十年生きても猫は喋らない。
彼女の言うとおりなら、テロリストの残党がこの学校の生徒を狙っている可能性がある?
素直にそう思えたらどんなに楽か。
「……あんたを信用するには証拠が足りない。君が嘘をついてる可能性もゼロじゃないからね。さて、どうやって証明してもらおうか」
「そ、そう言われても……」
酷なことを言うかもしれないが、表情は必死でも演技の可能性もある。
考えていることが分からない以上、今の彼女が正常であることの客観的な確証が必要だ。
しばらく悩んだ末、俺は隣室のチャイムを鳴らした。
……出てこない。
なら出てくるまで連打するまでだ。
鳴らすこと数分、友人がものすごい不機嫌な表情を浮かべながら出てきた。
俺はその姿を見た瞬間、反射的にドアを閉めた。
当然、悶絶。
「……ってぇなぁ! 小指っ……、ンガアアアアッ! 何すんだよ!?」
「なあ、もしかして寝起きだったか?」
「あ!? 確かに今まで寝てたよ! それがどうしたぁ!?」
ドアの向こうから恨み言が漏れてくる。
俺は秋山さんに見られないようにそっと端末を操作する。
結果、ドアの向こうが静かになる。
さらに二分後、ドアの向こうから意気消沈した生気のない声で「……わりぃ」と返ってきた。
「出れるか?」
「ああ、もう大丈夫」
秋山さんがこっちを「?」というような感じで見ているが、今は構っていられない。
出てきた太一はジャージのファスナーを全て閉めていた。普段は暑がりなのでこんな着方はしないのだが仕方あるまい。
「ところで本題なんだけど太一、入学式のときのこと覚えてるよな? 先生操ってた黒幕いただろ?」
「ああ、うん。でもなんで?」
「色々あってな。で、そのときにおまえ『糸みたいなのが見える』って言ってたよな? 今の秋山さんってそれと同じ状況になってるか?」
俺の言いたいことを理解した友人は異能力を発動する。こいつの異能力があれば大抵の不自然な状況は看破できる。
「……いや、大丈夫だぞ? いったい何があった?」
俺は放課後の出来事を説明した。
「あの男嫌いの秋山さんが喋りかけてくるのも珍しいとは思ったけど、あんなことになるとは思ってなかった。でもそっち系の異能力がないんだったら、今の秋山さんは素の状態だろ? なおさら疑惑が深まるよ」
秋山さんは制服の裾を掴んでいるだけでなにも喋らない。
この子は普段から喋らないから、こういうとき困るんだよなぁ……。
頭を抱えていると、太一に肩を叩かれた。
「……おい優哉。直ちゃんの言うこと合ってるっぽいぞ」
「あ?」
「おまえと似たようなシチュで伊藤が狙われてる。屋外プールの近くで」
はああ?
◆◆◆
なんであいつが? 疑問は尽きないが加勢に行くしかない。
秋山さんの監視を太一と、合流した二瓶さんにお願いし、太一から聞いた場所に向かう。
《壁》を使って屋外プールの真上の高さまで飛ぶと、まさに眼下でバトルが繰り広げられていた。
と言っても、伊藤が一方的に追いかけられている。彼のすぐ後ろには、プールの水らしきものがまるで意思を持ったかのように動いている。
なるほど、相手は《液体操作》……ってことは桐山か? 俺の知る範囲ではこの手の能力者は彼女だけだ。
この学校で何が起きてる?
一度《壁》を縮小する。急速に落下し、地面が近づいた瞬間に再びサイズを戻す。
ちょうど二人の間に割って入る形になった。両者との距離、それぞれ五メートル。
「ゆ、優哉……」
「とりあえず、助けに来たぞジゴロ野郎」
ピンチに駆けつける仲間か。一度やってみたかった。
桐山が右腕を大きく振るうと、濁流が彼女の意思に従う。
「邪魔するなぁ!」
やっぱり普段聞いてるのより声が少し低い。
状況があまりにも似ている。これは桐山も何かしらの異能力を使われている? だとすればやはり《伝達操作》に近いものだ。
これは後で秋山さんに謝らないと。
さて、《液体操作》というより〈流体〉を操る異能力は非常に厄介である。
その気になれば水やら有毒ガスやらを気管や肺にダイレクトに送り込まれるからだ。
水がなくても三日は生きられるらしいが、呼吸ができなきゃ普通の人間は数分で死ぬ。
まともに対抗できるのは《身体強化》で身体中の表面(口や食道、気管などはここでは「体の外」に分類されるらしい)を覆っている能力者くらいらしい。
《無効化》はこの点、体内のどこかに水やガスが触れようものならその瞬間にコントロールができなくなるので一度入ってしまうと異能力では取り出せなくなってしまう。
一見無敵に見える《無効化》にも弱点は多々あるのだ。
……まあ、こいつは本領を発揮すれば絶対に負けないのだが、諸事情により出力を押さえて使っている。
桐山の両腕に水が収束していく。腕から蛇を生やしたようなビジュアル。
その片方が俺に飛んでくる。
「願ってもねぇ……!」
どのみち俺の異能力は長く持たない。
ならば短期決戦が一番だ。
《壁》を展開した状態で桐山に向かって飛ぶ。
巨大な拳となった水の塊に正面から突っ込んだ。
「なに……!?」
《壁》は基本的に障害物が意味を成さない。外部からの影響を片っ端からキャンセルすることものできるのだ。闘牛がまっすぐに進むように、あらゆるものをぶっ壊して進むときもある。
……建物でやったら器物損壊で訴えられるので基本的にはしないが。
相手が水なら別だ。濁流をものともせずに《壁》は本体まで一気に進む。
怯えた顔をした彼女の、右腕を両手でしっかりと掴む。無論《壁》越しで。
「伊藤ぉぉぉ! 聞こえてるかぁ!」
返事を待たずに、俺はあいつに向かって桐山をスイングした。なんかプロレスっぽい技だなーと、後で調べてみると似たようなのにジャイアントスイングというのがあった。あれは腕じゃなくて足だけど。
「ぐあああああっ!!」
桐山が伊藤にぶつかった瞬間、この場にいる誰のものでもない声が聞こえた。
「な、なんだよこれ!?」
次に聞こえたのは伊藤の悲鳴。
そりゃ驚くだろう。
表面が破れて中から同じ人間が出てきたら。
まるで脱皮だ。
その皮にあたる部分が、別の人間の形へと変化していく。
中年、かつ外人の男だ。
異能力に科学的なことを持ち込むのは厳禁だが、どうやったらサイズ調整できるんだよってレベルでデブだった。
ここで少し違和感を覚えたが、それは後々解決するので今回は割愛する。
……なんかどっかの言葉で怒ってるけど全く理解できない。
「とにかく伊藤、あれがきりや――――」
状況説明する間もなく。
伊藤は男に向かって駆け出すと、渾身の蹴りを入れた。
「伊藤っ!?」
「てめっ、ふざけんじゃっ、ねぇぞっ!」
慌てて羽交い締めにした。
「おいっ、放せっ!」
「落ち着け! こいつからは話を聞かないといけねぇ。警備員に連絡するから、こいつ押さえといてくれ」
興奮が冷めない伊藤は、鼻息を荒くしながら横たわって動かない男に異能力を発動する。
◆◆◆
数分後、騒ぎを聞き付けた小宮山先生他、数人の先生から事情聴取されていた。
一通り聞き終えた小宮山先生が
「……話は大体分かった。それにしても榎本、よく分かったな」
「いやー、実は俺もビビりました……」
俺としては、桐山を伊藤にぶつけることで《伝達操作》から強制的に解放するつもりだったのだが、予想外の展開となった。
桐山にへばりついていた男は既に連行されている。
「桐山は病院にいるからもう大丈夫だ。悪いんだが榎本、秋山にも連絡してくれるか?」
「分かりました」
……二学期早々ひどい事態だった。
ふう。
秋山さんに電話を掛けようとした瞬間、画面に太一の名前が表示された。
「どうした?」
『そっちに直ちゃんいないか!? ちょっと目を離した隙にいなくなった!』
あのアマァ!
ちょっと更新ペース乱れがちですみません……。




