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205/2002

205_真夜中に積み重なる幸福と感謝

おはようございます。きんぴらです。


今日は2021年2月9日。火曜日だ。


 昨晩私はベットに入る時間がいつもにも増して早かった。夕食を6時前に済ませて、歯磨きをしてシャワーを浴び、少しスマホを触ってもうベッドに向かった。理由はシンプルで、疲れていたからだ。口腔の痛みに悩まされて生活リズムが狂っていたことに加えて、それが過度のストレスとなっていた。


 ベッドに入ってからの記憶がない。お気に入りの炬燵布団をかけた瞬間に脳も体もスリープモードに切り替わったのだろう。


 早く眠りにつきすぎたものだから、目が覚めたのは夜中の2時だった。眠くはないが、この時間から活動しようものなら隣近所の迷惑になるかも知れない。読書をしようかと考えたが、どうも気分が乗らない。


 部屋と廊下の電気をつけることもなくトイレに辿り着き、トイレの電気をつけると電球の激しい光が眼球の奥を叩きつけるように刺激する。瞼とパジャマのスウェットパンツを半分下ろしてトイレを済ます。


 体を動かしたことと、視界に飛び込んだ光のせいでより目が覚めてしまった。とりあえず、朝まで何もしないことに決めてもう一度布団に潜り込むと、右肩をしたにして横向きに寝転がった。薄暗くて視界が9割方機能していないが、その暗闇の中に半分開いたクローゼットが見える。


「そういえば。今体にかけているこの炬燵布団は冬が来るまであそこにしまっていたな。もうすぐ春が来る。そうしたら、またあそこに炬燵布団を片付けないとな」


 自分の体を押さえつける炬燵布団を一瞥する。元カノと一緒に大きな炬燵を買った際に、セットで購入したこの炬燵布団はサイズも大きくて重量もある。冬用の掛け布団すら非ではないほど重い。


「けどこの重さがいいよな。だって、そもそも俺だって親の腹の中で圧迫されて生きていたんだ。寝ているときくらい、多少圧があった方が落ち着いたって、何らおかしくないさ。それに、その後だって親に抱っこされて、おんぶされて、常に圧を受けていたんだ。そう考えるとむしろ圧を感じた方が落ち着くって考え方は正しいのかも知れない」


 そしてふと思った。草食動物も、魚も、生まれた瞬間から命の危機を感じて即座に立ち上がったり泳いだりし始める。肉食動物の中には親が狩りをして少し大きくなるまで面倒を見るケースもあって、そうなると親が近くにいる圧を感じているはずだから、少し人間と似たところがあるのかも知れない。


 私は静寂の薄暗い闇の中で一人、そんなことを考えていた。すると不思議な感情が芽生えてきた。正確にはこれまで、何度もこの覚えたことのあるこの感情を、久しぶりに思い出した。


 肉食動物と似たところがあると言っても、人間とはやはり大きな違いがある。正確には人間ではなく、『私』とだ。


 『私』は、多種多様な生物が存在している地球で、生態系の頂点にいる『人間』として生を受けている。同じ地球にいる生物のように、動物園という狭い世界で一生を終えることもなく、水の中で一生を終えることもない。食肉に加工されることもない。言葉と文字を使いこなし、多くの他の個体と綿密なコミュニケーションが可能だ。


 『私』は、これまで人類がたどってきた数千年の歴史の中でもっとも便利である『今』を生きている。今後、さらに技術は進歩してどんどん便利になっていくのだろうが、現時点でなんら不満もない。テレビが白黒からカラーになり、固定電話が携帯電話になり、今やインターネットに至る所から無線でアクセスできるようになった。


 『私』は、約150の国が存在する地球で、先進国であり武器の所持が違法となる『日本』で生活している。先進国であるが故に、多くのものが手に入り、多くのサービスを受けることができる。武器が違法となることで、殺人事件に巻き込まれることは少ない。もちろん、それでも凶悪な事件はこれまで何度も起こっているが、武器の所持が許されない時点で他国より比較的安全だと言える。


 これはすごい確率だと思う。『私』という存在は、何千万の生物がいる中で頂点に立つ『人間』として生まれ、現時点では戦争に巻き込まれない時代である『今』に生まれ、そして、アニメや漫画の先進的国であるこの素晴らしき『日本』に生まれたのだから。


 もちろんこれからどうなるかわからない。ゴジラが現れてあっさり頂点を奪われるかも知れないし、戦争だっていつどこの国がおっ始めるかもわからない。日本も変な指導者が現れて国家破綻に向けて暗躍するような人が現れるかも知れない。


 だけど、現時点で私が今生きているこの環境が、私にとって最高のものだと思う。これからどうなるかはわからない。だけど今は。


 このような生活を送れていることはもちろん私の運だけで成り立たない。そこに私は感謝を捧げる。


 偉大なる先人達がいた。第一次、二次、三次産業関わらず発明者、技術者が知恵と勇気そして創造力を駆使してこの『今』を作り上げた。近代的なコーディングだけではなく、言葉や文字も生み出した人たちがいる。私たちの食卓に運ばれる食事には農業技術が大きく関係しているし、机や椅子などの日用品を生み出す工業技術無くして快適な生活は送れないし、通信技術がなければ今の便利な生活は維持されないどころか、そもそも出来上がっていない。私がこうして幸福な生活が送れているのは、偉大なる先人達のおかげだ。感謝を捧げる。


 自分をこの世に誕生させてくれた先祖、育ててくれた両親がいる。私がこの世に誕生するまでには多くの先祖が血を紡いできたからだ。どこか一つでも途切れたら、私はこの世に誕生できなかっただろう。そして、今ここで生きていられるのも両親が子供の頃から手塩にかけて育ててくれたおかげだ。もちろん裕福な生活ではなかった。周囲の友人宅のトイレは次々と洋風の水洗便所に変わっていくのに、私の実家は高校生になる頃にもいわゆるボットン便所だったし、外食なんて親に連れて行ってもらった記憶は6回くらいしかない。手をあげられたことだってあったし、派手な喧嘩を何度もして仲の悪かった父親は寝たきりでもう私のことは記憶にない。見舞いに行くと「誰だあんた?」と言われる。それでも、私がこの世に生まれ、今生きていられるのは両親が見捨てずに育ててくれたからだ。血を紡いでくれた先祖と、産み、育ててくれた両親に感謝を捧げる。


 同じ血をその身に宿してこの世で生活する兄弟がいる。小さい頃は毎日のように喧嘩をして仲も悪かったが大人になってから感じることがある。「こいつとは同じ血が流れてる」と、他の人間には感じない特殊な感情が生まれる。私が死んでも、兄弟がいれば私の一族の血は途切れない。兄弟は、私に足りてない生存本能をカバーして余りある、4人の姪をこの世に誕生させた。もちろん、兄弟は自分たちの幸せのために子をもうけただけだ。それでも、私は嬉しいのだ。私と同じ血がこの世に残ることが。自己満足でしかないが、兄弟がいてくれてよかったと心底思っている。同じ血を宿して、今では仲良くしてくれる兄弟に感謝を捧げる。


 この同じ世界に、同じ時、同じ国に生を受けた友人がいる。。合縁奇縁で私には今でも連絡を取り合う数少ない友人だ。その友人達とだけ、くだらない話をするようにしている。私は幼稚園から集団生活を始めて、大学を卒業するまで続いた。進級するたびに新しい友人は増えて行ったが、私が今でも仲良くしているのは中学校の頃の友人3人と、後は大学の頃の友人2人だ。社会人になって多くの同期と机を並べ食事をし、研修を受け、業務に勤しんだが、友人になれたと思うのは1人だけで、今となってはほぼ連絡を取っていない。そんな友人の少ない私だから、きっと人付き合いがうまくないのだろう。それに私はHSPであるから、自然と距離を置いてしまうのだと思う。それなのに、今でも私と仲良くしてくれて幸福感を与えてくれる友人に感謝を捧げる。


 いずれの人たちも私に幸福を与えてくれるのに、私は何か返せているのだろうかと不安になるが、本人達に伝えるのは恥ずかしいから彼らも感じてくれているといいなと心の中にしまっておくことにする。


 とにかく私はすごい確率で今の幸せな生活を送れている。どこかでボタンを一つでも掛け違えたらこの生活には辿り着けなかったはずだ。そんな私の幸福な生活も、数十年で終わってしまう。せっかくこんな素晴らしい世界に生まれてきたのだから、精一杯幸福になりたい。そのためには無駄な時間は徹底的に排除して、自分が幸せだと思うことにひたすら時間を使うのだ。


 そんな決意を新たにしていると、すでに私はまどろみの中にいた。気を抜いたら一瞬で意識を持っていかれる。それでいいと思った。今日は疲れた自分を癒して、その上で、自分が幸せであること、さらに幸せになりたいと思っている自分がいることを確認できた。それだけで、今日はとても有意義な日だったのだから。明日の私が、きっと今日の私の意思を継いで、明日もきっと幸せを追い求めてくれる。まだまだ、頑張れる。自分のためなら。幸せのためなら。



 そして、今日目覚めた私が今このエッセイを書いている。昨日の自分の意思はしっかりと受け継いでいる。だから、こんなおセンチめいたことを恥ずかしげもなく書いているのだ。それが楽しくて、幸福を感じて、生きていると実感するのだから。


 文字と言葉を作れってくれた人々へ。本当に感謝を。


 さて、今日は晴れているのに、とてつもなく寒い。それでも出かける。散歩をする。好きなことを、好きなだけする。それが今日まで生きてきた過去の私が、しっかりと繋いでくれたバトンなのだから。


 それでは皆さんも、今日もがんばっていきまっしょい!


きんぴら


 



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