終わっていなかった問題(後)
千紘に連れてこられた場所は、空き巣が入った家にはいたくないのよねぇと言って引っ越した美樹の家だった。
「姉さん。また空き巣入るかも」
「オッケー。次来たらとっちめる」
拳を握り気合いをいれる美樹と、連れてきた千紘にオロオロとしてしまう。空き巣が入ったのだって自分のせいなのに、また迷惑がかかってしまう。
「大丈夫。次はないわ。だから安心してここにいなさい」
「ちなみに、何があったのか教えて?」
そう言えば電話では詳しい話が出来なかったと、千紘が持ってくれていた紙袋を示す。
2人がガサガサと中身を調べていき表情が強張っていく。しかも、菜緒を見て今度は鬼のように睨み付けられた。
「なんで早く言わないの……」
「私たちそんなに信用ないのかしら」
信用しているからこそ心配をかけたくなかったし、2人は優しいからこうして迷惑がかかるのは分かりきっていた。そう伝えると、美樹にギュッと抱き締められる。
「ちなみにこれはいつから?」
「……」
「菜緒ちゃん。まさかずっととか言わないわよねぇ……」
ニッコリと微笑む2人が怖い。
「あ、写真はヒカリさんの事件が終わった辺りです!」
「得意気に言わない!」
手紙だけだったらまだ良かったけれど、写真まで届けられ随分と動揺してしまった。怒る美樹には申し訳ないが、こうして話せるだけで心が軽くなっていく。
「不審な人間。不審な物音。些細なことでも、何でもいいから覚えてることない?」
「………あ」
人間については分からないけれど、不審な物音についての記憶がある。
「隣の人が夜中に大きな物音を立てて、それで起きたことがあったんです」
今は知っている人だから、夜中に物音を立てるとしたら出かける準備をする音だけだと良く分かっている。でも良く考えるとあれはかなり大きく響いた。隣からは他の音なんてあまり響かないのに……と考えているうちに、最悪な事態を考えてしまった。
「いた、の?」
「いたって何が?」
首を傾げる美樹に千紘は難しそうな顔で答える。
「恐らくその時、菜緒ちゃんの部屋に誰かいた」
千紘に言われると本当にそうだったんだろうと思えて喉がヒュッと鳴る。
「僕や姉さん達も、松田が菜緒ちゃんに迫っていたんだって思ってたんだけど……違ったみたいだね」
「じゃあ前回の空き巣も、今回菜緒ちゃんの家に侵入した奴も同じ?」
「恐らく。正真正銘菜緒ちゃんのストーカーだろうね」
まさか自分にストーカーなんているわけないと思っていた。けれど実際にはいるようで、震えてしまう手を握っていると、その手ごと千紘に握りしめられた。千紘を見ると悔しそうに顔を歪めている。
「ごめん」
「どうして千紘さんが……?」
「もっと早くに気づけば良かった」
肩を引き寄せられ千紘の胸元に顔を埋める。
背中をポンポンと叩かれ安堵のため息が漏れる。
「……頼りないかも知れないけど、君を守らせて」
「そんな。頼りなくなんてないです!それに私が黙っていたから……」
「ううん。被害を告白することだって、怖くて勇気がいるからね。良く頑張ったね」
千紘の言葉にポロポロと涙が溢れる。
「一体どんな奴なのよ」
「分からない。けど、罠は張っておいたよ」
引っ掛かってくれれば良いけど。そう呟いた千紘の瞳は怒りに揺れていた。
***
***
後日、心を落ち着かせてから2人に付き添われ家へと戻った。鍵を開けて扉を開く。念のため……と千紘を先頭にして入り、部屋に誰かいないか確認してからリビングに入る。
閉められているカーテンを見ながら考え込んでいる千紘は、無言でリビングを見て回っている。
延長コードは相変わらず新品のままだ。チラリと千紘に視線を移すと、首を振られ延長コードには触れないようにと無言で言われてしまった。頷いて衣服を持っていくために寝室にあるタンスを開け短く悲鳴を漏らす。
「菜緒ちゃん?」
すぐさま飛んで来てくれた千紘の袖を掴むと、安心させるように頭を撫でてくれた。
「……知らないの入ってる……」
ここに入っていた自分の服はどこにいったのだろうか。それすらももう考えられないくらいに怖い。
「見つける。菜緒ちゃんを苦しめてる犯人を必ず見つけるから……」
肩を引き寄せる力は強い。うん、うん……と何度も頷く菜緒は、もう何度となく千紘に助けられただろうか。その度に愛しさが降り積もっていく。
***
***
美樹の部屋に戻るとすぐ、千紘は探偵業をしている最中に使用しているノートパソコンを開いた。そして何やら操作をする。暫くして画面に現れたのは菜緒のリビングだった。目を瞬かせ千紘を見る。
「ごめん。事後報告になっちゃうけど、菜緒ちゃんがいなくなった部屋をこうして撮っておいたんだ」
「見てないわよね」
「まさか!部屋だけだとしても勝手に覗かないよ!」
慌てた様子で手を振る千紘に思わず笑みを溢す。どうやら超小型カメラをテレビ台にセットしたらしい。
「信用してるから大丈夫です。それに見られて困るものもないですよ」
「う、うん……それなら良いかな……」
「あら、それなら良いの?」
「姉さんうるさい」
不機嫌に言う千紘に美樹は楽しそうに笑っている。こうして3人でいるのは楽しい。そう思っていたけれど、画面の中で物音がして、家の中に緊張感が走る。見たくないけど、ここで見なくてはどうにもならない。不安そうな顔を千紘に向けると手を差し出された。
「僕の手、掴んでて」
「……はい」
「ん、隣に僕がいるの忘れないで。大丈夫」
優しく耳に響く声に頷く。画面外ではガチャガチャ……と鍵を弄る音が聞こえてくる。ガチャンと音がした瞬間、ビクンと体を震えさせる。
「やっぱり鍵は持ってるか……」
合鍵なんていつ?と考えても分からない。入ってきたのは恐らく男性だ。真っ先に盗聴器があるであろう延長コードに近づいている。
帽子を目深に被っているせいで誰だか分からない。また怖い思いをして過ごさなくてはならないのだろうか。そう思っていた時、男性が床に何か落ちているのに気がつきしゃがみこんだ。
次に立ち上がった男性の手に有ったのは、たまに使用しているヘアピンだ。
テレビ台の隣にアクセサリーボックスを置いている。リビングで千紘がしゃがみこんでいたのはこれをセットするためだったようだ。
男性はそれを知らずにテレビ台の方へと歩いていく。間近に見るその人の顔を見て、菜緒は暫く呆然としてしまう。
「嘘……」
「知ってる人?誰?」
画面の目の前でいるその人を信じられなくて首を横に振る。
「菜緒ちゃん。コイツ誰」
「千紘。少し落ち着きなさい」
「姉さんは黙ってて。菜緒ちゃん答えて」
「菜緒ちゃんだっていきなりで混乱してんでしょ!こっちが焦ってんじゃないわよ!」
パン!と頭を叩く音に、呆然としていた菜緒がハッと目を見開く。叩かれた張本人も、焦ってしまったことを自覚したのか、ごめん……と謝っている。
「まあ菜緒ちゃんを守りたくて必死なのは分かるわ。でも、被害者が1番辛いの。あんたなら分かるわよね?」
「……うん。ごめん」
悔しそうに顔を歪めた千紘は、美樹にされる前に両頬を自分で叩く。よし!と気合いを入れた千紘の瞳には強い決意ある瞳が浮かんでいる。
「菜緒ちゃん。焦らせてごめんね」
首を振り一時停止されている男性の顔を見つめる。
いつも親切で優しくて。掛け合いが楽しくて。私服だってこの間初めて見たばかり。でも、あの時感じた違和感はこれだったのかと漸く理解する。
「この人に……動物病院の人に、喫茶店で働いてるって言ったことないんです」
「動物病院?」
「賄いが出るなんて知るはずがないのに……」
私服でいた時の、黒の腕時計が似合っていた。主治医である春野先生がいない時、いつも優しくミナミに語りかけてくれたし、ミナミを預けた時も信頼感溢れる瞳で微笑んでくれていた。
「……更木先生」
どうして?なんで?そんな疑問ばかりが頭に浮かぶ。菜緒の異変を感じ取ったのか、ミナミが菜緒にすり寄ってくる。
そのミナミを抱き締め、未だに整理しきれない頭を整えていく。
「菜緒ちゃん。どうしたい?」
提案されたのは、弁護士に相談してから警察に行くか、弁護士を雇って千紘と一緒に話をつけにいくかだった。
「千紘さん」
名前を呼ぶと心配そうな顔で菜緒を見つめてくる。また頼るのは申し訳ないけれど、千紘はきっと笑って力になってくれる……千紘を見つめ告げる。
「私と一緒に行ってくれますか?」
「ん、必ず君と一緒にいるよ。頼ってくれてありがとう」
不安を解消してくれるような優しげな微笑み。やっぱりこの人が大好きだと思える瞳だ。
怖いけれど、きっと大丈夫。無事に終われることを祈って、話し合いをする算段を立てていった。




