銀の板
鼠色の兵士達が数人づつに分かれ、土を掘り返している。
連隊は失った陣地を奪還し、連携を欠いた敵の逆襲も撃退した。戦線が小康状態を取り戻した後で必要になるのは、塹壕に溢れる戦死者の処遇であり、つまるところ埋葬だ。
兵士の一人がスコップで土砂を掬い出すと、その下に白いものが現れた。それはすぐに指とわかり、少し掘り出してみれば彼らと同じ鼠色の袖口をしていた。
前の戦闘の戦死者が出たというので、マテューは横たわっていたベッドから起き、掩蔽壕を出た。背中に銃創を受けていたものの比較的軽く、敵の逆襲が続いた為に留まっていたのだ。
塹壕から出て兵の群がっている処へ行くと、ニシンの塩漬けのように並べて埋められた兵士の遺体があった。降り続いた雨のせいで泥に塗れていたが、日がそれ程経っていないことから原形を留めている。敵は何も、彼らの身になって埋めたわけではないだろうが、少なくとも焼いて食いはしなかったのは確かだ。
穴の中には見えるだけで一個小隊は下らない数の戦死者が並び、マテューはその中に戦友の姿を探した。しかしどれも同じ色で見分けが付かず、直接認識票を確かめようと穴へ下った。
遺体はどれも、心配した程に傷んではいない。砲弾で体を吹き飛ばされたり、銃弾に顎や鼻を粉砕された死体に慣れたマテューにとって、それはむしろ水死体に見えた。彼らは肺を焼かれ、流れ込む体液に陸の上で溺れた。
戦死者を運び出そうとする兵達の中で、マテューが認識票を一つ々々確かめていく。白銀色の楕円板は、強い毒によって黒く煤けていた。
──Marcel-Aymé、Pierre-Doucouré……。
誰一人、同じ顔をしていない。苦しんでいるような顔、眠っているような顔、今にも叫びだしそうに開かれた口、ガラス玉の目。しかし、出生年はそう離れていない。
──Joseph-Bernard、Vincent-Quinon、Marcel……泥で見えない……Lai。
爆音が聴こえる。遠く、乾いた響きだ。誰かが「ありゃ10センチだな」と得意げに言う。
──Roge-Marey、Francis-Papon。その次は、認識票を確かめるまでもなかった。
泥の払われた顔に、見覚えがある。それも確かなものだ。眉は最後の時のまま寄せられ、歪められた口に歯が覗いている。認識票に打刻された名はGustave-Dubois──ギュスターヴ・デュボア──1894。
──ジュール。
マテューはその言葉に、答える者がないのをよくわかっていた。撫でるようにして触った頬は冷たく、固い。彼はそうして思い出したように、ポケットから真鍮の小さな筒を取り出す。
敵兵の撃った銃弾は、背嚢のビスケット缶を貫き、二つの瓶を粉砕した。しかし幾つもの障害物を抜ける間に勢いを失ったのか、最後のガラス瓶を割ったところで方向を変えた。銃弾はマテューの右背中を少し抉り取っただけだった。
衛生兵に応急措置を受ける間、マテューは背嚢の中に飛び散ったジャムを、落ちていた小銃弾の薬莢に詰め込んでおいた。母親のジャムを、その息子に渡さねばならなかったからだ。
「ギュスターヴ。ミュールのジャムだぞ」
マテューが呟き、戦友の胸ポケットのボタンを外す。薬莢を押し込もうとすると、何かが詰められていることがわかった。取り出してみれば、それは土色に染みた便箋だった。彼はそれを自分の胸ポケットに収め、戦友のポケットを閉じた。
毛布に包まれ、運ばれていく戦死者。マテューはそれを見送りながら、何時か戦友──それは弟のようにかわいかったが──と見た月の砂漠を想った。そこには朱い鼠を背に乗せた猫が居て、月明かりの下で芥子色に輝いていた。
銀の板─おわり




