暑さと寒さは彼岸から。
◇◇◇
「なるほど……今となっては《社長》の特徴とピッタリ一致しますね。で、あの資料の流出は本当にそれで最後だったんですか?」
青年は鶴宮に問う。
「いいや、赤林は流出させたんじゃなくて売ったんだ。どこの誰に売ったかを確かめた上で、そいつらを待ち伏せして捕まえて。しばらくはそれの繰り返しだった。それに、その夏の一件で真田太一の覚醒は少し遠のいた。もっとも、あれからしてみれば覚醒なんてものは誤差のうちにも入らないがな。さて榎本くん。日常に戻った君はそのあとどうしたんだい? しばらくの間は大人しくしていたようだが?」
「そりゃ僕だって四六時中トラブルに首突っ込んでる訳じゃありませんからね?」
しかし鶴宮は思案顔で
「……話を聞いていると、君はこの時点で既に歪みかけているよね。……いや、外的要因が……」
なにやらブツブツと一人の世界に入ってしまった。
青年は「歪みかけている」という単語からある出来事を思い出す。
「そう言えば同級生にブッ飛んだ奴がいましたね――――」
◆◆◆
9月1日。
二学期のスタートだ。
頑張ってかなり早起きして登校した。
よし、俺がいちば――――
「夏休みの宿題写させてぇ!」
教室に入って早々、宇田川が突進してきた。
俺は《壁》を作って拒否した。ちくしょう、こっちが先か。
いや、宇田川の他にも人がいた。むむ、銅メダルか。
「宿題は自力でやるもんだ。諦めろ。そもそもそんなに出てないだろ? ポスターとか自由研究やらなくていいだけマシじゃねえか」
俺の記憶が正しければ学科の宿題は五教科の問題集だけだったはずだ。しかもそんなに多くない。
異能力の方は問題集と自主訓練の記録だ。こっちは面倒だった気がする。しかしこっちは個人で内容が異なるので他人のものを写すなんて真似はできない。
英語の問題を解くのに数学の公式は使えないのだ。
「学科の問題集が見つかったの今朝なんだよ! 寮に忘れていったんだああああ」
「宿題を学校に忘れるなよ……」
こいつは毎年どんな夏休みを過ごしているんだろう?
半分呆れながらも仕方なく鞄から問題集を引っ張り出す。
「ありがろう! この借りは必ず返す!」
「別に返さなくてもいいけどな? 拝むな! あと泣くな!」
俺は夏休みの宿題は最初の3日で終わらせた。こうでもしなければ俺は動かない。
散々だった一学期を思い出さないようにしながら机に向かう。
せめて二学期は平和であってほしい。
あー、この机の感じがいいんだよなぁ。
よし、朝の睡眠を
「……んあ?」
目の前に猫がいた。
しかし普通の生き物ではない。なにせ体全体が青みがかった銀色で、かつ半透明なのだ。
その猫がじっと俺を見つめている。
俺はこの《異能力》の持ち主を知っている。
「……なんだい秋山さん。俺を観察してもなにも得はないよ?」
猫に向かって話しかけてから、自分の左隣の席に顔を向けた。
癖っ毛の主張が強い、小柄な女子が本を読んでいる。
彼女の名前は秋山直子という。異能力は《生成物質操作》。自らのエネルギーを一つの〈生き物〉の形として具現化し使役する能力だ。こうして作られた生き物は通称、《ペット》と呼ばれる。
彼女の《ペット》は既に出ているように〈猫〉である。日本においては非常に希少な異能力らしく、所有者は全国でも両手があれば足りるらしい。
「それにしても珍しいね。秋山さんのほうから仕掛けてくるなんて」
彼女は基本的に男子とあまりしゃべらない。現に今も本から目を上げることなく、俺の投げた会話のボールは無視されている。
なんでも、『性的な目で見られるのが嫌』なのだそうだ。
俺は〈猫〉に向き直ると猫の視線に目を会わせた。
「で、俺になにか用?」
教室にはまだ3人しかいない。
宇田川はヘッドホンで音楽を聴きながら俺の問題集を写している。普通のトーンで話す分には問題ないだろう。
猫を見つめていると、やがて大あくびをした。
その口から音声が流れてくる。何度か聞いたことのある、彼女の声だった。
「今日の放課後、体育館裏に来て」
……むむむ?
◆◆◆
高校生になって半年近く。ついに俺にも春が来るのか? 季節的にこれから秋だけど!
終始顔がニヤニヤしていたのか、太一が「大丈夫か?」と何度も聴いてきた。
始業式やら休み明けのテストやらを乗り越えた俺は小躍りしながら体育館裏に向かった。口から変な歌が流れているような気もするけど気にしない。
「どーこだー?」
異性+体育館裏=何かしらのイベント
というのは公式といっても過言ではないだろう。
手紙か? それとも直接口でか?
「やあ、秋山さ――――」
俺は歩みかけた足を止める。
彼女はいた。だが
「あ、秋山さん!?」
彼女の体は咥えられていた。
こんな表現をするのもおかしいが、実際にそうなのだからそう表現するしかない。
異形の生き物がそこにいた。
まず体高が俺よりも高い。ゆうに2メートル近くだ。しかもそれはどう見ても――――
「……虎?」
銀色で半透明、までは同じだが教室で見たものとまるで違う。
あっちの猫はペルシャ猫ベースだったが、こっちは虎だ。タイガーだ。
地球上で一番デカい虎はアムールトラで体長は3メートル前後。だがこっちはその数倍はありそうな体躯だ。
しかもなんか唸ってる。歯を剥き出しにしてこっち見てる。
どんな拷問だ。
数秒の睨み合いの末、先に動いたのは向こうだった。動かなくなっていた彼女を口から離し、俺に向かって飛びかかってきた。
見えたのは前足の鋭い爪と、大きな牙。
俺も異能力で《壁》を作り出し攻撃を防ぐ。
最大限に硬化させた《壁》に虎が牙を突き立てる。普通の動物だったら一度目の攻撃が通用しない時点で離れそうなものだが、この虎は異能力で作り出されたものだ。本体が諦めない限りはこのまま動かないだろう。
「だったら……!」
俺は《壁》のサイズを変える。半径1メートルから2メートルへ。それだけで虎は後退せざるをえなくなった。
ようやく少し離れくれた。しかしサイズを変えてしまったせいで制限時間が一気に縮んだ。
こうなったら仕方あるまい。俺は《壁》を消した。
動物の表情の変化など俺は全く読み取れないが、虎の向こうの本体が不審に思ってくれればそれでいい。
虎は再び俺に向かって跳躍する。
「おりゃあ!!」
前足が射程圏に入った瞬間、《壁》を最大範囲で『顕現』させた。
突如として現れた《壁》は虎の両前足を切断した。《壁》のこちら側に前足が転げ落ちて、消える。
そして外側では。
虎はバランスが上手く保てず、自由には動けなくなっていた。
「『異能力に対抗できるのは異能力だけ』……なるほどね」
このタイプの異能力で一番厄介なのは「こちらの通常的な物理ダメージが一切通用しない」ことだ。
素手で殴ってもすり抜けるのに、向こうからの攻撃は普通に効くというチート能力。
しかも破壊力が凄まじいためモデルになった動物よりもパワーは上だ。
唯一の対抗策が「相性のいい異能力を使う」。一番は《身体強化》だろう。あの外筋でぶん殴るのが今のところは最善策らしいから。
そして俺の場合、本体に使うのは気が引けるがこれはあくまで異能力。切ったからといって再生不可能になるわけではない。
しばらく動けなくなるだけだ。
しかし虎はまだ諦めていないのか、後ろ足で再び俺に攻撃を仕掛けてくる。
《壁》はまだ健在だが、浪費は押さえる必要がある。
「どっか行ってろ、畜生め!」
いつものように体当たりで吹っ飛ばした。
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次回は1月11日、更新予定です!




