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9 小箱の中身は

 その日、私が山小屋から侯爵邸に戻っていることを確認した上で、ディルク・スミット伯爵が我が家を訪れた。スミット伯爵はケインのお父様だそうで、「お世話になったお礼」だとか。


 そうかなとは思っていたけど、やはりケインは貴族だったのね。


「伯爵自らお越しになるなんて。ご丁寧に」

「息子がお嬢様に命を救っていただいたこと、心から感謝しております」


 母は鷹揚に微笑んでお茶を勧めた。私は隣でおとなしくしている。


「コラッソンの毒を使われたそうね。その後、息子さんのお加減はいかがです?」

「エレン様のおかげですっかり元気にしております。本日は本人もお礼に同行すると申しておりましたが、控えさせました」

「あら。美丈夫と名高い末の息子さんでしょう?お会いしたかったわ」


 スミット伯爵は整った顔に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭って弁解を始めた。


「息子は、私が不憫な生い立ちにしてしまったせいで、ついつい甘やかして育ててしまいました。おかげですっかりわがままに育ってしまって、十七にもなっているのにお恥ずかしくてとても連れて来られません」


 クックックと母が笑う。私はなぜ母が笑うのかわからない。


「エレン、こちらのスミット伯爵はね、恋の噂が絶えない方で有名だったの。どうやらケイン様はお父様似らしいのよ」

「夫人、それはもう大昔のことですよ。若気の至りの話はどうかその辺で」


 私が見るところ確かにスミット伯爵は中年ならではの男の色気がたっぷりな感じだ。この人の息子ならあの美しさも納得だが、山小屋にいた時は聞き分けの良い患者だっただけにわがままとは意外だった。


「真面目な患者さんでしたよ。ケイン様によろしくお伝えくださいませ。それと、過分なお礼を頂いて、恐縮です」


 スミット伯爵は高級な布地を山のように持って来たのだ。それと、小箱だ。中はなんだろうか。後でゆっくり見てくれと言っていた。


「可愛い末息子の命を救っていただいたのです。これでは足りないくらいでございます。うっかり母親の墓参りを許したばかりに、怪我を負わせてしまいました。墓参りを許可した私の責任です」


「怪我をしたのは奥様のご実家ですか?」


「いえ、その、あれの母親は南国の王族の娘でして。旅で我が国に来ていた時に私と出会いまして……」


 私の質問を受けてスミット伯爵の目が少しだけ泳ぐ。


「エレン、野暮なことを聞いてはいけないわ。伯爵の大人の恋のお話なのだから」

「あっ。申し訳ございません」

「いえいえ、お恥ずかしい限りございます」


 大人の恋とは妻ではないということか。便利な言葉だ。


 スミット伯爵が恐縮しながら帰って行くと、母が小箱を取り上げた。そっと蓋を開けた母が微笑んだ。


「伯爵ったら気がきくじゃないの。青サソリを持ってきたわよ。残念ながら死んでるけど」

「えっ!わたくしにも見せてくださいませ」


 飛びつくようにして箱を受け取り、中を覗くと目の覚めるような青色の小柄なサソリが五匹収められていた。


「綺麗な色ですわね、お母様」

「死んではいるけれど、鮮度は悪くないわね。すぐに毒を取り出しておくわ。生きてるのも手に入らないか、聞いてみようかしら」

「ぜひお願いします!」


 母が嬉しそうな顔になる。


「エレン、やっと元気になったわね。良かった。あ、そうそう、夜会の招待状が来ているの。明日だけど、どうする?」

「参加します」

「そう。楽しんでいらっしゃい」



 カードを受け取って中を読むと、それはとある伯爵家の主催する夜会の招待状だった。


 今後は社交界に参加して良き人を見つけなければ。サムエルのことで色々言われるだろうけど、最初からそれは覚悟の上だ。平気な顔をして笑って過ごそう。


 自分の部屋に戻ると、侍女のハンナがお茶を淹れてくれていた。カモミール茶に温めたミルクを加えたものが夜の定番だ。


「はぁぁ」とため息をついているとハンナが話しかけてきた。


「お嬢様、もし何かお悩みでしたらお話を聞かせてくださいませ。話すだけでも楽になります」


「ありがとうハンナ。次のお相手を探さなくちゃならないの。明日には気合を入れるから。今だけ気を抜いてるところなのよ」


「お嬢様を幸せにしてくれる方がきっと現れますよ」



 私はあの日から、誰かに聞こうかどうしようかずっと迷っていたことがある。

 勇気を出してハンナに聞いてみることにした。あの二人の会話を聞いて以来、ずーっと頭にこびりついていたことだ。


 私が覚悟を決めて質問しようとしていたら、ハンナが察してくれて「なんでしょう」と小首をかしげた。


「ねえハンナ、私は何が足りなかったんだと思う?メラニーにあって私に欠けていたものはなんだったのかな。遠慮なく言ってくれる?もう同じ失敗は二度としたくないの」


「お嬢様……」


 ハンナの顔がくしゃっと歪むのを見て慌てる。


「やだ、どうしてハンナが泣くのよ」


「あんな人たちのせいでお嬢様がそんなことをお考えになってるのかと思ったら悔しくて」


 ハンナがハンカチを取り出してチンと鼻をかんだ。


「お嬢様に足りないものがあったのではありません!サムエル様はお嬢様に引け目があったのではないでしょうか。引け目が有るからこそ、自分より低い身分で、頭もいいわけではなくて、お金もなくて、殿方を捕まえるのに必死なメラニー様が相手だと、自分が強く偉い男になったように感じたのではないでしょうか」


「……なるほど」


「でも、あれは裏切りです。あっ。わたくしなどが生意気なことを申しました。お許しください」


「ううん。いいのよ。でも、そうだとするとお父様たちが選ぶ婿候補の方は、また私に引け目を感じるようなお立場の方になるんじゃないかしら」


「ですが旦那様と奥様はご双方のご両親が決めたご結婚とうかがっておりますが、たいそう仲良くされていらっしゃいます。人によるのではないですか?」


「そうなのよね。お父様はお母様の財産や収入に引け目を感じたりしてないのよね。大らかっていうか少し抜けてるって言うか」


「エレン様ったら。叱られますよ」


「違う違う、馬鹿にしてないから!私、お父様のことは大好きなのよ。お父様みたいな方に出会えるかしらね。私を好きになってくれて、卑屈にならない大きな心の方」


「きっと出会えます。大丈夫ですとも」


 私を愛してくれて、卑屈にならなくて、私が毒に関わることを厭わない方で、婿入りしてくれて、生まれた娘を薬師にすることに同意してくださる方……。むぅぅぅ。五つもある。


 これはもしや、かなり厳しいのではないか。私にそんな条件をつけるだけの価値があるのか。自問自答すると果てしなく落ち込みそうだ。


 あっ、それと、妻のお胸が控えめでも気にしない方っていうのもあるわ。




 条件多すぎ。


 



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