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 とっさに両手を前に出したから大した怪我はなかった。けれど、腕を見ると擦り傷ができていた。それに膝も痛い。ジンジンする。そう、石畳の上で転ぶって痛いのよ。

 でも何にぶつかったのだろう?

 四つん這いの状態で後ろを振り返ると、私は目をみはった。


 青いマントを羽織った、背の高い銀髪の男が、鋭い眼光で私を見下ろしていた。


 男は端正な顔をしていた。が、前髪の間から覗く視線と交わった刹那、背筋に旋律が走った。

 私に向けられたのは、殺意を孕んだ、凍てつくような視線だった。

 その眼差しだけで心臓をひと突きにされるような感覚を覚え、じっとりとした汗をかいてしまう。ごくりと息を呑んだ。

 慄いて動けずにいると、尋常ではない空気を察したのか、私と男の間にエナが飛び込んできた。


「申し訳ございません! お嬢様、お怪我はありませんか? 行きましょう」

 

 エナの手が私の腕を掴んだ。そのまま逃げるように走り去る。

 息を弾ませながら、エナの手が柔らかくて温かいことに気がついた。途端に、冷たくなった心臓に温かい血が通い始めるのを感じた。


 噴水広場までやって来ると、息を切らしながら、来た道を振り返った。男が追ってきていないか確認をしたのだ。数秒の間そうしていたけれど、走ってくる人影は見当たらず、安堵のため息を吐き、噴水の水盤のふちに腰をかけた。

 気づくと、私は自分の屋敷がある道へ視線を向けていた。見慣れた我が家を見て心を落ち着かせたかったのかもしれない。すると、屋敷の方角から見知らぬ馬車がやってくるのが見えた。

 この街を行き交う顔ぶれはほとんど同じ。なぜならシェニパーの内陸の隅にある田舎のレンガ街は、王都へ続く街道から離れた場所にある。そういう立地のせいで、通りがかりに寄る人は滅多にいない。ということは、行き交う馬車も同じものがほとんど。つまりお父様の知り合いの馬車なら大体把握しているというわけ。けれど、この馬車は初めて目にするものだった。


 誰が乗っているのかしら?


 馬車が通り過ぎるのを目で追っていると、エナに話しかけられた。彼女は眉を下げ、不安そうな表情を浮かべていた。


「お嬢様、傷ができています。痛みますか?」

「平気よ。こんなの魔法で治しちゃうわ。それより、さっきはありがとう」

「お嬢様を守るのも私の仕事のうちのひとつです。それに、あの殿方は随分怖い顔をしていましたから・・・」

「そうよね。ちょっとぶつかっただけなのに、親の仇を見るような視線を向けてきたから怖くてしょうがなかったわ。あの人、きっと普通の人じゃないわね。なんて言えばいいのかしら・・・殺し屋の雰囲気が出てましたわ」

「あんな人がご主人様の街をうろついているなんて、怖いですね。あとで自警団の団長に街の巡回をするようお願いしに行こうと思います」

「怪しい男がうろついてると伝えてちょうだい。街の住民たちが心配だわ。もしかしたらレジスタンスの一味って可能性もあるかもしれないし」


 ふたりで頷き合ったところで、エナが「あっ」と洩らした。


「それはそうと、このあとご友人が来るんでしたよね? 急いで戻りましょう」

「あぁ、いけない! エヴァンジェリーナのことを、すっかり忘れてたわ!」


 急いで立ち上がると、私たちは早足で屋敷へ戻った。





 ひと月後。婚約が決まり、とうとう一回目の顔合わせの日がやってきた。

 両親と共に移動魔法が込められた巻き物ーー魔法スクロールを使って、ヘルベリー侯爵のお屋敷を訪ねた。

 北の大地は一年中雪に覆われていると耳にしていたけれど、本当に見渡す限り真っ白な雪に覆われていた。吐く息は白く、鼻で空気を吸い込むとあまりの冷たさに肺が痛くなる。冬物のコートを着てきたけれど、もう数枚コートを着たほうが良いほどの冷気を感じていた。

 背後で両親の歓声があがった。振り返ると、水色と白の巨大なお屋敷が眼前に広がっていた。お父様の屋敷が犬小屋に見えるくらいの、広大な敷地を誇っている。我が家の七軒分くらいの大きさの建物で、花がたくさん咲き誇っている見事な温室まである。さっきから雪がちらちらと降り続いているというのに、雪国に温室など目を疑いたくなる光景だ。この温室はガラスのドームに覆われているのだろう。おそらく、このドームに魔法がかけられていて、温度を一定に保つように工夫されているはず。そんなこと、お金に余裕がなければできないのだけれど。恐るべき侯爵家の財力。


 私たちは門番に来意を告げると、門番の近くで控えていた使用人に、中に通されることになった。

 子どもが遊び回ったら迷子になりそうな広い前庭を通り抜け、屋敷正面の入り口の前まで進む。先頭を歩いていた使用人がドアノブを引き、恭しく開けてくれた。

 一歩踏み込むと、暖気が頬に触れ安堵した気分になった。次いで、外観とは違った雰囲気の内装に目をみはった。白が基調だけれど、やたらに金を使った豪華な装飾ばかりが目立つ。入り口正面に生けてあるお花なんか、随分ボリュームがあるじゃない。多分さっきの温室の花を生けてるのじゃないかしら。


 ヘルベリー侯爵家って、すんごいリッチ!


 ここまではっきり財力を誇示されると、内心穏やかではいられなかった。

 私は今日のために、街で一番の仕立て屋にドレスをオーダーしていた。紫色のドレスで、すごく気に入っていたのだけれど・・・ここに来ると安っぽい田舎者のドレスのような気がしてきて、たちまちガチゴチに緊張してしまう。田舎丸出しなのは、ドレスだけじゃない。私自身も、だ。


 侯爵家に入ったとして、うまくやれるのかしら? いえ、それ以前に、結婚生活自体が向いていない性格だというのに。本当にこの先、大丈夫なのかしら? 不良品の嫁は返品するなんて言われたら、どうしましょう。


 すると、左手奥の部屋から初老の夫婦がやってきた。

 向かって左にいる男性。彼の印象は、熊のような大男。歳をとっているが、纏っている空気に覇気がある。明らかに只者ではない男性は、背が高く筋肉質で大柄、白髪混じりの茶髪に碧眼の強面。

 いかにも屈強な戦士といったこの方は、ヘルベリー侯爵に違いない。

 その隣には銀色の長い髪を腰まで伸ばした、エレガントな女性。彼女は透き通った灰色の瞳で、その瞳と同じ色の宝石をあしらったイヤリングとペンダントを身につけていた。宝石の粒がやけに大きいことから、間違いなく侯爵夫人なのだと思った。

 別格のオーラを放っている夫婦。

 思わず生唾を飲んでしまった。

 侯爵夫妻の少しうしろから、若い男性が歩いてくるのが見えた。


 冬の朝の銀景色を思わせる揺れる銀髪。色白の肌だが首が太く、服の下にはがっしりとした筋肉が隠れていることが容易に見てとれる。切れ長の青い瞳は伏目がちで、私を見ようとは決してしないーーってこの顔、見覚えがある!?


 私の脳裏にフラッシュバックしたのは、ひと月前に偶然ぶつかっただけで殺意を向けてきた、お父様の街をさまよう怪しい男。その眼光の鋭さを思い出すだけで、体が勝手に震え、夜も眠れなくなってしまう。一度見たら忘れられない冷徹な眼差し。確実に一般人ではない。


 そう、彼は殺し屋の雰囲気をまとった、レジスタンスの一味!


 その(くだん)の男が、なぜかヘルベリー侯爵夫妻のうしろを歩いているのだった!


動揺するリーネ。顔合わせの行方はどうなるのやら・・・?

明日も投稿するので、読んでくれたら嬉しいです⭐︎

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