千紘の目的
美樹は長女で千紘と樹は双子。千紘の方が先に生まれ兄となっている。昔から千紘はあまり外で遊ばない子だった。両親が経営している喫茶店で常連客とお話をしたり、両親が働く姿を見て育っていった。
反対に樹は活発で、喫茶店に来ることもあったけど、それより外で遊んでいる回数が多かった。
美樹が社会人になり2人が大学生になった頃、千紘は探偵事務所のアルバイトを始めた。アルバイトをしていない時は喫茶店の手伝いをし、たまに樹も手伝ってくれていた。
その頃、1度連絡が取れなかった時があった。
美樹と千紘で激怒したお陰か、何時に帰るか報告してくれる姿に思わず笑ったものだ。
樹の夢は大型バイクを買うこと。それで日本を旅してみたいと言っていた。
千紘もどうだ?と言われ免許を取り乗り始めたのは同じ頃。
樹よりは乗りこなせなかったけど、その時のバイクは今も実家に置いてある。
そしてその時のバイクこそ、樹の夢だった買ったばかりの大型バイクだ。
出かける前日に何度も荷物をチェックし、楽しそうに待ち望んでいた。
この山から帰ってきたら、今度はこっちの山に行ってみたい。そんなことも話していた。
家族皆で送り出し、普段通り仕事をしたりアルバイトをしたり。
千紘の元には昼時に樹から画像が送られてきた。綺麗な空と山だけの写真だ。何となく電話をかけ、樹と話をした。
「どう?」
『最高。千紘も来いよ』
「今日は無理だよ」
『なら今度は一緒に行こうぜ』
「分かった。その時はガイドしてね」
『俺に任せとけ。今日は15時くらいには帰るから』
「ん。了解」
自信満々にいう樹に気を付けてねと告げ、通話を終えた。その日千紘が帰ったのは夕方だった。疲れた体を引きずって帰ってみると、難しい顔をした美樹がいた。
「美樹?」
「樹から連絡あった?」
「ないよ?もう帰ってるんじゃないの?」
15時までには帰ると言っていた。何らかのトラブルがあって遅くなるのなら連絡はしてくるだろう。そう思っていた時、千紘のスマホが鳴り響く。
「樹から?」
「かな?」
知らない番号だ。スマホの充電でも無くなったのだろうか。そう思いながら出てみると、女性の声が聞こえてきた。それはとある病院の事務局の人だった。
落ち着いた声で話す言葉の意味を噛み砕くのに数分を要したと思う。
「千紘?」
「……分かりました。直ぐに伺います」
「どうしたの?」
「樹が、崖から落ちたって」
意識不明。直ぐにご家族の方が来てください。事務局の人の言葉が頭の中でグルグルと渦巻く。顔色を悪くしながらも、しっかりしなさい!と千紘の両頬を叩いた美樹は、両親に知らせるためにリビングに走っていく。
スマホを握り締めた千紘は、何かの冗談であって欲しいと願いながら病院までの行き先を調べていく。
そして対面した時には、樹は既にこの世にはいなかった。
お辞儀をする先生方にお辞儀を返し、白いベッドに横たわっている樹を見る。
バイクと同時期に買ったライダースジャケットとストラップは千紘とお揃いの物。千紘のはまだ新品同然なのに、樹のは買ったばかりなのにもうボロボロだ。あれだけ自信満々だったのに、事故だなんて呆れてしまう。
泣いている母の背中を擦りながら樹の顔を眺めていると、コンコンと静かにノックされた。
視線を移すと見知らぬ男性が1人。
千紘が対応しようと出ると、千紘の顔を見てギョッとしている。
「ああ、すみません……双子なんです」
「そうですか。私、こういう者です」
スッと見せられたのは警察手帳。
「助けられなくて申し訳ない……」
「まさか……貴方が発見してくれた?」
非番の警察官が発見した。それが目の前にいる刑事なのだろうか。頷く刑事の両手を握り、お礼をいう。
「ありがとうごさいます!前川さんのお陰で直ぐに対面することが出来ました……!」
また息があるうちに樹を発見し、スマホも拾ってくれた。そこに申し訳なさを感じる必要はない。
「いえ……ただ聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと……ですか?」
「乗っていたバイク新品?」
「はい」
「……置いてあった場所は聞いた?」
「いいえ?」
ふむ……と考え込んだ前川は周りの人に聞こえないよう、こそっと話す。
「随分と離れた場所に、エンジンをかけたまま置いてあった。そして落ち方も不自然だった。何よりスマホが……」
長年刑事として培ってきた経験か、前川曰くあの事故には不自然な点が多かったらしい。
「拾った時に気がついたんだが、ほらそれ」
返してもらった樹のスマホを操作すると、写真の他に何か録画されていた。
時刻は昼から少し過ぎた頃。写真を撮った後のようだ。
恐る恐る再生ボタンを押す。ノイズが激しい中、樹の焦った声が聞こえてくる。
『なんでだよ……?』
誰かと会話しているんだろうか。相手の声は拾えていない。
『千紘。お前のこと信じてるからな。あれ、多分………だけど、見つけてくれるよう手がかり残すから』
早口で喋った後、樹の気合いを入れた声が聞こえる。同時にゴトン!とスマホが落ちる音が聞こえ、遠くから砂利を踏む音が聞こえてきた。
「……樹。警察は事故だって……」
「一応調べてはいるが、手がかりも少なく難しい。俺は他の事件に付きっきりになっていて、生憎手が離せないんだ」
申し訳ないと再び謝る前川を止める。
「樹が事故じゃないと知れただけでも助かりました。樹は僕を信じてくれた。だから……」
グッと拳を握り締める。
「僕が必ず犯人を見つけ出します」
「協力出来ることは協力しよう」
そうして事件解明のため千紘は動き出した。
そうは言ってもほぼ情報も手がかりも無かった。ほぼ、というのは、事故に見せかけて樹を殺した犯人の情報が少しだけ掴めたからだ。
あの時樹が残してくれた動画の、音声が鮮明ではなかった部分。あそこをクリアにして聞くと、あれ多分誰かの彼氏だけどとなった。
樹の交友関係を洗っていくと、彼氏持ちの女性はかなり多かった。そして皆この街に暮らしている。そこを探すのにも長い年月を要しそうだ。
そんなことをせずに一刻も早く見つけたい。行き詰まった千紘は美樹に相談をした。
「どうすれば良い?」
「うーん……顔を売れば?」
「え?」
「樹の友達って家に来ないし、あんた達のこと双子だって知らない人多いわよね。で、千紘は探偵業が出来る。尚且つ顔が樹にそっくり」
どういうこと?と首を傾げると、美樹がまた両頬を叩いてきた。
「あんたが樹の振りをして、名声をこの街に轟かせなさい。探偵をしながら顔を売って情報収集!樹の性格なら人脈作るくらい容易でしょ?」
確かに個人では情報は集めにくいし、樹の性格を真似するとなると、情報提供してくれそうな人脈は増えるだろう。でもだからって何で樹の振りを?と美樹を見る。
「犯人と偶然会って、犯人が自滅したら面白くない?」
「……確かに」
この街にいるのは確かだ。どんな手を使ってでも見つけると誓ったからには、樹の振りをすることも手の1つだ。犯人が双子だと知らないことに賭けるのは無謀だとは思うが、やらないよりは良い。
「親からは私と一緒に喫茶店任されてるけど……そっちは素でやった方が良いでしょ」
「そうだね。流石にそこまで樹の振りをすると疲れそう」
フフッと笑うと美樹の笑顔が見える。
「漸く笑った」
「……ごめん姉さん」
「必ず捕まえましょ」
これがどれだけ大変で、どれだけ愚策かも分かっている。
でも、樹を殺した犯人が今も平凡に日常生活を送っているのが許せない。
「……樹を殺した犯人を見つける。それが僕の目標だよ」
息を呑むように緊張した面持ちで見つめてくる菜緒に、そんな顔はしてほしくないな……と優しく微笑んだ。




