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20/1994

20_唐揚げ

おはようございます。きんぴらです。



 私はきんぴらごぼうが好きだ。そして唐揚げも好きだ。


 私は昼食をとるとき、定食屋に足を運ぶことがある。大戸屋だったりやよい軒だったり、その他もろもろ。


 そこには数多くの美味しそうなメニューが並んでいる。すき焼き、チキン南蛮、ハンバーグ……唐揚げ定食以外を注文することもあるが、唐揚げ定食の比率が高い。


 そして私に限らず、唐揚げを好きな人は世の中に沢山いる。別に統計を取ったわけではないが、私が飲み会に行くと必ず唐揚げは私が頼まずとも注文されているし、コース料理にも大抵唐揚げが含まれている。


 それらの事実が唐揚げの人気を物語っているのだ。


 だが、問題はそこからでこの唐揚げの食べ方には大きく違いが現れてしまう。


 こってりマヨネーズを絡めてご飯と一緒に掻き込む人、醤油をかけて和のテイストを楽しむ人、レモンやポン酢でさっぱりといただく人、塩で刺激を求める人、その他にも胡椒、ソース、調味料だけでなくご丁寧にあんかけ唐揚げにしてしまう人もいるほどだ。


 皆さんは何がお好きだろうか。


 別に何だから悪い、何だから良いというわけではない。みんな違ってなんとやらとはこのことだ。だがこの『唐揚げ』の食べ方に関して少し特殊な違和感を感じている——


 それはどれで食べても『うまい』と感じることである。



 みんな違ってみんな良いとは言ったが、その他の料理とは意味合いが違う。


 私の解釈。本当に個人の考えだ。


 他の料理で「みんな違ってみんな良い」と私が言うのは、「私は私の美味しい食べ方で食べる。その人達の美味しいと感じる食べ方で食べればよい」という意味合いだ。


 だが、こと唐揚げに関しては「どんな食べ方でも全て美味しいからどれでもいい」の意になるのだ。


 実際、私がやよい軒で唐揚げ定食を頼んだときは、マヨネーズで半分、塩で半分食べる。どちらも美味しいから、どちらでも食べたいのだ。



 唐揚げとは不思議なものである。


 まるでこの世に調和をもたらす尊大な存在にも思えてしまう。知らない人に会って、「唐揚げ好き?」と聞いて、「好き」と帰ってきたらそれだけで数時間話を持たせることができるような、それほど価値のある存在だと感じている。


 唐揚げとはかくに不思議なものである。


 今後も私は唐揚げを食べ続けていくだろう。色々な味で、様々な調味料で、たくさんのお店で。



 ここまで話してなんだが、私が一番好きな唐揚げは、フグの唐揚げだ。


 鳥の唐揚げほど歯ごたえはなく、ホクホクと口の中でほぐれる。熱々のフグの唐揚げをぼんずに少し浸してかぶりつく。とてつもなく美味しい。


 ちなみに一番美味しかったお店は、愛知県知多市にある船宿。単品でおかわりしてしまった。


 東京の青山にあるフグの専門店でも食べたが、とにかく高かった。地方の方がお安く頂けるとは思う。コスパ的には船宿が最高(移動は大変だけど)。


 まだフグの唐揚げを食べたことない人は、是非食べてみてほしい。


 鳥の唐揚げとは違った食感と味が楽しめるから。




 今まで何度唐揚げ定食を食べてきただろう。定食ではなくとも唐揚げは飲み会やカラオケ、弁当など色々な場所で私に食べられてくれた。


 もはや私の体の何割かは唐揚げでできていても不思議ではない。


 私もいつか、唐揚げの存在のような、そんな人間になりたい。


きんぴら



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