第三話 不名誉な最短記録
2017/3/14 ミルフィーユの家の名を「アレグレット」→「バルドー」に変更。小雪の雷撃呪文のルーンを変更。
ここは〈始まりの平野〉と呼ばれる場所。
ミッドガーデンを始めたプレイヤーが最初に訪れる場所だ。
だから、初心者向けに弱い敵しかいないはず、なのだが……。
俺は死んで動けなくなっているが、ま、これはゲームだ。
びっくりはしたが、慌てることは無い。RPGってのは死んでも何度でもやり直しができる。
だが、何らかのペナルティはあるだろうな。
視線を動かすと俺をこんな状態にした張本人が見えた。
黒い影に見えたが、黒装束を着ている。忍者なのだろう。体のラインからして女、くノ一か。手には短めの刀を持っている。
青色の三角錐のカーソルがそいつの頭上にあり、モンスターではなく、プレイヤーであることを示していた。
つまりこれはPK、プレイヤー殺しだ。
PKが当たり前のゲームなんて。そんなゲームがあるとは知ってても、実際にプレイしたことは無かったなぁ。
油断した。
でもこの忍者、さっき広場で見たな。尾行された?
「ちょっとぉ、キミ、レベル1の初心者を狩るってどういうつもり?」
小雪がロッドを向けて問い詰める。
「フッ、狩ってはならぬという法は無いし、これは洗礼さ。この世界のな」
くノ一が渋い声を出して答えた。しかし、酷い洗礼だな。レベル1だと対処のしようが無い。
「ミッドガルドの法律があるでしょ。もー、それにお兄ちゃんはこのゲームまだ始めたばっかりなのに。キャラ作りまでして痛い子だなぁ」
「お、お前に言われたくは無いぞ! お兄ちゃんなどと気色悪い」
くノ一が素の声で言い返した。
「あはは、これはリアルお兄ちゃんなんだよ。ま、いいや、そっちがそのつもりならちょっと遊んであげる。お兄ちゃん、ロストを減らせるかもしれないから、コンティニューはちょっと待っててね」
「ああ」
ロードやコンティニューなどいくつか項目が並んでいるが、小雪の指示に従ってそのままにしておく。
「ふん、遊ぶなどと、兄妹そろって仲良く地獄に送ってやる!」
くノ一が小雪に向かってダッシュする。
「うわぁ、キミ小学生? 地獄って」
魔法使いなら距離を取った方が良いと思うが、小雪はある程度このゲームをやりこんでいるはずだ。なので、俺は黙って見ていることにする。
「うるさい。シッ!」
くノ一が短刀で斬りつけるが、小雪は身をかがめて素早く回避した。くノ一はさらに連続で斬りかかる。二刀流だ。
これも小雪はひらりと躱した。
「ふうん、忍刀に遅効性の毒を仕込んでるみたいだけど、命中率悪すぎ。器用さが足りないみたいだね」
「こいつ! 【見切り】を会得しているな。サブジョブは剣士系か?」
「当たり! 最初は剣士で始めたんだけどねっ! だから接近戦も得意だったりするんだよねー」
ロッドで小雪が反撃を始めた。縦に振り下ろしたかと思うと、間を置かず突きを繰り出し、流れるような連続攻撃。隙が無い。最初は躱していたくノ一もついに躱しきれなくなり、忍刀で受け止める。
「くっ! 重い!」
「ええ? キミ、ひょっとして【敏捷】の極振りとかしてる? 半分は【器用】に振っておかないと意味ないよ、それ」
「うるさい!」
バック転しながら蹴りを繰り出したくノ一。小雪はそれを食らったが、大したダメージは無かった。小雪のHPゲージは一割も減ってない。こりゃ余裕かな。
「じゃ、だいたい分かったところで、いっくよー?」
小雪がロッドをかざすと、青い輝きを発しはじめた。
「ちぃっ、撃たせるか!」
くノ一は手裏剣を投げた。それも軽々躱す小雪。
「――怒れる雷神トールに捧ぐ、その威光をもって、紫紺の戒めとすべし! サンダープリズン!」
小雪の詠唱した呪文が発動し、幾本もの稲妻の鎖がくノ一を包み込む。くノ一は回避しようとしたようだが、痺れて動けなくなった様子だ。
「くっ、これは付与効果? 貴様、ウイッチか!」
「の上位版、マジカルウイッチだよっ。さあ、ここで必殺コンボ――あれっ?!」
小雪がロッドでくノ一を突いたが、その体はいつの間にか丸太にすり替わっていた。
ほほう、変わり身の術もあるのか。
「ふん、良い腕だ。この勝負、今日のところは預けておいてやる、さらばだっ!」
エコーがかかった声が風に乗って流れていく。
「あー! 逃げられたぁ!」
しまったという顔をする小雪。
総合レベルは小雪の方が上だったようだが。
「はあぁ……。ごめん、お兄ちゃん、お金、取り戻せなかったよ」
「いいよ。どうせ初期で買い物は済ませた後だしな」
「うん、盾も残ってるね。死んじゃうとアイテムがいくつか無くなったりもするから」
「そうか」
装備品までロストするとなると、結構シビアだな。
「じゃ、えっと、お兄ちゃんはコンティニューだね。最後にセーブした場所に戻るけど、始めたばかりならこの街の広場のはずだから」
「ああ」
「ロードはそれまで行ったことのあるセーブポイントを選べるけど、遠くだとお金がかかるから注意して。経験値はゼロになるし、アイテムも戻ってきません」
それはロードなのか? 罠だな。ま、好きな場所に戻れるなら、メリットもあるのか。
「ログアウトは自動でセーブしてゲーム終了だから、やり直しは無いんだよ、このゲーム」
「そうなのか…。ま、分かったよ」
「うん…」
「んじゃ、コンティニューしてくるぞ!」
しょんぼりしてしまった小雪に、俺はなるべく明るい声で言ってやった。
気にすんなとも言ってやりたかったが、そこまでのコミュ能力は俺には無い。
「うん! ボクはここで待ってるね」
「ああ」
コンティニューを選択し、俺の体が光の粒子に変換され始める。
気がつくと、最初の広場に戻っていた。
「くそ、次は気を付けないとな」
ゲームではカッコイイお兄ちゃんを演じるつもりだったのに、このままじゃなんか格好が付かない。
『新しい称号を獲得しました』
システムメッセージが表示されたが、今は後回しだ。ウインドウを念じて消し、俺は街の外へ走って急ぐ。
「あ、お兄ちゃん!」
小雪は街の門のところで待っていてくれた。
「待たせたな」
「んーん全然。あ、さっきの忍者、名前は〈氷花〉だから。門番に通報しておいたし、掲示板の方にも写真付きで晒しておいたから」
「お、おう……晒しまでやったのか?」
「当然でしょ? このゲーム、PKはあるけど、ミッドガーデンの法律で禁止だし、〈暁の翼〉も〈始まりの平野〉でのPKは認めてないよ。あ、掲示板と言ってもこのゲーム内のヤツで、ルール通りだから」
「ならいいが、暁の翼ってなんだ?」
知らない単語なので聞いておくことにする。
「えっとねえ、お兄ちゃんはクランって知ってるかな?」
クランは英語だと党や仲間という意味だったかな。ネトゲだとプレイヤー同士のギルド戦の単位のはず。
「ああ。プレイヤーやパーティーを集めたギルドみたいなもんだろ?」
「そうそう。それで、〈暁の翼〉ってのは、このゲームの最大グループでたいていのクランが加わってるの」
「ふーん、クランのさらに上の同盟グループか。プレイヤーの派閥みたいなもんか?」
「うん、そんなところ。あ、お兄ちゃんもボクのクランに入る? 〈暁の翼〉傘下の〈蒼星騎士団〉って言うの」
「うーん……」
知らないグループに入るのはちょっと気が引ける。騎士団ってどうなんだろうな。面倒臭そう。
「あ、別に厳しい規則とかは無いからね? 基本チャットで、生産品を交換したり、たまに参加者募集してレイドボスに挑むだけの緩~い騎士団だから。まあ今度、みんなに紹介するから、それで気に入ればってコトで」
「ああ。ところでさっき称号を手に入れたんだが」
「あー、それ気にしなくて良いよ。いろんなのがたくさん付くけど、イベントクリア称号くらいじゃないと、ステータスの数値はそんなに変わらないよ」
「ふーん、ステータスに影響があるのか。お、最大HPが50増えてるな」
「えっ! それはちょっと凄いかも。何の称号?」
「ええと…」
ステータスを確認する。
【称号】早死に New!
【種別】最短生存記録
【記録】6分21秒41
【グレード】
グランド・オールワールド・ユニーク
(全サーバー世界で唯一)
【効果】最大HPが永久に+50。
ただし、レベルアップごとに
HP増加分が差し引かれ、
レベル20で通常プレイヤーのHPと同じになる。
プレイヤー名は非公開。
「……早死にの世界レコードだって。HPはレベル20で普通に戻るらしい」
「あっ…え、えっと」
まずい、小雪がどうフォローしようか真剣に考えてる表情だ。
「参ったなあ。ハハッ」
俺は軽く笑い飛ばしておく。
「う、うん、そうだね、あははー」
気にしないことにしよう。称号なんてどうでもいいし。くっそ。
気を取り直してスライムを狩っていると、カチャカチャと音がして白い鎧の騎士数人がこちらに走ってきた。
またPKか?
俺はそいつらに剣を向けて身構える。
相手は高級感漂う全身鎧、装備からして勝てそうに無いけど。
え? これ弱い者いじめ推奨のゲームなんですか?
「あ、お兄ちゃん、ダメだよ。その人達、NPCだから」
小雪に言われて気がついたが、彼らの頭の上のカーソルは緑色だ。
「待って下さい、私達は敵ではありません。先ほど襲撃を受けたと通報がありましたが、被害者はあなたですね?」
真ん中の一人だけ兜をかぶっていない女騎士が聞いてきた。
歳は俺と同じくらいだろう。綺麗な淡い色の金髪だ。知的に見える空色の瞳。はっとするような美少女だ。
「ええ、そうですけど…」
俺は警戒しつつ肯定するが…。
「申し訳ありません、まずは謝罪を。神聖フェルディア王国のお膝元の庭でありながら、治安が行き届きませんでした。私達の責任です」
「ああいえ。大したことでは無いので、頭を上げて下さい」
いちいちPK発生でこの人達が毎回出張ってくるとしたら大変だなぁと思ってしまう。NPCだから人間じゃなくてAIなんだけども。
それに悪いのは、あのプレイヤーだし。
「ですが、いくら不死という神のご加護があるとは言え、冒険者のあなた方も死は耐えがたい苦痛と聞いております」
「いやー、そーでもないんですけどね」
痛覚は安全のためほとんどカットされている。
「そうそう」
小雪もニコニコしながら頷く。
「そうですか。そう仰って頂けると助かります。犯人については名前と特徴も通報して頂き、またこちらでも目撃情報を収集していますから、すでに目星は付いております。ですが、なかなかに神出鬼没の賊のため、すぐに捕らえるのも難しいかと」
プレイヤーって逮捕されて牢獄にでも入れられることがあるのかな?
「ま、冒険者だもんねー」
小雪が言う。
「ええ。そこで私なりに対応策を考えた結果、しばらくあなたの護衛に付かせて頂こうと思うのですが」
「え?」
『〈聖騎士ミルフィーユ〉からパーティー加入申請を受けています。承諾しますか?』
位の高そうな騎士が、新人冒険者がPKされたくらいで護衛に付くのか?
どうもしっくりこないので、俺は小雪の顔を見る。
「イベントなのか? これ」
「んー、それっぽいけど、どうなんだろ? ボクはここでPKされたこと無いし、知り合いにもそんな話は聞いたこと無いよ。ちょっと攻略情報見てみるから、待って」
小雪がウインドウを出した。
「異例であることは承知しています。ただ、申し上げにくいのですが、またあなたが狙われ、ここで命を落とすようなことがあると……私達としても、いえ、王国の名に傷が付くことかと」
俺がまたPKされる前提というのがなんだか気に食わないが、このゲーム的には護衛させて欲しいのだろう。
攻略情報を調べた小雪は見つけられなかったようで小首を傾げた。
「んー、街中で店の警備に付いてくれるってイベントはあるけど、これとは違う感じだなぁ」
「受けるか断るか、どっちがいいんだ?」
俺が聞いたが小雪は肩をすくめた。
「分かんない。パーティーを組んじゃうとNPCでも経験値は取られちゃうし。でも、高レベルの騎士が護衛ならPKなんてされないと思うよ。ミルミルちゃんはすっごい強いし。それは、お兄ちゃんのお好みで」
「じゃあ、受けようと思うが」
またすぐPKされると悲しいからな。
「うんうん、いいんじゃない? 面白そう」
小雪も賛成してくれた。
「ありがとうございます。では、大人数ではあなた方にも迷惑でしょうし、ここは私が」
「なんと、お待ちを、ミルフィーユ様。聖騎士たるあなた様がわざわざ――」
部下の騎士が驚いて異を唱えようとしたが、ミルフィーユが遮った。
「いいえ、ここは確実を期しておきたいのです。実力においてこの中では私が一番だと思いますし、ヒールも使えますから」
「分かりました。では、我らは警備に戻ります」
「頼みましたよ」
「「 はっ! 」」
騎士達が駆け足で去って行く。
「では、自己紹介が遅れました、私は騎士ミルフィーユ=フォン=バルドーと申します。よろしくお願いしますね」
彼女が微笑んで手を差し出した。
「ああ、こちらこそ、冒険者のリュートです」
ミルフィーユと握手を交わす。
その手はとても柔らかかった。
『〈聖騎士ミルフィーユ〉がパーティーに加わりました』
[聖騎士ミルフィーユ]
HP 5535 / 5535
MP 3421 / 3421
TP 5439 / 5439
【総合レベル】54
【クラス】聖騎士
【ランク】A