第48話 エミルウの世界(後編)~The Last Waltz~
ここまで読んでくださった皆様。
心から、ありがとうございます。
第3章『エミルウの世界』編の最終話。
前・中・後編の後編。
そして、最終回です。
「エミルウ=スキャルファ。皇室は、これからも、『あなたの作品』に関心を持ち続けるでしょう」
皇太后ユーカルピナの言葉に、会場から割れんばかりの拍手が起こる。
シシトラだけが、皇太后の真意に、戦慄していた。
称賛ではない。
『逃がさない』と言っているのだ。
「皇太后にやられたな。これから、大変なことになる」
シシトラの深刻な呟きに、エミルウが小首を傾げる。
「どういうことでしょう」
「皇太后は、君に名前をつけた。だから価値がついた。いま、市場に出た」
シシトラは商人の顔つきで言葉をつづけた。
「会場の貴族たちの顔を見てごらん。――『幽囚姫』や『白虎』や『青龍』に釘づけだ。みんな、君に欲望している」
「よ、欲望……」
エミルウが耳を赤くして口を覆った。
「みんながエミルウの作品を欲しがる。エミルウに憧れる。エミルウになりたがる者も現れるはずだ」
(私に、憧れる……?)
「君の模倣者が、必ず現れる。……賭けてもいい。技術も感性も君の足元に及ばない、粗悪な模造品が出回るようになるだろう」
(あの屋根裏部屋の暗闇で、奪われ続けたエミルウ……)
(また、彼女から、かけがえのないものを奪うのか……?!)
エミルウは少しだけ考え込み――やがて、ふふっ、と笑い声を漏らした。
「そうですか」
強い瞳でシシトラに答えた。
「でも、『それ』は、私ではありません」
(奪われるかどうか、ではなく――)
(何が奪えないか――)
「……私の弟子入りを認めてくれたハルガ様の気持ちが、今ならわかります」
エミルウは子どものような笑顔で、胸の前で拳を握ってみせた。
「『やれるもんなら、やってみろ!』――です!」
シシトラは硬い表情を解いた。
「そうだ。そうだな――」
二人は肩を並べて歩き。
オリジナルの『幽囚姫』の前に立った。
「この子も連れて帰ってあげたいが、今は皇太后のものだ」
「……はい」
「必ず、買い戻してやる」
(――ここに、エミルウがいる)
屋根裏部屋の幽囚姫。
奪われた暗闇の中で、祈りながら縫い続けていたエミルウ。
愛おしくて、たまらない。
あの屋根裏部屋に戻って、エミルウを抱きしめてやりたい。
エミルウ。
俺を見てほしい。
目を細めて睨むような、あの顔つきで。
――言葉にならなかった。
――エミルウには聞こえていた。
「シシトラ様……ありがとうございます」
「エミルウ。ありがとう」
エミルウの肩が、シシトラの腕に触れるほど近くなる。
二人は、そっと、指をつないだ。
(そう。これも私)
奪われてばかりいたけれど。
かけがえのない私――。
ジャン!
突然、優美な弦が一斉に鳴る。
エミルウとシシトラは、驚いて振り返った。
いつのまにか、ダンスフロアには大きな空間ができていた。
参加者たちはみな、壁際に移動している。
「いけない、ダンスが始まります――シシトラ様、出ましょう」
「エミルウ=スキャルファ。どこへ行くのです」
皇太后ユーカルピナの鋭い声。
エミルウとシシトラは身をすくめて、振り返る。
「今夜はお騒がせしました。皇太后陛下のご海容に、心から感謝します。私たちはこれにて」
「エミルウ。その前に、『役目』を果たしていきなさい」
司会者がフロアの外周へ下がる。
ダンスフロアの中心に、エミルウとシシトラだけが取り残された。
満場の貴族たちが、中央の二人を注視している。
(ああ……どうしてこんなことに……)
エミルウの頭の中では、嵐が吹き荒れていた。
舞踏会。
ダンス。
私が? ここで? 誰と?
踊り方なんて知らない。
習っていない。
みんなが見ている。
見られている……!
「エミルウ」
シシトラの、真心がこもった声に、エミルウはハッとした。
黒い狼が、とびっきりの微笑を浮かべている。
「シシトラ様、皇太后陛下が――どうしてこんな」
「俺が頼んだんだ」
「――!」
「覚えているかい。ファンシー・フェアの約束――」
――エミルウ=スキャルファとの、『ファースト・ダンス』の権利。
「……覚えています」
熱い頬を隠すように、エミルウは俯く。
「君が許してくれるなら――」
「シシトラ様。ずるいです……」
どうして? という顔でエミルウの顔を見つめるシシトラ。
「……こんなの……逃げられない……」
「逃げないで」
「……っ」
「……イエス、と言って欲しいんだ」
エミルウは、見る――。
もう、数センチまで近づかなくてもいい。
彼がくれた眼鏡の奥の琥珀色の瞳で。
東方の狼の黒曜石の瞳を、真っ直ぐに。
「私……踊ったこと、ありませんよ」
「俺もない」
「どうするの……!」
「どうもしない。踊って、盛大に恥をかいて、帰るだけさ」
たおやかなワルツが鳴り始めた。
シシトラが、静かに、裸の右手を差し出す。
「――もうっ!!」
エミルウは、白い絹の手袋を、思い切り脱ぎ捨てた。
美しくない指。
愛おしい指。
エミルウの指が、シシトラの指を受け入れる。
エミルウは、踊る――。
二人のぎこちない足運びに合わせて、『青龍』と『白虎』がじゃれ合うように揺れる。
足がもつれて、二人の笑い声が弾ける。
なにかがほどけて。
なにかが結び直されていく。
エミルウは、歌う――。
(これが私の世界。――ううん、私たちの世界!)
「ああっ!」
シシトラが、不器用にエミルウの足を踏む。
エミルウは、叫ぶ――。
「シシトラ様! 痛いです! ……絶対に、一生覚えていてくださいね!!」
エミルウとシシトラは目を見合わせ。
そして、笑った。
【劇終】
この物語はここで終わりです。
ここまで読んでいただけたことに、心から感謝いたします。
読み終えた今、なにか感じたことがあれば、一言でも良いので教えてください。
もしもこの物語を気に入っていただけたなら、評価もいただけると嬉しいです。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。




