第二話 ミッドガルド・ガーデン
俺は今、VRMMOの『ミッドガルド・ガーデン』をベッドに寝転がってプレイしている。
サイドコアが起動すると部屋の天井が消え、代わりにウインドウが表示された。黒背景に白い枠線のシンプルなタイプだ。
IDは表示されているが、パスワードは無い。
生体認証でこのIDには俺しかログインできない仕組みなのだ。
「ようこそ、ミッドガルド・ガーデンへ。あなたはこれより――」
女性の声でアナウンスが始まったが、俺は急いでいるので念じてスキップを選択する。
オープニングは後からでも見られるからと事前に小雪が教えてくれた。
『本当にスキップしますか?』という確認が出るが『はい』で。
小雪も自前のサイドコアを持っていて、今は彼女の部屋でプレイしている状態だ。
彼女を待たせては悪い。
足下に粒子が集まり、石畳が俺を中心に広がっていく。
広場が構成され、上が青色で埋め尽くされていき、青空となった。巨大な赤い月と青い月がそこに寄り添うように浮かんでいる。
ゆったりと雲が流れ、空はどこまでも広がっていた。
これがミッドガーデンの世界なのか。
圧倒的な本物の質感に俺は声も出ない。
空中に〈冒険者の広場〉と文字がオーバーレイで浮かんで消えていく。
ここは街中の一区画の広場のようで石畳の上に俺は立っている。
向こう側に見えるのは神殿なのか、ゴシック様式らしき石造りの大きな建物があった。
そして広場には大勢の人間がひしめいている。
鉄の鎧を着た威圧感のある大男や、草色のローブを着たエルフの魔法使い、黒装束の忍者やトカゲ人間までもいて、いろんなプレイヤーがいるようだ。
彼らの笑い声や下らないジョーク、金属ブーツのカチャカチャという靴音も聞こえてくる。
だが、これはすべてヴァーチャルの世界。
本当は部屋の中にいるというのに、不思議な感覚だ。
手を動かそうと思えば動くし、立っている感覚もちゃんとある。
自分の服も触ることができる。中世風の白い布の服だ。
「おっと、小雪ちゃんと合流しないとな」
俺は見回して彼女を探そうとしたが、これだけの人数ではすぐに見つけられそうに無い。
彼女はゲーム内でも同じ本名を使っているそうだ。それは個人情報として大丈夫なのかと俺は心配したが、彼女は笑って「下の名前だけならヘーキヘーキ」と言っていた。
ま、俺の名前も竜人をカタカナにしただけなので、他人の心配をしている場合でもないか。
「お兄ちゃーん、どこー」
聞き覚えのある声がしたので、俺は手を挙げた。
「ここだ!」
すると一斉に周りの視線がこちらに集まった。ちょっとドキリとしたが、それだけだ。誰も文句は言ってこないし、すぐに彼らは俺に興味を失ったようで各々の話し合いを再開した。
「いたいた。じゃ、今日はよろしくね! お兄ちゃん」
「ああ」
俺はこうして小雪と無事合流できたわけだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「じゃ、お兄ちゃんはヒューマンの剣士かな?」
一通りの説明を終え、水色の髪の魔法使い〈小雪〉が聞いてくる。
「いや、魔法剣士だ」
剣も魔法も使えるという、優柔不断な俺にはピッタリの職業。
「あー、それちょっと成長が悪いんだけど…まあいいか。ブルーの髪はいいとして、なんで顔、リアルのままじゃないの?」
「いや、当たり前だろ……」
名前はごまかせるとしても、顔はすぐ特定されるじゃないか。
「リアルの方がカッコイイのに」
「そうかぁ?」
「そうだよー。じゃ、まずは盾と薬草を買って、野外でレベル上げしてみよっか」
「ああ、分かった」
「じゃ、防具の店はこっち。NPCじゃなくてプレイヤーのお店の方が良いのがあるから」
露店が並ぶ通りに向かい、小雪が持っているロッドを振って〈検索ウインドウ〉を目の前に出した。
「ええと、種別は防具、小盾っと。使用者はレベル1で。レベルが上がったら、また新しいのを買うと思うけど」
小雪が条件を決めてソートすると、ウインドウのリストに四つほど項目が出た。
「この一番下の〈ハイパー・デラックス・マグナム・死暴帝シールド改Ⅱ〉ってのは勝手に付けた名前だよな?」
痛々しい名前の盾が目に付いたので、一応聞いておく。
これが正規名称なら、プレイはご遠慮したい……。
「うん。【生産アイテム】は名前は自由に改名できるから。でもこれ、ただの木の小盾をちょっと改造しただけだねー。耐久値、初期より下がっちゃってるし。
あ、ボクは【鑑定 Lv3】のスキルがあるから分かるけど、お兄ちゃんは買うときに気を付けてね」
プレイヤーが販売している生産アイテムは、強力な物もあるようだが、詐欺もありそうだ。それにしてもボクっ子か……グッド!
「ああ、ま、これくらいのなら名前だけで分かるけどな」
「あはは、そうだねー。じゃ、二つ目のが良さそうだから、現物を見てみよ」
そう言って小雪がリストをロッドで叩いて選ぶが、次の瞬間、彼女の姿が消えた。
えーと……。
小雪が買って来てくれるという事だろうか?
それともパーティーをまだ組んでなかったからはぐれたかな?
少し待つことにする。
「ごめーん、お兄ー、パーティー組むの忘れてた!」
走って小雪が戻ってきた。
「そうだと思った」
目の前にウインドウが表示され、『〈小雪〉さんからパーティーの勧誘を受けています。承諾しますか?』とメッセージが出た。もちろん承諾で念じる。
右下に小雪のHPゲージが加わったが、レベル表示は『Lv ???』になっている。
「これ、パーティーメンバーのレベルも見られないのか?」
「あ、んーん、見れるようにもできるんだけど、ちょっと待ってね。はい。これで。助っ人や野良パーティーを組むときはあんまり見せない方が良いから、デフォルトでそうしてただけだよ。それと――」
『〈小雪〉さんからフレンド申請が出されています。承諾しますか?』
「ああ、いいよ」
承諾。家族だもんな。
「良かったぁ。それはちょっと……っていきなり断れたらどうしようかと。家族だもんね!」
「そうだな」
まだ小雪とは会ったばかりだが、そこはそれ、上手くやらないと。
「ふふっ」
「はは」
この子とは仲良くできると思う。
姉の深雪の方はなんだか手強そうな感じだったが。食事の時もほとんど無視されたし。
俺はウッド・ラウンド・シールドという小さな盾を買った。
値段は50ゴールドだが、小雪が店主と交渉してくれて40ゴールドで買えた。
彼女は【値切る】というスキルを持っているという。
「この盾はベルトで腕に固定できるから使いやすいよ」
小雪が言う。
「なるほどね」
持ってみると実際に盾の重さが感じられる。リアルだな。
「これ、装備はどうするんだ?」
小雪に聞く。
「メニューの装備で盾を選べば良いよ。ベルトを自分で締めても装備したことになるから」
「へえ。じゃ、メニュー・オープン」
ハンドサインや視線だけでもメニューの呼び出しは可能らしいが、馴れないと難しい。
俺は無難に声に出して操作した。メニューバーが出てきた後は視線だけで操作は楽々だ。
小雪の鑑定結果によると――
【名称】 ウッド・ラウンド・シールド
【種別】 小盾
【材質】 樫
【効果】
防御基本値+20
防御率+10%
平均防御力+2
無効化+5%
【耐久】 100/100
【重量】 2
【総合評価】 D
【解説】
初心者向けの小さな盾。
誰にでも扱える軽さ。
防御できる範囲は非常に狭い。
〈装備可能〉
【効果】の『平均防御力』というのは20ポイントの防御力が10%の確率で発動するので、平均して2ポイントの防御力が期待できるという意味だと思われる。
『無効化』の方はよく分からない。
俺は小雪に聞いてみた。
「無効化ってなんだ?」
「敵の攻撃を上手く盾に当てるとノーダメージってわけ。ま、最初は全然気にしなくて良いよ。シールドの【オート・カバーリング】ってスキルを覚えないとまず使えないもん」
「ふうん。そっか」
「まっ、頑張んな! 兄ちゃん」
ムキムキの店主が太い声をかけてくれた。
「ど、どうも」
「ふふっ、このおっちゃんはボットだから真面目に返事しなくても良いよ」
「ああ、緑色のカーソルだっけ?」
「うん」
全員の頭上に、小さな下向きの三角錐が浮いているのが見える。アクティブのプレイヤーは青色で、店主は緑色。
緑色は実際の人間では無く、AIが操作しているという。
とはいえ、表情も自然で防具を手入れする様もリアル過ぎてカーソルが無いと区別が付かない。
プレイヤーがログアウト中にアイテムの在庫を店売りしたり、鍛錬でスキルを鍛えたりできるらしい。
四六時中プレイしている廃人プレイヤーと、プレイ時間が限られる一般プレイヤーのバランスを取る仕組みだそうだ。
「次は道具屋だね」
「ああ」
「こっちだよ」
薬草は一枚2ゴールド。ヨモギみたいな葉っぱだ。HPを10ポイントくらい回復してくるという。
二十枚ほど買った。
ちなみに俺の今のステータスはこうだ。
[リュート]
HP 17 / 17
MP 10 / 10
TP 8 / 8
BC 0 / 100
【総合レベル】1
【クラス】新人冒険者
【ランク】F
【ジョブ】魔法剣士
【ステップ】スタート
【カルマ】
ノーマル
ニュートラル
【筋力】8
【敏捷】6
【耐久】6
【器用】5
【知力】7
【魔力】8
【交渉】6
【容姿】6
【幸運】6
【攻撃力】18(+10)
【防御力】15( +9)
【素早さ】13(-1)
【魔法攻】11
【魔法抵】10
【装備】
青銅の小剣
布の服
樫の木の小盾
革製のブーツ
【所持金】20ゴールド
【勇名】 0
【経験値】0
【Next】10
[所持スキル]
Lv1(必要TP 2)
【薙ぎ払い】
「じゃあ、〈始まりの平野〉でスライムを倒そっ。弱いから楽勝だよ!」
小雪に案内してもらう。
街の外には見渡す限りの草原が俺達を待ち受けていた。
暖かい陽光の中、新緑の絨毯に時折そよ風が波の足跡を作っていく。
こんなにも綺麗な、そして広々とした世界があったのか――
俺はそんな新鮮な驚きを久しぶりに味わった気がした。
ここでいったんパーティーを解散する。そうしないと経験値がパーティーで分散されてしまい、入りが悪いそうだ。
「じゃ、剣で斬り込んでみて、お兄ちゃん」
「おう」
ここは妹に格好良いところを見せるチャンスだな。
相手は透明なスライムだ。
草むらの上をプルプルしつつ、のんびりと動いている。
敵モンスターを示す黄色い菱形のマーカーも見えている。
俺はスライムの後ろから素早く近づき、両手で握った剣で水平に強く振った。
ズブッと妙にリアルな手応えがあり、だが、スライムはまだ死んでいないようだ。
「もう一撃、食らわせて!」
反動のせいか思ったより剣が重く、すぐには斬れない。
ピチャッと顔に液体が飛んできて、うえ、臭い。
それでも俺はもう一度、剣を振るってスライムを倒した。
ボフンと白い煙が上がって、スライムが消える。
「ね! 弱いでしょ」
「ああ。でも、お金や宝箱は出ないのか?」
俺は小雪に聞く。
「ざんねーん、スライムは滅多に落とさないよ」
「ああ、そう」
ステータスを確認するが、経験値が1増えていた。レベルアップまであと九匹か。
HPも1ポイント減ってしまっていたが、スライムは動きはノロい。楽勝だ。
俺はその辺にいる次のスライムに走り寄った。
「あっ! 逃げて! お兄ちゃん!」
「え?」
小雪の叫び声に俺は振り向いたが、黒い影が背後にいた。
なんだ?と思った刹那、体に強い衝撃があり、俺は体ごと空中にふっとばされていた。
「うおっ!?」
ドサッと草むらに転がるように倒れてしまう。ちょっと痛かった。
起き上がろうとするが……あれ?
動けない。
な、なんだこれ。バグ?
「あちゃー……やられちゃった」
「え? え?」
俺は何が起きたのかよく分からなかったが、HPゲージは真っ赤だ。
『復活可能時間、残り9秒』という表示が出ていて、それがカウントダウンしている。
つまり、どうやら俺は死んだらしい。




