十五話 移ろいゆく季節の前に
1
季節は過ぎる。
それは目では、耳では感じる事が出来なくても。
確かに過ぎていく。
放課後の屋上、そのベンチに座るボク、山城栞はその事を感じる。
カメラ――いつものデジタルカメラでは無く、一眼レフのレンズを通して見る空は、何時だって同じように見える夕暮れだ。
けれど、そんな事はないんだって事を肌で感じる。
屋上に吹く風が寒い、結構。ううん、かなり。
「ヘークション!」
ボクは大きなくしゃみをする。鼻をすする。
やっぱり、少し無理があったかなあ。
季節は十月から、十一月に移っていた。
授業中に窓から見えた夕暮れがあまりに綺麗だったから、日が暮れてしまう前に撮りたくなって、帰りの会が終わった後にすぐにここへ来た。
けれど秋から冬へと移り変わる夕暮れに吹く風は、やはり冷たかった。
現に今、屋上にはボクの他には誰もいない。夏には吹奏楽部がここで練習していた事もあったのに。
それにこう言ってはなんだけど……女子の制服のスカートは寒い。冬の寒さの前には、余りに短く感じる。
クラスの友達は、気合で乗り切るって言っていたけど、ボクは厳しいかもしれない。ううう、明日からタイツでも履こうかな。
何枚か撮り貯めすると、ボクは屋上を出て校内に戻った。
夕暮れはいつしか、夜の暗闇へと変わっていた。
2
「おかえりっす~」
「おかえりなさいまし」
写真部の部室に行くと、木村君と麻美ちゃんが出迎えてくれた。二人は部室中央の机を挟んで、座っていた。
エアコンの効いた部室は暖かい。先程までいた屋上とは別世界のようだった。
「ただいま」
ボクはそう返事を返すとカバンを床に、一眼レフを机の上に降ろした。
椅子に座ると、カバンからカメラ雑誌を取り出して、あるページを開く。
そのページには、一眼レフの取り扱い方の特集が載っている。それを見ながらカメラのメンテナンスをしていく。
「栞さん、随分とそのカメラを大事になさっているようですわね」
「うん……その、あるひとから貰ったものだから……」
メンテ何素をしながら、麻美ちゃんに言葉を返す。
そう、この一眼レフは元々、ボクのものじゃない。
悠さんから貰ったものだ。
千羽池の秋祭りで、再会したボクと悠さんは、去年と同じように暫く同じ時間を過ごした。
放課後に、それから休日に。
ふたりで街を出回ったり、時には違う街にも行ったりして、色々な場所や物を見て、カメラで撮った。
そしてまた、仕事の為に海外に行く前に、悠さんがこのカメラを僕にくれたんだ。
「ボ、ボクはこんな良い物は貰えません…それに、これは悠さんが昔から大事にしているものだし……」
そのカメラは、ボクと悠さんの出会いのきっかけになったものでもあった。
けれど、悠さんは笑って言ったんだ。
「ううん、君にだからこそ持っていて欲しいと思ったんだ。もう一度、写真を撮り始めたきっかけを思い出させてくれた君だからこそ……」
「悠さん……」
「また今度……そうだね、冬が過ぎた頃に会おうか〝栞ちゃん〟」
「……だから、大事にしたいんだ」
「そうですか……大事なひとから貰ったものでしたのね……」
「麻美ちゃん……?」
「どうかしましたか?」
ボクは麻美ちゃんの顔を見つめる。
どうしてだろう。麻美ちゃんはいつもと同じ笑顔の筈なのに、どこか違うものに感じるのは。
「さて今日は、早めにお暇させて頂きますかね。おつかれ~」
不意に、椅子に座っていた木村君が立ち上がると、そう言ってカバンを持つと部室を出て行った。
「うん、またね」
木村君を見送る。すると、すぐに麻美ちゃんも帰り支度を始めた。
「栞さん、わたくし急用を思いだしました。お先に失礼します!」
コートを着て首にマフラーを巻いて、そう言うと麻美ちゃんも部室を出て行った。まるで木村君の後を追うように。
「えっと、またね」
部室には、ボクひとりになった。
3
暫くして、カメラをメンテが終わった後、ボクもコートを着て、部室を出て帰路に着いた。
冬に入って日が沈むのが早くなった通学路は、街はすっかりと暗くなっている。
屋上で写真を撮っていた時にも思った事だけど、本当に日が沈むのが早くなったと思う。
春に高校生になったと思ったら、もういつの間にか季節は冬だ。
春に、夏に、秋に色々な事があった筈なのに、気が付けばアッという間に過ぎていく。
――何も変わらないように見えて、きっといつも、どこかが、何かが変わっていく。
その事、ひとつひとつの事には、きっとボクは気が付けない。
木村君と麻美ちゃんの事を思い出す。ふたり共、何かが変わったようにボクには思える。けれど、それが何なのかが分からない。
時間を切り取る事の出来るカメラのレンズで覗き込んでも、ひとの気持ちまでは分からない事だから。
それは寂しい事?
それとも。
夜の街の中で、そんな事をぼんやりと考えた。
「わん、わん!」
考え込んでいると、足元に柔らかな感触と、聞き慣れた声を聞いた。
足元を見ると、そこにいたのはすっごくモコモコの毛に覆われた子犬だった。
ボクはその子犬を抱き上げる。
あれ、確かに声はちび太そっくりだったけれど、こんなに毛深かったっけ?
毛を掻き分けて顔を見ると、やっぱりちび太だった。
「ちび太の冬毛……なのかな、これは……?」
変わり果てたちび太の変化にボクは、戸惑うばかりだった。
そして、この時のボクはまだ知らない。
これから起こるであろう事を。今はまだ。
4
学校の職員室にて。
「芳野先生、お電話です」
「はいはい……おお、これは立花くんではないか。元気にしとるかな?そうか、元気そうで何より。ところで何の用かの?山城栞?ああ、ウチの学校の生徒で確かに、写真部に所属しとるが……会いたいとな?そうか、分かった。今度、放課後に来るといい。きっと会える筈じゃ。それじゃ、また」
「ふう、これで一応、アポは取れたわね。それにしても悠のヤツ、こんな良い写真が撮れる子がいるなら紹介しなさいよ、全く!山城栞ね……どんな子かしら?女の子?まさかね、あの頭の隅までカメラの事に侵されているヤツが?まさかね?相手は高校生だしね……?」
携帯を切り終えた、その女性は頭を盛大に抱えていた。
これまで幾つかの区切りを設けてきた、この作品ですが次回よりいよいよそのほぼ最後に当たる部分へと入っていきたいと思います。
前回より時間が随分、開きましたがようやく更新できました。




