大切な冗談
朝、目が合ったときから嫌な予感はしていた。
こいつとは小学校からの縁があり、相手のことを相手以上に知っているような仲だ。
でも、今はお互いのことを知らないふりをしなければならないんだ。
「あそこ、木材が散らばっているだろ?」
あそこ。とは、俺が俺でなくなった場所だ。
そして今寄土が立っている場所は、あのとき寄土が俺の事故を見ていた地点。
「うん。あれがどうかしたの?」
一言発する度に心臓がドキンと跳ねる。
「霜北。今から俺が話すことを良く聞いてくれ。」
「う、うん。」
「あそこは、俺の親友の『霜北 柚春』が〝死んだ〟場所なんだ。」
「霜北……って、転校したんじゃ……」
「あいつは死んだんだ。
でも、あいつはまだ存在すると俺は考えてる。」
「そ、そうなんだ。で?」
「お前と柚春が纏う空気が似すぎてる。」
絶望を感じた。やはり寄土は鋭いのだ。
「苗字も同じ。家も同じ。怪しいほど共通点があるんだ。なぁ霜北、お前……」
柚春なんじゃねぇのか?
こう呟いた後に寄土は俯いた。
言いたいことは全て言い切ったみたいだけど、俺は返事に困り、言葉を詰まらせていた。
こんなとき、柚春ならどうしただろうか?
女装して転入生を装ったと仮定しよう。
勘の鋭い寄土に指摘されて、言葉を詰まらせたとする。今の俺と同じ状況だ。
潔く身分を明かすか?
いや、そんなことは絶対にしないだろうな。
柚春は冗談が好きだ。鋭いが素直で天然な寄土を幾度となく騙して遊んでいた。
今も変わらず芯は俺、霜北 柚春だ。
見た目は変わってしまったけど、冗談ぐらいは言えるよ。
俺は密かに声の調子を整え、男子のような声を出す。
「寄土、よく気付いたな!」
「え?」
「俺だよ俺、柚春だ!
心配かけちまってごめんな。俺は生きてる!」
「お前、本当に……」
「なんてね。柚春くんならこう言うのかな?」
俺は寄土に背を向けて遠くを眺めている。
「だよ、な。あいつは死んだんだもんな。」
「私は柚春くんのことは知らない。
でも、奇跡っていうのは必ず起こってるんだろうと私は思う。きっと柚春くんは最期の最期まで寄土くんのことを考えてたと思うよ。」
「奇跡……」
「柚春くんとの思い出が寄土くんの心に残っている限り、彼は死なないよ、きっと。」
「冗談の言い回しまであいつにそっくりだ。
ごめんな、こんな遅くに呼び出して。全部全部勘違いだったんだよな。」
寄土の目元が広場の照明に反射して輝いた。
「よし決めた! 俺はあいつの分まで生きる!」
「うんっ! そうしてあげて。きっと、彼も喜んでくれると思うから……!」
自然に頬を流れる涙。
自分で言って、何で泣いてんだろうな、俺。