第七話 残されたもの
これはどのように理解すれば良いのか――。
俺も親父もその茶封筒を凝視したままだ。
「宛名は書いてありませんけど、これは私が開けて良いものではなさそうですから、はい、健吾さん」
雪代さんが親父に茶封筒を渡す。
「お、おお」
親父も戸惑った様子。
中には何が入っているのか。
へそくりなら別にいい。
だが、手紙か何かだったとしたら――。
俺はちょっと怖くなってしまった。
「ふむ、金と手紙が入ってるな…」
「待った! 親父、手紙はもう捨ててもいいんじゃないのか?」
「何言ってるの、竜人君。あなたのお母さんが託したものでしょう。きっと重要な事よ」
雪代さんが言うが、死の直前に書いたものだとしたら、余計にまずい気がする。
うちの母さんは、おおむねまともだったけれど、少し天然が入ってたから…。
「再婚したら、化けて出るからね!」
なーんて冗談めかして。
本人は、ほんの軽い冗談のつもりで書いていても、この場で読むと凄く空気が重くなるぞ…。
「大丈夫だ、竜人、変な心配はするな。たとえ何が書いてあっても、それをどうするかはオレ達が決めることだぞ?」
親父が俺の目を見て言う。
それはそうなのだが……。
「喉渇いたー。あれぇ、みんな、何してるのー?」
小雪が居間にやってきたが、彼女の無邪気さに少し気が楽になった。
「物置から人生ゲームを出してきたんだけど、昔のものを、母さんのを見つけてね」
俺が軽く説明する。
「ああ、お兄ちゃんのお母さん…」
さすがにデリケートな話題だからか、小雪も明るい態度は取ってくれないようだ。
「私達が邪魔なら、向こうに行ってるけど」
雪代さんが言う。
「いや、そんな事は無い。いてくれ」
親父が言った。そして、便箋を広げる。ウサギのイラストが印刷されているが、これが遺書だったりしたら、母さんにはちょっと天国でお説教が必要だろう。
「ああ、参ったな…」
読んでいた親父がそう言って自分の額を撫でた。
「何が書いてあるんだ?」
この状況を作ってしまったのは俺の責任なので、聞くしか無かった。
「自分で読んでみろ。母さんらしいことが書いてある」
「それじゃ分かんないだろ」
受け取って便箋を読む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
書き直し六回目!
もしも書き直しの五回目以内を見つけてもそれは無しって事で、ひとつよろしく。
健吾さん、そして竜人へ
こんな事はあまり書きたくないけど、意図が伝わらなくて困った事態になる可能性もあるので、念のために書いておきます。
そのつもりは無いけど、いわゆる遺書ってヤツです。
日付も署名もしないけど。
あんまり真面目に書いても二人の気が滅入っちゃうだろうし、かといって、いつものノリで行くとそれも浮いちゃうと思うので、そこそこ真面目に書きます。顔文字禁止で。
この封筒に入っているお金は、私がまっとうな手段で稼いだお金です。借金では無いです。
だから自由に使って下さい。
相続税も控除金額内なので、申告不要! お金持ちで無くて良かったねー
健吾さんには本当に申し訳ないのですが、先に渡しちゃうと私の治療費に全部使い込みそうな予感がするので…
こういう手段を執らせて頂きました。
と言っても、少額だから、気にしないでくれるといいな。
以上!
P.S. 再婚したときのハネムーン費用でもいいよ!
なるべく早く使ってネ
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……これだけ?」
二回読み直して、裏も見たが、本当にこれだけのようだ。
母さんだってもっと他にも書きたいことはあったはずだと思うが、なぜ体に気を付けて下さいの一言も無いのか、疑問に思ってしまう。
病気の人間が健康な人間にあれこれ指図するのも嫌だ、と思ったのかもしれないが。
「それだけだろうな。病院で母さんは俺やお前の最近の様子しか聞きたがらなかった。自分から何かを話すと言うことが無かったから、俺も気にはしてたんだが…」
「そう…」
思い出話すら避けていたのだとすれば、それは未練を避けるためだったのだろうか。
「雪代さんにも見せてやってくれ」
「ああ、そうだね」
雪代さんがすぐ読み終わり、ため息をついた。
「すみれさんって凄い人ね。私には真似できそうに無いわ」
「凄いかどうかは別として、オレにもできないよ」
父さんも言う。俺も無理だな。
「ボクも、読んで良いかな?」
小雪が聞いてくる。
「ええ」
雪代さんが手紙を渡す。
「こ、これって」
さすがに遺書だとは思っていなかったようでびっくりした様子の小雪が、読み進めてボロボロと涙を流し始めた。
「あっ、ごめんなさい、汚しちゃった」
「気にしなくて良いぞ。もう読んだし、竜人、これ、捨てても良いよな?」
親父が言い、俺も頷く。
「ああ。その方が良い」
母さんも後生大事に取っておいて欲しくないから、こんなふざけた書き方にしたのだろう。本人はそこそこ真面目だったのかもしれないが。
「ボク、お兄ちゃんのお母さんにも会いたかったな。優しそうな人だから、ボクのこともなんか可愛がってくれそう」
小雪が涙を拭いた後、笑顔で言う。
「ま、気に入っただろうな」
小雪と母さんは波長が合いそうだ。深雪は…母さんの方は平気だろうけど、深雪の方が合わないかも。それは仕方が無い。
「ああ、小雪は父さんが気に入ったんだから、母さんもきっと気に入ったさ。きっとな」
親父がさらりと俺が言えないような事を言ってのける。これが二回も結婚した男の実力か。
「わぁ。ママ、大当たりを引いたね!」
「こら、小雪、変な言い方しないの」
「はは、外れと言われるよりはいいじゃないか。さて、じゃあ、これはもういいな。いや、深雪ちゃんにも見せておくか」
親父が便箋を破って捨てようとして、深雪のことを思い出したようだ。
「いえ、ごめんなさい、あの子には見せないでおいてもらえますか。堅物で気難しいところがある上に、あの子自身もどう反応していいか、迷ってしまうだろうし」
雪代さんが言う。まぁ、それもそうか。先妻の遺書なんて。俺だって小雪の父親が遺書を残していたなんて言われても見る気がしない。
「思った事をそのまま言ってくれる方がいいが、コイツと同じで変に気を回すんだろうな」
親父が目線で俺を示すが。
「ふふ、そうね」
「なんだよそれ…」
「むっつりスケベって事だよね!」
おい。
「小雪!」
雪代さんが怒ってくれた。
「アハハ、冗談だって」
「少しお説教するから、私の部屋に来なさい。今すぐ」
「ええー? ちょっとママぁ」
「ま、ほどほどにな」
「パパぁ、そこはほどほどじゃなくてしっかり止めようよ」
「あれだ、家庭内のパワーバランスは早めに見極めとけって話だぞ、小雪」
親父が言う。親父は下なのか。
「ええー?」
「対等ですよ。さ、来なさい」
「うえー、マジモードだ。助けて、お兄ちゃん!」
「すまんな」
少なくとも俺は雪代さんには逆らえん。あとで愚痴は聞いてやるぞ、妹よ。
雪代さんと小雪の二人が居間を出て行った後、親父が俺に聞いた。
「竜人、絵はどうするんだ?」
「ああ、戻すよ。俺には合わないし」
母さんにとってはお気に入りの絵でも、俺にとっては何の感慨も無い絵だ。
「そうか。ま、好きにしろ」
「ああ」
居間から出て、物置の中に絵の入った段ボール箱を戻した。
自分の部屋に戻って落ち着いたところで、俺は重大な問題が何も解決していないことを思い出した。
封筒は確かにあった。
だとしたら、ミッドガーデンの中でそれを伝えてきたあの母さんは、いったい、何なのか?
「どうなってるんだ…」
得体の知れないものを感じる。どこか薄気味悪い。
俺は黒い二つの箱を見つめた。
それはベッドの近くに置いてある。
電磁場を読み取り、電磁波を脳に照射し、インターネットにつながるだけの装置。
そのサイドコアの向こう側には何が待ち受けているのか――。
「それでも行くしか無いよな?」
俺は謎を確かめるべく、起動スイッチを入れ、自分の身を装置に委ねた。




