心強いお守り
千紘が環境を整えてくれたお陰で、ミナミと一緒に暮らせるようになった。動物病院に行きミナミを引き取りに行くと、看護師がミナミを連れてきてくる。その看護師の手には羽のついたおもちゃがあった。
「これお姫様にどうぞって更木先生が」
「あはは、ミナミはお姫様ですか」
思わず笑ってしまったが、ミナミの真っ白な毛並みはドレスを着ているように綺麗で確かにお姫様のようだ。でも貰っても良いものだろうか。そう悩んでいると、春野先生がやってきた。
「ミナミちゃんの引き取り?もう帰っちゃうのか。寂しいなぁ」
「はい。あの、これ……」
「ん?ああ、貰って貰って。更木先生がサンプル沢山貰ったらしいから」
「そうなんですね。ありがとうございます。あの更木先生にもお礼を言っていたとお伝えください」
どうやら今日は休みのようで直接言えなくて申し訳ない。次に会った時に改めて言おうと決めて、ミナミを無事に引き取り千紘の家を目指した。
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非通知設定の電話は着信拒否に設定したお陰で、ここ数日は何事もなく過ごせている。でも自分の電話番号を犯人と思わしき人に知られているのはやっぱり気持ち悪い。
明日辺りにでも機種変更しようと思いながら仕事をしていると、千紘の協力者である前川がお店にやってきた。その表情は辺りを警戒しているようで、何かあったんだと緊張感が高まっていく。注文されたブレンドを用意して持っていくと、前川の手には警察手帳があった。
「千紘と君に話したいことがある」
「何ですか?」
「事故当時の衣服預かっただろ?あれの検査結果が出た」
どうやら前川に樹が着ていた衣服を預けていたらしい。前川のこの表情からしても、衣服に何らかの痕跡が残っていたと言っているようなものだった。
「成人男性と思わしき指紋が検出された。以前松田が足を壊した時に警察が指紋を採取してたみたいで、照合したら衣服の指紋と一致した」
それならもう犯人で確定してもおかしくない。期待の眼差しで見たものの、前川は難しい顔を見せたままだ。
「松田と樹には共通の知り合いがいるからな。ソイツを通じて顔見知りだったと説明されればそれまでだ」
「それだとシラを切られて逃げられるか……」
「だな。何とか証拠がありゃ良いが」
「証拠がないなら僕が接触します」
犯人の名前も分かり、焦る気持ちが増えてきたのだろう。千紘はすぐにでも松田の元に向かおうとしている。前川はそれを宥めたものの、どうすれば松田に繋がれるのかと思案している。その2人が出来なくて、菜緒なら怪しまれずに接触を謀れる方法が1つある。時間はかかるかも知れないが、偶然出会うよりも確実だ。
「私が可那子さんと連絡を取ります」
「福山さんと?」
福山可那子。樹に不貞調査を依頼し菜緒と仲良くなった女性だ。その目的は菜緒の情報や樹の死亡当時の状況を探ること。そして探るのは不倫関係の松田のためだと思われる。
そんな女性に近づくのは怖い。でも、こちらから行かなければ松田に命を狙われる可能性だってある。
「菜緒ちゃん。それはダメだ」
「そうだぞ。警察としても許可出来ない」
「でもこのままだと私もですけど、関わった人達が狙われるかも知れないんですよね?」
それは嫌だ。もしそれが友人の沙世や勇気にも繋がってしまったら、悲しいどころではない。そう切に訴えると、千紘が苦しげな表情を見せた。
「千紘さん。ここで終わりにしましょう。お願いします」
千紘の手が菜緒の頬を滑る。撫でていた手を額に当て苦しそうにため息を吐く。
「僕は、君を利用したくない」
「利用じゃありません。私が協力したいんです」
「……分かった。せめてこれを持っていって」
千紘がポケットから出したのはブラックのレザーストラップ。これは樹に扮している時に着けていた物だ。スッと差し出され、手のひらに落とされる。軽いのに重く感じるストラップは少しだけ擦りきれている。
「大事な物なのにいいんですか?」
「お守りだよ。持っていかないなら行かせないから」
強い口調と真剣な瞳にドキリと胸が高鳴る。胸の前に持っていき千紘を見つめた。
「樹さんのストラップ借りますね」
「うん。借りるじゃなくて、そのまま持ってて良いからね」
比較的近くで嬉しそうに微笑む笑顔は心臓に悪い。お礼を言い笑いながら距離を取り改めてストラップを見る。本人には会ったことはないけれど、樹に守ってもらっている気がして心強い。スマホを手に取り可那子にメールで連絡を取る。暫くしてすぐに返事が返ってきた。
「私も久々にお話ししたいって……」
「レストランなら人気もあるから無茶はしないだろ。千紘、監視に誰か付けれるか」
「頼んでみます」
着々と事が進んでいく。犯人逮捕に繋がるような話を引き出せる力が欲しい。ストラップを握りしめながら強くそう願った。




