後編
ストーブにあたりながら、ペレグリンは配達で行ったいろいろな場所のことを話してくれた。
とある山の上に浮かぶ空中都市や、卵を抱えた火竜が住んでいる火山に、落ちて来た隕石の中に造られた街。
世界中にはさまざまな人がおり、どんな住みにくい場所にでも幸せな暮らしがあること。
ナンナはギルドがあるこの町と、生まれ育った隣町しか知らない。
この冷える石造りの建物の外に、どれだけ広い世界があるのだろうと、ナンナは瞳を輝かせて聞き入った。
ナンナは四人姉弟の一番上に生まれた。
ギルドで働き始めるまでは、隣村に家族と住んでいて、寝る時は弟や妹たちと一緒だった。
「お姉ちゃん、足冷たい!」
「お姉ちゃん、足だけアンデッド!」
弟たちは夏でも冷たいナンナの足をからかった。
冬場は特に足が青白く凍るように冷たくなっており、弟や妹は毎日騒ぎながらも、冷たい足を温めようと狭い寝台でぎゅっとくっついて寝てくれていた。
ナンナの足先が冷たいのは、幼い頃からだったようだ。
ナンナの弟たちが生まれておらずまだ一人っ子だった頃、両親に挟まれて寝ていたナンナは苦しくて目が覚めたことがある。圧迫感はナンナの足が父の太腿に挟まれていたことによるもので、なんとか引き抜こうとしたが力尽きてそのまま眠ってしまった。
翌朝父に痛かったと言うと、「ナンナの足が冷たかったから温めてやろうと思ったんだ」と返された。
ナンナの足は、その頃からの筋金入りの冷たさなのである。
一人暮らしを始めてから、足を温めてくれる人はいなくなった。
とても冷えるので、身体を温める道具が欠かせなくなった。
「お給料を奮発して買った特注の湯たんぽがあるんですよ。保温性が抜群のアダマンタイト加工で、朝までお湯が冷えず温かいままなんです」
ナンナは、椅子と背中の間に挟んでいた小さめの布袋から、湯たんぽを取り出して見せた。
ペレグリンが世界中を旅していた間、ナンナはこの小さな町のギルドでずっと仕事をしていた。
この間最も一生懸命取り組んだことと言えば、冷え対策ぐらいしかないだろう。
海の底に沈む巻貝の城の壮麗な話に比べて、ミスリルの湯たんぽなどつまらなすぎる話だ。
ナンナは自分の話題のなさを恥ずかしいと思ったが、ペレグリンは笑ってくれた。
普段、ひと所で働くことがないので、ナンナの話は彼にとっては物珍しいのだと言う。
ナンナが家族の話をすると、楽し気に聞いてくれた。
彼が笑うたびにナンナの心臓はぎゅっとなり、頬は熱を帯びるのだった。
その夜は冒険者用に備蓄していた非常食をギルド長と三人で食べ、ギルド長が開けてくれたギルド長室のソファで眠った。
床と壁から冷気が伝わり外と変わらない温度だったが、それほど広くない部屋にストーブを置き三人が寄ると、毛布に包まるだけでそれなりに暖かく感じる。
と言ったのはギルド長だけで、ペレグリンは毛布は暑いと剥いでしまったし、ナンナは毛布の下に外套とひざ掛け、肩掛けを装備していてもなお寒いと震えていた。
毛織の布に巻かれて震える蓑虫状態になったナンナの姿に、ギルド長とペレグリンは吹き出した。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝は雪が止み、空気は冷たいが青空が澄み渡っていた。
窓からは雪かきをしている冒険者たちの姿が見えた。住民が困るからと自発的に働いてくれているのだろう。間もなく職員たちも出勤してくるはずだ。
朝食を摂ったペレグリンは、次の配達に向かうと言う。
「次は樹海の奥にある、薬師の工房に届けるんだ」
ナンナはためらった。
おそらく、この珍しい配達人とはもう二度と会えないだろう。
だが、ナンナは心を温かくしてくれるペレグリンと別れたくないと思った。
彼がいなくなったら、きっとまた元の冷たさに耐える日々に戻るだろう。
もし断られても、もう会うことはないのだから気まずくはならない。
心を決めたナンナはそっとペレグリンの手に触れ、言った。
「また、ここに来てくれますか?」
目を瞠ったペレグリンは、添えられたナンナの柔らかな手を見て、ぽつりと言った。
「あなたの手は、冷たいんだな」
ペレグリンはナンナの手を取り、ぎゅっと握った。節くれ立った手はがさがさしていたが、とても温かい。
「届け物が終わったら、またあなたに会いに来るよ」
そう言って、暖かく笑った。
◇◆◇◆◇◆◇
春が来てもナンナはひざ掛けと部屋履きは手放せなかったが、その頃にペレグリンがまたやって来た。
その後、配達が終わるたびにナンナの元に戻って来るようになり、ペレグリンはこの町を拠点にすることに決めた。二人は一緒に暮らすようになった。
とは言えペレグリンの仕事は変わらないので、ひとつの季節に一度しか帰ってこないこともよくあった。
ペレグリンは二人の家を「巣」と呼び、ハヤブサは巣を作って家族を増やすのだと言った。幼い子どもの頃にしか持てなかった巣を、やっと見つけたのだとうれしそうに笑う。
ナンナの足は相変わらず冷たい。
ある日ナンナは、まだ浅くしか湯が溜まっていない浴槽に、湯に身体がすべて浸かるよう寝転んでいた。
そのまま温まりながら湯が溜まるのを待つナンナの姿を見て、ペレグリンは笑い転げた。
これは、少しでも早く長く風呂に浸かりたいが故に編み出した、ナンナ式入浴法であると主張したが、運動量が多く身体から常に放熱しているようなペレグリンには理解ができなかったようだ。
ナンナはペレグリンに笑われながらも、それがうれしかった。彼が笑っていると、足が冷たくても冷えを感じないのだ。
ナンナは、最高の暖房器具を手に入れたのだった。
クーラーで冷やされ過ぎたみなさまが、あたたかくなりますように。




