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1000/2011

1000_習慣

おはようございます。きんぴらです。


今日は2023年4月15日。土曜日だ。


 記念すべき今日という日に最高の雨が降っている。風は弱く、中くらいの雨粒が地面や建物を叩く音が朝から私を癒す。


 今はお昼の15時半になったところ。コメダ珈琲にいる。今でこそカフェで一服ついているが、ここに至るまでは活動的だった。当然だ。こんな雨の日にテンションが上がらないわけがない。


 朝も早くからシャワーを浴びて向かったのは秋葉原。4月に入って故障したSurfacePenを買い替えるためだ。購入したのはたしか去年の2月ごろ。1年以内なら交換対応をしてくれるのだが、よりにもよって丁度1年を超えたところで故障。勘弁願いたい。


 1万3千円もする。痛い出費だ。何のためにポイ活していると思っているのだ。しかし環境を整えるにお金を厭わないのが私。もっと安価なタブレットペンはあるのだが、筆圧検知の性能で妥協できない。


 購入したらすぐにペアリングを済まして使える状態にした。今ではお絵描きもサクサクだ。これだ、これ。ここ数日は外出先では指でお絵描きをしていたので助かる。やはり環境や道具は大切だ。クオリティもスピードも全く違うのだから。


 秋葉原で昼食を摂ったらすぐに帰宅。無用な長居は不要。というのも雨が降っているのだから、やるべきことがあるのだ。


 それは散歩。家で用を足して、濡れても良い服に着替えてお気に入りの傘を持ってさあ出発。向かうは木場公園。


 スキップしたくなる気持ちを年甲斐で抑え込み、視線を上げるとそこには幻想的な光景が。スカイツリーが曇天に紛れて、まるで摩天楼。


 挿絵(By みてみん)



 景色を楽しむだけでは終わらない。地面を打つ雨音が心を和ませる。傘に当たる雨の振動で心が躍る。雨の香りに癒されて、歩いているのに眠くなる。私だけでなく植物も嬉しそうだ。


 綺麗な桃色の花。桜かと思って近づいたら、桜ではないことは分かったが何の花か分からなかった。謎の花。というか、木。


 挿絵(By みてみん)



 私の大好きな色の組み合わせ。緑と黄色の葉。濡れたことで艶が出て鮮やかさが増して見える。


 挿絵(By みてみん)



 一方で対照的な赤紫の葉。これはこれで美しい。ところどころは緑が残っていて、日焼けしたみたいになっている。


 挿絵(By みてみん)



 コントラストの凄まじい黄緑と紫の葉。まるでマスカットとぶどうだ。これだけ明暗がはっきり出ていると立体感が増して見える。おいしそう(?)


 挿絵(By みてみん)




 雨の散歩を堪能して、カフェにやってきたのがつい今しがた。最高の雨が降り、SurfacePenも買い替えてお絵描き環境が復活した。記念日として申し分ない。



 ……何の記念日か。


 私が書き始めて、このエッセイが1000部目となる。約3年半、1日も欠かさず公開してきた本エッセイ、今日はエッセイ内で実行していることを書いておこうと思う。節目である今回は少し大切な内容だ。


 私の日常や考えていることを只管ひたすら書き出しているこのエッセイ。実は、ただただ書きなぐっているわけではない(そんな日もあるが)。


 私は自分を成長させるために習慣が大切だと肝に銘じている。習慣にしないと一度学んだり経験したことも、すぐに忘れてしまうのだ。特に私のような記憶力が低い人間は。


 実は「言葉」についてもそうだ。


 人は喋り方に癖があるように、使う言葉にも癖がある。例えば相槌一つをとっても「なるほど」を連打するひともいれば、「そうなんだ」「わかる」を多用する人もいる。


 もっと範囲を広げると、『私』が普段使わない言葉を使う『誰か』がいる。会話。文章。映像。あらゆるところで『誰か』が私の知らない言葉を使っている。言葉を紡ぐことを商いとする以上、あるいは商いとしなくとも日本語が好きである以上、この知的好奇心を脇に置いておくわけにはいかない。


 ドラマ、アニメ、ニュース、雑誌、小説などなど。普段使わない言葉を見つけた時は欠かさずメモを取っており、その数は数千に至る。それらの言葉を知的好奇心に従い『使いたい』と思っているのだ。


 しかし前述したとおり記憶力のない私はすぐにその言葉を忘れてしまうし、メモをしているだけでは一向に使えるようにならない。そこで『習慣』だ。


 察しの良い方はすでに気づいたと思うが、このエッセイでは『メモをした言葉』を入れて文章を紡いでいる。こうすることで新たな言葉を使う、という日次の習慣が出来上がっているのだ。


 おかげで日常的に使える言葉の範囲が広がった。これは強く実感している。例えば「正念場」「軒並み」「踊り場」はエッセイを書く前は聞いたことはあるが使ってはいなかった。ところが今は頻繁に利用している。「踊り場」は使うケースが限定されると思われがちだが、「ずっと頑張っていて一休みする場」としても利用することができる。意味合いとしては「止まり木」だ。


 明らかにこのエッセイを書き始めたころよりも成長を実感しているし、なにより知的好奇心が満たされて幸福度も上がっている。それらは全て習慣化することで得られた恩恵だ。



 このエッセイを書こうと思った1000日前の自分と、新しく仕入れた言葉を盛り込もうと考えた900日前くらいの自分に喝采を送りたい。ナイス判断とアイデアだ。1000日後の自分は、今もカフェでエッセイを書いているよ。



 さて、一つの大きな区切りを迎えたが、本作はこれからも書き続ける。そもそも、元々は紙に書いていたものをデジタルに切り替えたのが本作だ。そう考えると死ぬまで書き続けることになるだろう。次の区切りは1111部かな。


 これからも楽しく、書いていけたらと思う。


 挿絵(By みてみん)



 それでは、今日も頑張っていきまっしょい!


きんぴら



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