LOAD GAME →音叉塔-森にて 残り時間00:03:00
空からは唸りを上げて流星のような火炎弾が降り注ぎ、大地に着弾する度に衝撃が空間を揺るがしプレイヤーを弾き飛ばす。その圧倒的な熱の暴力を前に、彼らにできることはただ祈る事のみであった。
パフの計画は、“終わりの竜”の前に失敗に終わったのである。彼は攻撃が成功したと思った直後、それを悟っていた。
「やれやれ、どうやらあいつ何らかの魔法で強化されてるぞ……。俺と同じステータスの筈なのに、えらい違いだ……」
彼の攻撃はまるでダメージを与えていなかったのだ。ラスボスのHPは1メモリも減っていない。
苦しそうに彼は呻くことしかできなかった。敵の猛攻はひとまず止んだものの、今度はその爆音に反応して周囲の雑魚敵が集結しつつあることが彼には分かっている。だが、かといって飛ぶわけにもいかない。いまだに“終わりの竜”は警戒態勢を解いていないのだ。
「兄さん!? 大丈夫!? しっかりしてよぉっ!」
「安心してくれ、とりあえず死にはしなかった」
空爆が終わるや真っ青になって駆け付けたパックに対し、パフは笑顔を作って見せる。だが、対照的にそのHPは1割程度まで追い込まれていたのだ。ティーが慌てて回復アイテムを取り出す中、パフは不意に視線を逸らす。
原生林の彼方から、何かが疾駆する音が響いていた。もはや一刻の猶予も無い。
「先に行ってくれ! 俺はここで敵を始末する……!」
「兄公!? 今はふざけている場合じゃない!」
真っ先に反応したのは青白い顔で兄を治療していたティーである。既にバターも加わって治療を施しているものの、予想通り兄の回復はあまり進んではいなかった。
「ふざけてなどいないさ。だが“終わりの竜”が警戒してる中、空は飛べないし、かといって周囲を敵に囲まれてしまえば厳しい立場に追いやられる」
「た、龍樹さん! でも、それなら一緒に逃げれば良いじゃないですか!?」
「そう、できれば良かったんだけどな……」
同様に慌てたバターに対し、パフは苦笑いを向けていた。彼の巨体は密林でこそ姿を隠すことができるものの、この先の湖エリアではそれも叶わない。迂闊な行動はできなかった。
同時に森から聞こえるざわめきが大きくなっていく。
「シン、お前が2人を引っ張って行け。どうにかして“終わりの竜”の対抗策を見つけるんだ……」
「兄さん……」
パフは最も期待している弟にその視線を向ける。その竜の身体になってなお湖のように静かな視線はパックに優しさを感じさせるもので、兄の負傷に動揺を隠せなかった彼は落ち着きを取り戻していく。
「分かったよ。他の日記を探してみる」
「分かってるじゃないか。頼んだぞ」
兄弟のやり取りは短かった。だがそれで十分なのだ。龍樹は辰也が打開策を見つけてくれることを疑っていないし、辰也は龍樹が後顧の憂いを絶ってくれることを確信している。
俯いて黙り込んだ竜子を尻目に、パックは足を進める。そんな彼らの逃走を防ごうと原生林からウルク=ハイが襲い来るものの、彼らは直ぐに消え去る羽目になる。
「邪魔はよしてもらおうか」
パフの太い尾が、密林の敵を打擲したのである。3人はその音に後ろ髪を引かれながら先に進むしかなかった。
「確か、兵士の日記によると湖と廃墟で仲間が死んだと書かれてたよね!?」
「えぇ! 死に場所が分かっているのは、湖の神官と廃墟の竜騎士だけよ!」
パックに答えたのはバターである。彼女は確かにパックの後をついてきたのだ。彼には不謹慎ながら、それが高揚の元になっている。いや、はっきり言うと彼は兄に対して隠しようのない優越感を感じていた。
だが、それを楽しむ余裕は無い。姉もいるし、パックだって兄の事は大好きなのだ。
「兄公の尻尾からこの先に岸辺に船が漂流していたのが見えたわ。この先の筈よ」
草こそ気にならないものの、意図的に傾斜とデコボコが形成された大地を走るのは難しい。それでも3人は必死の思いで前へと進んで行く。
兄の奮戦のお陰か、彼らは敵と戦闘することなく森を抜ける事に成功していた。そこには僅かな平地と見渡す限りに広がる湖が広がっている。
思わずパックの喉がゴクリと唾を飲み込んだ。この湖は深さはともかく水没都市よりもずっと広いのだ。
「パック、見て。あそこの岸壁に船が着岸しているわ…………。これは……!?」
空を睨んだバターが同時に気付く。岸辺には確かに日記に残されていた艦隊の生き残りと思われる船が残っていたのだ。だが、それは同時に懐かしさを感じさせるものでもあった。
「僕たちが“境界の海”で乗っていた船じゃないか!?」
「それだけじゃないわ。岸辺の近くに何かある」
久しぶりの船に驚くパックとバター。それとは対照的にティーの視線は桟橋の近くにある薄汚れた木の杭に目を向けていた。
ボロボロの何かが絡みついているそれは、よくよく見れば修道女の被るヴェールである。2人とは対照的にティーが目を細めながらそれに近付くと、木の杭の根元には短いメモがロザリオを重しに残されていた。
それは遺言書だった。
『
天にまします我らが神よ。世界にあまねく精霊よ。あるいは地獄の悪魔殿。どうかあの最高にクソッタレな黒竜に神罰をお下しください。私は今まで生きてきて、ずっと神様にお仕えしてまいりました。そろそろ報いてくれても良い頃だと思います……
駄目、遺言なんて柄じゃないわ。今更だけど私、神官に向いてないし。
やっぱり頼るべきは人間よね。神様じゃないわ。
これを読んでいる、そしておそらくは“終わりの竜”と戦いに来たあなたへ。
“終わりの竜”と戦ってはなりません。竜騎士のブレスですらダメージが入りませんでした。何か特殊な防御手段を持っているようです。歴戦の傭兵の剣も、偉大な魔法使いの魔法も、勇敢な兵士の槍も、強靭な戦士の斧も、一切が無駄です。解除方法は……分かりません。
でも、竜騎士の彼なら分かったかもしれません。最後の瞬間、私の気のせいでなければ彼は悔しそうな顔をしておりましたから。
……敵が迫って来やがったか。畜生め。時間が無いじゃねえか。
彼は湖の向こうの新月島に墜落しました。竜は亡くなったようですが、彼自身は生きているみたい。水面下を泳ぐか、船の中に隠れればあの糞蜥蜴も欺いて辿り着けるはずです。
これを読んでいるあなたへ。幸運を祈ります。
どうかお達者で。
私はこれから神の御許へ行って、神罰を直談判してきます。あの汚らわしい魔物の手にかかるなど、真っ平御免だわ!
……傭兵の※※も兵士の※※も、精々長生きしなさいよ……! 特に下種傭兵! 何だかんだで嫌いじゃなか
』
そこでティーは視線を湖に向けた。そこは異常なほど透明度が高く、10メートルはあろうかという湖底までも見通すことができたのだ。
水底の奥で、短剣を抱いた骸骨が沈んでいるのが見えた。
「船に乗りましょう」
「姉さん?」
「この先の新月島にヒントがあるわ」
ティーは多くを語らずそのまま船に乗り込んでいく。久しぶりの操船だったが、迷いはない。
結論から言うと、その船出はかなり厳しい物だった。確かに船内に隠れることで“終わりの竜”からは身を隠すことができる。しかしながら、それは安全な航海を約束するものではないのである。
※WARNING※
船へ攻撃を受けています!
戦闘中の船内に人が居る場合、敵は船を攻撃することがあります!
船のHPが0になった場合、全員が湖に放り出されますので気を付けてください!
残りHP7000/10000
パックは祈るような心持で、そのポップアップメッセージを眺めるしかなかった、対処方法が無いのである。
「これは……このままじゃ私達は……ッ!?」
その隣では同様にバターが唇を噛み締める様にして、船内の窓から外を見ている。そこにはナーガホームの船に群がる、複数の敵影が見えた。
“キラーホエール LV90”
魚雷のような敵が水面に雷跡を刻みながら突っ込んでくるのが目に見えるのである。
「来るよッ!? 気を付けて!」
パックが叫ぶのと激しい衝撃が船を襲うのは同時だった。大地震のように船室が激しく揺れ動き、立っているのもままならない。
※WARNING※
船へ攻撃を受けています!
戦闘中の船内に人が居る場合、敵は船を攻撃することがあります!
船のHPが0になった場合、全員が湖に放り出されますので気を付けてください!
残りHP6000/10000
「まずいわね……。このままでは岸に辿り着くより先に、船が沈んでしまうわ……」
「リュー! 縁起でもないことは言わないでッ!」
同時に“終わりの竜”の警戒が解かれ、視線があらぬ方向に向く。進撃のチャンス到来だった。
だができることは少ない。船は湖の半分も進んでいないのだ。遺言書には泳ぐことも可能とあったが、残念ながら時間がそれを許さない。
絶望的な状況だった。
だが慌てて甲板に上がるパックとバターを尻目に、ティーには打開策があったのだ。彼女は僅かな逡巡を見せた後、それを決断する。
、
「姉さん?」
最初に気付いたのはパックだった。姉は操縦席にはいかず、入水自殺でもするかのような顔のまま甲板に立ち尽くしていたのだ。代わりにバターが船を操船している。
「聞いてシン。私が潜って敵を始末するわ。貴方は紗耶香と一緒に先に進みなさい……」
「な、何を言って……!? 一緒に船で行ける所まで行こう!? 沈んだ地点から皆で泳げば良い!」
「駄目よ。このままじゃかなりの距離を泳ぐ羽目になる。それに、貴方達はコモンアイテムだった水着を売り払ったでしょ。それでどうやって戦うの?」
「そんな!? 確かに防御力は落ちるけど、僕だって戦えるよ!? それに姉さんはどうすんの!? 湖に取り残されたら敵に囲まれて死んじゃうよ!?」
突然の提案に取り乱したパックを尻目に、ティーは信じられないと言わんばかりに目を見開いているバターに目を向ける。船は速く、泳ぐのは遅い。一度別れてしまえば合流は難しいだろう。
だが、これが最善だとティーは理解している。なにしろ雑魚敵はパーティーメンバーが船内にいないときは、船よりプレイヤーを優先して攻撃するのである。まして水中にいるならなおさら優先して寄って来るだろう。
ティーが敵を引き付ければ引きつけるほど、航海は安全になるのだ。
長い付き合いか、彼女に視線を向けたバターは言葉を交わさずとも意思を告げあっていたのだ。
「リュー……私、やっぱりあなたにはかなわないわ……」
「頼りにしてるわよ紗耶香。……弟をお願い」
言うが早いか彼女は海賊水着へと着替えを済ませる。レアアイテムだったため捨てずに手元に残していたのだ。見れば眼下には猛烈な勢いで船へと突き進むキラーホエールの姿がある。もはや悠長に別れを告げる時間は無い。
「姉さん! い、行かないで! こ、こんなお別れってないよ!?」
「シン! しっかりしなさい! ……大丈夫よ。兄さんにメールを送って拾ってもらうわ」
それ以上の未練が湧かない様に、ティーは水へとその身を躍らせていた。同時に、兄のようにすんなり別れることのできなかった自身を自嘲する。
しながらも、彼女には満足な時間さえ与えられていない。キラーホエールの巨体が躍りかかる様にして迫っていたのだ。水中にもかかわらずその動きは彼女よりもずっと鋭い。
「失せなさい」
だが、それだけだった。真正面からの突撃など、彼女にとって大した脅威ではない。その弱点である顔面の鼻っ柱に槍を突き立て、あっさりと撃退していた。
だが、既に無数の敵影が彼女を囲むように遊弋している。どうやら運の悪い事に敵の集団の真っ只中に飛び込んでしまったようだった。シャチが、クラゲが、ダツが、動きの鈍る水中で美しい彼女に引き寄せられていく。
「兄さん……これ、思ったよりキツイわ。速く助けに来て……!」
彼女が兄へと短い救援要請のメールを送るのと敵が躍りかかるのは同時だった。、
パックは無言で甲板上に佇んでいた。あれほど遠かった対岸も直ぐ近くにまで迫っている。だが、彼の表情は暗い。
彼が生まれてこの方ずっと一緒に生きて来た兄姉が、近くで支えてくれるのが当然だと思っていた2人と別れるのがこんなにも辛いとは思ってもみなかったのだ。
それでも、彼には進むしかない。兄姉は心配だが、同時に信頼してもいる。それになにより、絶対に情けない所を見せたくない相手がいるのだ。
「パック……大丈夫?」
「バター……うん。さぁ、行こう。姉さんの話だと、この新月島のどこかに手がかりがあるみたいだし……」
それは、探すまでもなく二人の目前に存在していた。新月島は元々人間側の防衛拠点であり、そこには町が築かれていたのである。既に廃墟と化した石の街ではあるものの、“終わりの竜”から身を隠すには十分である。そしてその入り口にそれはあったのだ。
廃墟の目前に錨かと見間違うほど巨大な斧が、大地に突き立てられてその存在を誇示している。実際それは斧ではなく錨なのだ。進退窮まった傭兵の女が、せめて一人でも多くの敵を倒そうとここまでやってきた証拠である。
錨の元には小さな手記が残されていた。パックはそれを手に取ると、バターと共に廃墟の影で身を隠しながら中身を読み進めていく。
『
あの子が離脱してから何日たったのかしら? 兵士君と別れたのが昨日のことのように思える……。満足に食べてなければ寝てもいない。正直な所、フラフラで倒れてしまいそう。
情けない。あのチビ神官ですら身を挺したというのに、私はこの雑魚共すら殲滅できないなんて……。
嘆いても仕方ないか。既にこの廃墟は敵戦力に乗っ取られているわ。倒しても倒しても戦力が尽きるまでは敵が地下から湧き出し続ける。それらを全て滅ぼすのは無理ね。流石の悪運か、竜騎士は大聖堂に立て籠もっているようだったけど……武器も無いこの身では合流も不可能。
……もしもあの子が無事天空都市に辿り着いているのなら、約束を守ってくれるはず。離脱前に約束したんだもの。もし私達が生きてたら、音叉塔の大聖堂の鐘を鳴らすと。彼女は涙ながらに、鐘が鳴ったら意地でも天空都市から援軍を連れて助けに来ると言っていた。
私が生き延びる道は他にないわ。……でも……ざんねんだけど、もうむりそうね。
ここのクソどもはエモノをみつけるとさわぐ!
それをめじるしにクソドラゴンがこうげきする!
おのれうすぎたないゾンビどもめが! わたしはぜったいにおまえたちなんかのなかまになんかなるものか! あぁ、せめてひとりでもおおくのみちづれを……!!
』
そこから先はページが黒ずんだ血で汚れてしまっている上に、ページ自体が戦いの衝撃で破れてしまっていて読むことができなかった。
だがパックはどうにか気力を振り絞る。重要な情報が手記には残されていたのだ。
「廃墟の大聖堂! 竜騎士の居たそこで鐘を鳴らすのか……」
「でも、これには“終わりの竜”の倒し方は書いてないわ……。それに、戦力ゲージまで…………やるしかないわね」
既に残された時間は少ない。見なくとも分かる。戦力ゲージに対しても同じことが言えた。彼と彼女には進む以外の方法は無いのである。
パックは無言で剣を取ると、静かにバターに目をやった。彼女は努めて普段通り、優しく強い笑みを浮かべている。だから再び前を向いた。愛しい女を守るためには戦うしかないのである。
完結まで、あと6話




