴィクトリアに向けられた。
それはいつかの屋敷で見た表情だ。
悲しみを、怒りを、不条理を楽しさに変える。
それが彼の強さだ。
その笑顔がヴィクトリアを照らす。
「本当に、まったく……あの子は……」
ヴィクトリアは困ってしまった。
だって、また彼に落とされてしまったのだから。
これで惚れるなと言うのが無理な話なのだ。
怠け者を気取って、全部を求める働き者。
皆の心を照らし、焼き尽くしてしまう光。
それがリエーニ。そしてルクス。
彼女たちの愛する人だ。




