8 猫の患者
たまに入る小さなお話です。
「どうかお願いします!この子は私の生き甲斐なんです!」
裕福そうな婦人は、実際に裕福なのだろう。我が家の薬は他より少し高い。その分効き目も確かだから需要はあるわけだが。
それにしても猫とは。
婦人が抱いているのは大きな猫だ。ちょっとした幼児くらいの体重はありそうだ。
「大きな猫ですね」
「はい。山猫と家猫の両親を持っていまして。丈夫な子なのに、今朝急に吐いたかと思ったら、ぐったりして」
婦人が涙ながらに語る。しかし我が家は動物は相手にしていないし猫について詳しいわけでもない。母に判断を仰ぎたいが母は留守だ。迷っている間にも猫がゲッゲッと吐いた。
「あれ?」
覚えのある葉っぱが出た。トリスタ草だ。嘔吐させる時に人間に飲ませる草だ。
「この葉っぱ、おうちでも吐きましたか?」
「はい。毒草でしょうか」
「いえ、薬草です。わかりました。診ましょう。ですが、席を外していただけますか」
心配そうな婦人を部屋から出してぐったりしている猫を診察する。自分から嘔吐を誘う草を食べたなら何か誤食したのかも知れない。吐きたくても吐けないような物を。
「仕方ない。あれを試しますか」
猫の体重を測る。八キロか。猫の解毒能力が不明だから控えめに計算して薬を出した。
(さて、大人しく飲んでくれるかな)
猫は抵抗する元気もないのか、されるがままだ。そっと口を開けて体重当たりよりも更にかなり少なめにした薬を飲ませた。口を押さえてゴクンと飲み込むのを確認して待つ。
やがて麻痺薬が効いたのを確認してそっと口の中に手を入れた。喉の奥、何かがある。オエッとなる猫をなだめながら指を伸ばしてそれを摘んで引き出した。普通の猫ならここまで指が届かなかった。大きな猫で助かった。
麻痺薬は毒蜘蛛の毒液から作られる。我が家だけ、いや、私と母だけの秘密だ。
「指輪?」
金の台座に丸い月光石の石が付いた指輪である。猫は薬の効き目が薄れて動き出した。
「つらかったねぇ。取れたわよ。なんで指輪なんか飲んだの?美味しくないのに」
「ナン」
猫は大きな体に似合わない可愛い声で返事をした。
「終わりました」
声をかけると婦人が駆け込んできた。猫に駆け寄り抱きしめている婦人に指輪を見せた。
「これが喉に引っかかってました。どうして飲み込んだのでしょうね」
「あっ」
思い当たることがあるらしい。
「台座の金の部分にうっかり落とした溶かしバターが入り込んでしまって。外して後で掃除しようと置いていたものです。その匂いに誘われたのかも知れません」
バター。それはきっと猫にはそそる匂いだったに違いない。
「猫の胃腸は細そうですから下まで降りていたらお腹を開かないと無理だったかも知れませんね。取れてよかったです」
婦人は喜んで請求した額の倍を置いて行った。
しかし私は動物好き、猫好きの繋がりを甘く見ていた。
翌日から猫を抱いた人が頻繁に訪れるようになってしまい、母に「まあいいけれど、猫と人間の診察室は変えたほうがいいわよ」と注意された。
そのうち、猫は人間と比べると体重当たりの薬の量がごく少量で効くことがわかった。私は猫好きの間ですっかり有名になってしまったらしい。
食欲不振(本当に多い)、脱毛症、皮膚炎、鼻水、鼻詰まり。どれも私の薬がごく少量で良く効いた。あまりに猫の患者が増えてきたので困るほどだ。
「そのうち動物病院を開いたりしてね」
「人間の薬を作る妨げにならない程度にしなさいね」
母はそういうけれど、訪れる患者の数はコントロールできないものね。
ついに昨日は犬も来た。
「助けてください!ここしか頼るところがないんです!」
そうなのよね。犬猫の病院て、無いのよね。家畜の医者はいるのにね。
犬は小さく、普通の猫くらいだ。熱が下がらないという。熱は理由があって出ているのだから下げればいいというものでもない。
「お預かりしてもいいでしょうか。様子を見ますから」
その晩は犬と一緒の部屋で寝た。
あんまり高熱になったら解熱剤を少し与えて水を飲ませた。動物たちは私のいうことをよくきいた。噛んだり引っ掻いたりはほとんどない。たまにはあるけど。
やがて犬の熱は下がり、目に力が戻った。食欲もある。理由は何かわからないけど、とりあえずは元気そうだ。
「よかったね。また具合が悪くなったら診てあげるよ」
犬は尻尾をブンブン振り、口を開けてハッハッハとしながら見上げている。笑ってるみたいに見える。
「回復しましたが、私には原因がわかりません。できれば医者の方がいいのですけどね」
「犬を見てくれる医者なんていませんよ。私にとっては大切な家族なのに。我が子と同じ、いえ、息子よりこの子の方が!」
いやいや、それは口に出しては。
私は薬しか出せないから切る必要のある場合はなんともできないけれど。薬でどうにかなるなら力になろう。
母には散々釘を刺されている。
「本業をおろそかにしてはダメよ?」
そうね。私はすぐ夢中になってしまうからね。






