表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/77

LOAD GAME →音叉塔-廃墟にて 残り時間00:02:00

 規則正しく並んだ石の街。綺麗な円形に整備された街の建物は焼けた煉瓦である。道路は石畳と統一感のある廃墟の入り口で、パックとバターは身を隠しながら様子を窺っていた。戦力ゲージが指し示すように廃墟には多数のゾンビがあり、手記を信じるならば発見されると攻撃を受けるようだ。


 ならば進む方法は一つだけである。


 「……パック。姿を隠して進みましょう」

 「うん。……なんだが、ベガのホテルを思い出すね」


 戦わずに進むのである。


 たった二人きりとなってしまったパックが切ないような目線で空を仰ぎ見れば、遥か彼方で“終わりの竜”が羽ばたいているのが見える。


 幸いにもバターもパックもゾンビの行動パターンに関しては既に学んでいた。今思えばずっと昔のように感じられる、まだ6人で行動していた時のかけがえのない思い出だ。


 「……バター。見る限り、崩れかけた石の民家の上にゾンビはいないみたいだけれど?」

 「駄目よパック。私達を見張っているのはゾンビだけじゃないわ。そんなことよりも、進むわよ」


 何処か抜けているパックを尻目に、バターは前へ進む。彼女は捧げられた信頼に報いるつもりなのだ。




 2人の足並みは意外なほどに速い物だった。もう、怯えるのは止めて、戦うことを決心したのだ。


 今もパックが上空を警戒しつつ、ゆっくりと敵に狙いを定めたバターに指示を出す。


 「今ならいけるよ! バター、正面の十字路の右2人をお願い!」

 「分かったわ!」


 同時に二人が身を隠していた廃墟の2階から攻撃を放つ。無数の槍と飛ぶ斬撃が通りをうろつくゾンビに襲い掛かり、瞬く間にその身を切り裂いていた。


 「行くわよパック! あいつらが復活するには5分ほどかかるはず!」


 踊る様に駆け出すと、脇目も降らずに廃墟を走っていく。この石畳の道路を抜ければ目的の大聖堂までは後一歩という所にまで到達していたのだ。


 理由は簡単。道を塞いでいるゾンビを次々と排除しながら進んでいるのだ。竜炎槍のような派手なスキルこそ使えないものの、斬壌剣や槍雨乱舞といったスキルならば敵の注目を集めずに排除することができる。


 近くの敵は素早く始末する。遠くの敵は気付かれない様にゆっくりと進む。


 ゾンビの射程を完全に把握していたバターならではの攻略である。


 既に目的の大聖堂の隣区画にまで到達している。それは夜にも関わらず人魂のように飛び交う蛍火のせいで、幻想的なその姿を闇夜に映し出していた。


 だが、2人はその目前で足止めを食らっていた。


 大聖堂の周りには夥しい数のゾンビたちが集まっていたのだ。外周だけでも100は下らないだろう。腐乱死体たちが夜の中、何かを探すように歩き回っている。パックは手記の内容を思い出していた。この大聖堂では最後まで竜騎士が立て籠もっていたはずだ。


 「まずいわね。ゾンビどもが……少なくとも100はいそう。ううん。中にいる敵も考えればその倍は……どうするパック?」


 それを見たバターですら、流石に正面突破は不可能と判断し思案気な顔を作っていた。彼女の脳裏を過ったのは、“夜の遊園地”でジェットコースターへと必死で走った記憶である。ゾンビの最大の脅威は物量だ。纏めて集られてしまえば毒と麻痺で抵抗する暇もなく貪り食われてしまう。


 だが難しい顔を作った彼女とは敵に、パックは既に解答を導き出していた。ひとまず手近な廃墟に身を隠すと、バターを安心させるように頷く。


 そこは宿屋のようで、薄汚れた煉瓦の室内は既に扉が朽ち果ててしまっており、食堂に至っては既に天井が崩落してしまっている。


 1階には受付のカウンターの他に、2階の客室へとつながるであろう階段があった。


 「……簡単だよバター。敵が包囲しているなら、それを崩せば良いんだ」

 「それは……そうだけど。そんな都合の良い方法はあったかしら?」


 あまりの敵の多さに怯んだバターを、パックは励ますように声を上げていた。


 パックは興奮していたのだ。


 大冒険である。しかも、ずっと愛してやまなかった人との。敵は強く、一歩間違えれば自分はおろか最愛の相手にすら危険が及ぶかもしれない。だからこそ、そこで頼られることが痺れる様な喜びを彼に与えるのだ。


 「正面突破……だよ!」

 「……えっ!?」


 自信満々のパックの解答に、バターは思わず危機感も忘れてパックを振り向いていた。

彼女の不思議そうな顔はとても愛らしく、ますますパックの興奮を盛り立てていく。


 「無理よ!? いくらなんでもゾンビが多すぎるわ!? そりゃ、10や20は倒せるけど、その間にもっと沢山の敵が来るし、なにより見つかったら空から攻撃が来るのよ!?」


 バターの懸念は正確だった。この廃墟で厄介なのは、ゾンビに周囲を囲まれてしまうとラスボスからの攻撃を躱せなくなってしまうのである。


 「だからこそ、だよ! 敵に見つかればゾンビはこっちに向かって来るんだ! 大聖堂の包囲は崩れるはずなんだっ!」

 「それは……!? 確かにそうだけど、その後どうするのよ!? 夜空からのブレスがある中を逃げ回るのは厳しいわ!」


 だが、2人に残された時間は無かった。突如耳を劈くような悲鳴が上がり、同時にそれぞれがギクリと身を震わせる。その音は明らかに身を隠した廃墟の中から聞こえてきていたのだ。


 変化は一瞬だった。見る見るうちに空の羽ばたき音が迫り寄り、同時に大聖堂を囲んでいた無数のゾンビ共の視線が一斉にパック達へと固定される。


 「しまった!? 廃墟の中にもゾンビが居たのか!?」


 パックが思わず呻くのと、子供のような背丈の、ただしお腹が真一文字に切り裂かれ内臓が飛び出た死体が猿のように飛び掛かってくるのは同時だった。


 幸いバターが驚愕に顔を歪ませつつも、槍で襲い来るゾンビを一突きしてそのHPゲージに底を打たせる。だが、本当の問題はそれからだ。


 地獄の底から響き渡るような亡者たちのおぞましい歓喜の叫び声が廃墟を、新月島を、そして湖の彼方にまで届くように高らかに響き渡っていく。


 同時にパックは廃墟の外で敵を迎撃しようとし、直ぐに室内に戻らざるを得なかった。


 夜を明々と照らし上げるほどの激しい爆撃が降り注いだのだ。1発ではない。廃墟を瓦礫に変えんとばかりに無数の火炎弾が隕石のように甲高い落下音を奏でながら、次々と廃墟に着弾していく。


 目が眩むほどの激しい光の前に、パックはゾンビの室内への侵入を許していた。


 「パックッ! 上の階へ逃げるわよ!」

 「うん! 先に行って! 僕は階段の所で敵を迎撃する!」


 バターがいつになく厳しい顔つきで階段を駆け上がり援護の態勢を整える。そんな中パックは一人――笑っていた。


 「作戦通りだ! バター! 敵をこの建物に目いっぱい引き付けてから、敵の頭上をステアで飛び越えるよ!」


 それがパックの考えたシンプルな結論なのである。だから彼はバター守るために階段を死守しつつも、高い速さを活かして襲い来るゾンビを次々と切り伏せていく。


 「……! その手があったわね……!」


 そして、バターも直ぐにその考えを理解していた。先の二の舞を防ぐために素早く上階を見渡し、安全を確認する。敵影は無い。もしいるのなら先ほどのゾンビの叫びに反応している筈だ。


 「パック! 援護するわ!」


 同時に彼女が竜炎槍を使い、派手な爆発がゾンビの耳目を集める様に廃墟を照らし上げた。ますますゾンビや“終わりの竜”の注意を惹きつけ、パックでは戦線を支え切れなくなった時点で慌てて階段を上ってバターの元へと身を寄せる。


 彼女は既に突入経路を確保しているのだ。


 「シン君ッ! 手を!」


 彼女の差し出した手を握ると同時に僅かな浮遊感と共に、2人の姿は廃墟の窓から掻き消え、夜の崩れた石畳の上に現れる。


 だが、そこは敵の密集地ではないとはいえ、決して敵がいないわけではない。となれば、やることは一つしかないだろう。


 「突撃するッ! バター! 後ろに続いて!」

 「ッ前は任せるわ!」


 直ぐにゾンビたちが駆け寄ってくるものの、包囲される前にパックは大聖堂へと一目散に向かって行く。




 「兄公。それで、有志同盟はなんて?」

 「……既に“終わりの平原”に突入したそうだ。……しかし、妙に進軍速度が速いな。ぶーちゃんから鳥を貰ったとしても、雪に覆われた“凍土氷山”をこんなにあっさりと抜けられる物なのか?」


 一方その頃、パフは愛する妹を尻尾に乗せたまま一目散に湖上を飛び抜けていた。対照的にティターニアは敬愛する兄に向けて絶えずアイテムでHPの回復を図る。ラスボスの割合ダメージに耐えられるよう、最低でも50%以上にしなくてはならない。


 高速飛行の為上下にゆらゆらと揺れる物の、ティーは身じろぎもせずにアイテムを放っていく。久しぶりの空の移動は清々しい風が心地よかった。


 「既に分かる範囲での情報も提供済みだ。もしかしたら、本当に追い抜かれるかもな……!」

 「そう。ぶち子も頑張っているのね。私達も負けていられないわ……」


 2人が派手に空を飛んでいるのには理由がある。さきほどから“終わりの竜”がしきりに湖に浮かぶ新月島へと向けて激しい攻撃を行っているのだ。パフになど見向きもしない。


 そこで彼は今のうちに妹を湖から助け出し、視界を遮るものの無い湖を渡ることを決めたのである。湖に風圧でさざ波が立つほどの低空を、彼は猛スピードで突き進んでいく。


 「……胸騒ぎがするな」

 「兄さん。気持ちはわかるけど、今は前を見て。間違いなく“終わりの竜”はパックを攻撃してるわ……!」


 それは、運命の時が迫りつつあることを予感させるものであった。


 龍樹も竜子も、それをまだ知らない。




 「パック! 目の前の、部屋よ! あそこだけ、扉にHPゲージが、表示されてるわッ!」

 「……多分、ベガの空調設備室と、同じ……! 扉が、塞がれてるんだ! 攻撃して、強引に開けないと!」


 荒い息遣いに熱せられた体のまま、パックはぜえぜえと必死で息を吸いながら大聖堂の階段を駆け上がっていく。熱気が感じられそうなほどの直ぐ後ろでは、同様にバターが美しい表情を歪ませながら同様に必死で駆け上がっていた。


 そしてその後ろには数えるのも馬鹿らしいほどのゾンビたちが延々と続いて階段を埋め尽くす。


 「これが……VRで、良かった! 現実じゃ、武器を構えたままこんなに、走れない……!」


 大聖堂は広い。絨毯の敷き詰められた内部は正面に広い階段があり、そのまま上の階へと続く吹き抜けになっていた。建物の中は廃墟とは思えないほど在りし日の姿をとどめており、ステンドグラス越しに月光と淡い蛍光が差し込んでいる。


 それを打ちかき消すようにバターが竜炎槍を放ち、扉にダメージを与えて壊しにかかる。


 「駄目だわ! 全然削れてない!?」

 「割合ダメージだよ! 僕がどうにか時間を稼ぐから、扉を破って!」


 5階。少なくとも大聖堂の正面扉から入った先にある階段の終点である。階段の先には下の階と同様に狭い廊下と幾つかの部屋があるのみ。


 パックが振り返って荒い息を整えれば、嫌が応にも吹き抜けから雲霞の如く押し寄せるゾンビの大軍が目に入る。既に通過した階の部屋からも湧き出しており、その量は尋常ではない。一カ所に集まった小虫のように、犇めくという表現がぴったりとあてはまるだろう。


 「シン君! 10秒待ってッ!」


 荒い息遣いを隠す余裕も無くバターが槍を構える。相方のパックもそれにまともに応じる体力は無い。ただ疲労と興奮で血走った目のまま、押し寄せる亡者をどう退けるのかを考える。


 「くっ……!? こういう時、剣士は不利だな……!? 何か良い手はッ」


 考えつつも、剣を振るう。一撃目で目前に迫ったゾンビの手を切り払い、二撃目でその首を切り落とす。


 「駄目だッ!? 一体倒すのに2回も攻撃できないよ……!?」


 見れば既に不気味な唸り声を上げて階段を満たしたゾンビたちが、次々とパックへと腐った爪を伸ばしていた。気が付けば彼が唇を噛み締め、忍び寄る絶望を受け入れざるを得なかった。彼では防ぎきれないのだ。


 それでも、必死に素早丸の生み出す圧倒的な速さを武器に敵の攻撃を悠々と躱していた。その動きの最中にも視線の隅ではバターが必死に槍で扉をこじ開けようとしている。


 やるしかなかった。


 「このおおおォッ!!! サヤ姉さんの邪魔をするなッッ!?」


 即ち、人柱である。パックがその身を捧げて敵の注目を集めれば、その分時間を稼げるだろう。そうすれば、少なくとも彼女だけは逃げられる。彼が誰よりも愛した彼女だけは。


 決心は速い。なにしろ、彼はその為に今まで生きてきたのである。


 彼は一転して身を翻すと、彼に向かって伸びる無数の手を潜る様に躱し、歯軋りしながらも剣を横に凪ぎ払う。それだけで3体ものゾンビが倒れ伏すものの、即座にその穴を5体のゾンビが競うように埋めた。


 予想通りの展開にパックの表情が曇るものの、怯むことは無い。


 同時に幾人かのゾンビが決して逃げられないように、彼の背へと回り込んでいく。その層は見る見るうちに厚くなり、されど彼の狙い通りバターを狙うのは少数にとどまった。


 「くそッ!? いくらでも来いッ! みんなまとめて叩き切ってやる!」


 気が付けばパックは怖気づきそうな心を奮起させるように、そう口にしていた。濃厚に香り始めた死の予感も、覚悟を決める時間があれば怖くない。


 「パック!? 扉が開いたわ! 速くこっちに……ッ!?」


 同時に一際大きな破壊音と共に扉を破ったバターがパックを見、彼が包囲されて致命的な状況に陥ったことを悟って絶望を浮かべる。筆舌に尽くしがたいそれを無理に形容するならば、“悔しそう”か。


 「サヤ姉さん…………僕は……」


 ――あぁ。僕は結局あんな顔しか彼女にさせられないのか……


 パックが自嘲しながらもゾンビの荒波にもまれようとした時、彼女は言ったのだ。


 「シン君ッ! 今行くわッ!」


 それは彼の想像とは真逆の、しかしながら実に良く彼女の性格を表した行動だった。パックよりも速さに劣る彼女は、それでも次々とMPを無数の槍へと変えて果敢にパックを救出にかかる。


 彼はそこまでの諦観かなぐり捨てて叫ばざるを得なかった。


 「サヤ姉さん!? 速く先に進んでよッ!? ここは僕が何とかするから!?」

 「なに馬鹿なこと言っているの!? そんな気遣いはいらないわ!?」


 大きく目を見開いた彼に対し、バターはさも当然とばかりにゾンビに激しい攻撃を加える。当然のようにゾンビの標的が彼女にも移り――パックの負担も少なくなっていた。


 「ぼ、僕はサヤ姉さんさえ生きていてくれれば……!?」


 必死に叫ぶ彼に対し、バターは優しい微笑みを浮かべる。


 「シン君、駄目よ! 独りよがりの好意なんて、貰っても嬉しくないッ!」


 同時に通路を怒涛の如く駆け抜けたゾンビに対し、彼女は冷静に彼我の距離を概算し、攻撃に移る。その表情は打って変わって獰猛な物へと豹変していた。


 槍レベル10レーザーカノン。隙が大きい代わりに圧倒的な射程を誇る光の奔流が、彼女に殺到していたゾンビたちを次々と飲み込み浄化していく。彼女はその雄姿を見せつけながら、パックへ片手を差し出した。


 「飛んでッ!」

 「……ッ!」


 その愛する人の言葉にパックの身体を天啓が貫く。稲妻に打たれたような衝撃と興奮のまま、彼はその身を階段の外側、吹き抜けへと投げていたのである。彼の身体が勢いよく自由落下の突入する直前、彼の内心から噴き出したように激しい電撃の光が大聖堂を照らし出す。


 「サヤ姉さん……ッ!!!」


 紫電一閃。そう。パックはかつて古鮫との戦いで彼女を助けたことがあったのだ。土壇場でそれを思い出したのである。


 刹那、レーザーカノンにも劣らない光の矢が大聖堂の空中を疾駆し、彼の身を憧れの人の前へと運んでいた。それをバターは天女のように微笑みながら祝福していた。


 「さぁ! 逃げるわよ!」

 「う、うん」


 ぎゅっと握られた手を、パックは宝物のように大事そうに抱く。決して離さぬように。決して傷つけぬように。


 同時にゾンビたちの前から2人の姿がステアで掻き消え、解放された扉の前へと移動する。背後からは獲物を取り逃した怨嗟と絶望の声が轟くものの、その声は少しだけ遠くなっていた。


完結まで、あと5話

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ