復讐者
可那子が指定したのは喫茶店のある街から電車で10分。小さな商店街近くにある、こじんまりとしたファミリーレストランだった。一応人目はあるだろうと思って入ったけれど、開店直後の店内はガランとしている。先に入っていた可那子が手を振って呼んでくれている。可那子の隣には誰もいなくてホッと胸を撫で下ろした。比較的近くの席には畑山兄妹が座ってこちらの様子を窺っている。依頼があって抜けられない千紘の頼みを聞いてくれたようで、知り合いがいることにも安心出来た。
「お久しぶりです」
「久しぶりー。菜緒ちゃん連絡くれてありがとうね」
「いえ。可那子さんと久し振りに話したかったので」
「私も話したいことあるのよー」
可那子の対面に座りメニューを眺める。美樹特製の朝食をしっかり食べたからあまりお腹が減っていない。飲み物かデザートかと見ていると、これお薦めよとメニューに指を指された。
ふと、その指差した右手を見ると、以前は着けていなかった指輪を着けていた。
「指輪綺麗ですね」
「え?あ、これ。ふふ、そうでしょう?」
嬉しそうに指輪を見せる可那子の表情は幸せそうだ。
「実はね、旦那と別れようと思っているの」
「えっ!?」
それならその指輪はと考えた所で思い当たる人は1人しかいなかった。その人の名前を出しそうになり思わずグッと堪える。
「高校生の菜緒ちゃんに言うのは躊躇ったんだけど、お世話になったから言っておきたくて」
「そう、なんですね。じゃあその指輪は?」
「旦那が連絡も全然してくれなくて、連絡してきたと思ったらストレス溜まってるのかイライラしてて……そんな時に出会った優しい人が私にくれたの」
調査の中で見てきた主観だけでも、可那子に対し誠実だったと言える。そんな彼が連絡をしてこないなんて有り得るのか。それは当人同士の問題だから分からないが、優しい人という言葉に菜緒はピクリと反応した。
「優しい人?」
「えぇ、私の不安を失くそうとしてくれる誠実な人よ」
可那子はその彼が本当に大好きなようで、頬を緩めながら彼について語ってくれる。
「左足が悪いんだけど、それも人助けをしたかららしくて……それを後悔していない優しい所も好きなの。そんな優しい人を支えていきたいわ」
「っ、素敵な人ですね。なんて呼んでるんですか?あだ名?」
「あはは、高校生くらいならあだ名で呼んだかな。でも、普通に哲史さんって呼んでるのよ。松田って名字だから最初に出会った時は松田さんって呼んでたけど」
松田哲史。左足を怪我している。やっぱり可那子と不倫をしている相手は樹を殺した犯人だ。覚悟はしていたけど目の当たりにしてしまうと、胸はドキドキと高鳴るのに血の気は引いていく。思わず席を立ってしまうと、可那子は笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「い、いえ」
「そうだ。もうすぐ彼が迎えに来てくれるの。どうせなら一緒にドライブ行かない?」
「お邪魔ですよね……」
わざわざ松田の車になんて乗りたくない。千紘だって、危険だと思ったらすぐに畑山兄妹の元に行ってと忠告してくれた。
これは行くべきだ。そう思って畑山兄妹の元に行こうとしたけれど、可那子に阻止されてしまう。
「大丈夫よ。菜緒ちゃんのお話ししたら彼も会ってみたいって言ってたもの。ね?」
ニッコリと微笑みながら伝票を持つ可那子は、菜緒の手を引きながら歩き出す。
慌てた様子で追い掛けてきた畑山兄妹にすがろうとしたけれど、誰かにグッと腕を引かれてそれも阻止されてしまった。
「可那子さん。ありがとう」
「いいえ、哲史さんの頼みだもの」
うっとりとした表情を浮かべる可那子と、哲史さんという名前にゾクリと背中が震える。
「さあ、行こうか。楽しいドライブにね」
「っ!」
「菜緒。どうしたんだい?」
知り合いを介抱するように松田に抱き寄せられる。悲鳴を上げようとしたけれど、手で塞がれて声が出せない。
「ああ、外の空気を吸おうか。ここなら新鮮な空気が吸える山が近いからね」
首を振り拒否をしても、当たり前だが松田はいうことを聞いてはくれない。たとえ左足を怪我していたとしても男性の力に勝てない。菜緒ちゃん!と追いかけて来ようとした2人は、可那子が入り口を塞いだために阻まれる。
「んー!」
「そうか。そんなに気持ち悪いのか。この薬を飲むと良いよ」
勢い良く薬を突っ込まれ無理矢理口を閉じられる。喉に詰まりそうになり思わず飲み込んでしまうと、松田の笑みが深くなっていく。
「起きた時には楽しいショーの始まりだからね」
怖い。苦しい。助けて。段々と鈍くなっていく思考に抗おうとしたけれど、ついにプツリと意識は途絶えていく。
***
***
意識を失った菜緒を抱えた松田は、独特の靴音を立てながら駐車場に止めてあった車の助手席に菜緒を乗せ運転席に乗り込む。
店から駐車場に向かう道には、必死に追いかけようとしている2人の姿と、それを体を張って止めようとする可那子の姿。
「やはり満たされなかったな……」
自分の抱える欲を満たしてくれるのは彼女だけだ。と気を失っている菜緒の髪の毛をさらりと撫でた。店員が流石におかしいと思ったのか、責任者と思わしき人が3人に話しかけている。
車の窓を開けて必死に喚いている声を聞く。
「彼には菜緒ちゃんが必要なの!」
「必要なんじゃない!菜緒さんが殺されるだけです!」
「お、落ち着いてください。今警察を呼んだので…」
それを横目に見ながら車を発進させる。走って追いかけようとしてくる男は樹と彼女の知り合いだろうか。悔しそうな顔でどこかに電話をかけている。
「樹か」
自分の人生を台無しにした男。
恨んでいた相手が奇跡的に生還を果たしていた。そんな男と偶然出会った日から、復讐をするためにずっと準備を進めていた。それが今日叶うとしたら自分はなんて幸せ者だろうか。
そう松田は考えながら上機嫌で山へと車を走らせていった。
***
***
探偵の仕事を終わらせ、時間が惜しかったのか樹の姿のまま待機をしていた千紘は、畑山の連絡を貰い、直ぐ様探偵業に使用しているノートパソコンを起動した。
菜緒を心配して来てくれた沙世と勇気と、店番をしてくれていた美樹が注視している中で、千紘は黙々とパソコンを弄る。暫くすると、パソコンがポンッ!と音を鳴らす。パソコンの画面には地図らしき物が表示されている。地図上には規則正しく点滅する丸い点が1つ。丸い点は地図にある道路を進んでいく。
「これは?」
「ストラップにGPSを仕込んだ」
「こわっ」
「で、でもこれがあるから菜緒追えるし!」
「そうね。用意周到過ぎて我が弟ながら尊敬するわ」
各々感想を口にしながらもパソコンから目を離さない。一番に気がついたのはやはり千紘だ。松田が何をしようとしているのかも同時に気がついてしまい、顔を醜く歪め唇を噛む。
「山に連れていかれてる。姉さん。すぐに前川さんに連絡して」
「分かった。千紘は?」
「……菜緒ちゃんを取り戻す」
自分のせいで危険に晒してしまった。その責任は自分で取る。たとえどんな手を使ってでも。そう決意すると、美樹は悲しそうに眉を歪める。
「あんたのその表情久々に見た。……樹が死んだ時とそっくりよ」
「……」
「死ぬ前に助けなさい。あんたなら出来る」
あの時と同じように気合いを入れるように両頬を叩かれる。美樹の活に頷き、実家から持ってきたバイクのキーを持つ。最近は乗っていなかったし、まさか山にこれで向かうとは思わなかった。そう考えながら美樹に手渡されたヘルメットを装着する。
「千紘さん菜緒を助けて!絶対だよ!!」
「お願いします!!」
今にも泣き出しそうな顔で送り出してくれる沙世と勇気に頷く。
「行ってきます」
店を出て止めてあったバイクを撫でる。きっと樹も力を貸してくれる。これでもう終わりにしよう。そう決意しながらバイクに乗り山へと向かっていった。




