表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/77

LOAD GAME →城塞にて 残り時間00:14:00

 ダンジョン名“城塞”。荒れ狂う吹雪の止まぬ“凍土氷山”の小高い丘の上に鎮座する、荘厳な城の名前である。その最大の特徴は何といっても、敵だった。


 そう。“城塞”は今までに突破してきたどのダンジョンよりも雑魚敵の数が多いのだ。下手をすれば3倍近いだろう。しかもその全てがウルクで構成されており、彼らは大盾を構えて突進を企てその背後からは矢や魔法が飛んできたりと、いつになく統制が取れているのである。


 しかも単横陣を取ったウルクの大盾部隊と野戦で戦っていると、側面からは大蜥蜴の引く戦車(チャリオット)に乗った敵が無数の弩を乱射しながら突撃を図ってくるのだ。加えて吹雪の割合ダメージも嵩み、とてもではないが容易には突破できないであろう。


 従来のナーガホームでさえ、野戦を突破して城に取りつけるかは怪しい。まして、城の内部に居るボスの撃破など不可能ですらある。“城塞”は複数パーティーでの攻略が前提となった難関なのだ。


 そんな絶望的な状況下にもかかわらず、ナーガホームの面々はというと――

 

 「なるほど……」

 「姉さんあれで理解できたの!?」

 「……? シン、綺麗なトイレは生活の基本なのだけど……」

 「そこでそっち!? そうかもしれないけど、そうじゃないよ!?」


 トイレの話題で盛り上がっていた。敵の迫る雪山で、家事を担当するティーがトイレ掃除の大切さを懇々と語りパフが鷹揚に頷く。理解しがたい光景にバターは思わず悩みも忘れて頭を捻っていた。


 「……そもそも御手洗いなんてあったっけ?」

 「サヤちゃん。それがあったのだよ。しかし覚えてないのも無理はない。だって、このVRでその手の生理現象は存在しないんだから……」


 その言葉に、バターはようやく納得がいっていた。確かにこの貴重な体験会をトイレで過ごそうとする人間は稀だろう。そして、そこに駆け込む需要も存在しない。となれば、絶好の隠し場所といえる。


 「正確には……トイレの清掃用具入れだ。トイレ自体はとても綺麗なのに、用具入れだけはごちゃごちゃと汚いブラシやバケツが入り乱れていた。まるで、誰も近づきたがらない様に、な」

 「な、なるほど……確かに、完全に心理的な死角ですね……」


 鳴り響く法螺貝の音を聞き流して、バターは微妙な表情を作っていたのである。


 だが、彼らにはゆっくりしている時間は無かった。


 “城塞”から出撃した敵のウルクの大部隊が目前に展開すると、法螺貝の音に合わせて一斉に突撃を図ってきたのである。その前衛は見事なまでに大盾に身を隠し、その隙間からは鋭い槍の穂先が伸びている。


 何よりその数は100近いだろう。圧倒的な大軍勢である。


 「ふむ……。通常の敵より索敵範囲が広いみたいだな。厄介だが上手く城塞から引きずり出せれば各個撃破もできるかもしれん……」

 「兄さん!? 敵の戦車部隊もこっちの側面に回り込むように進んできている! どうする!? 逃げる!?」


 良く統制のとれた敵は100人。それ対してナーガホームはたったの4人なのである。だが、一旦引いて体勢を立て直す時間は無い。だからこそパフは、仲間たちの不安を一掃するのだ。


 「言っただろ? 各個撃破だって」


 彼は高らかに告げると、竜の身体で精一杯息を吸った。同時に口元から熱気の塊が零れだして雪を照らし出す。


 「道を開けてもらおうか……!」


 ドラゴンブレス。それは、圧倒的なまでの灼熱の濁流だったのである。


 バターは思わずやるせなさすら覚えていた。たったの2撃。それだけでウルクの軍勢は雪のように大地に溶けて行ったのである。本来なら少しずづ削っていく筈の軍勢が一度に滅んだことで膨大な量の経験値が流れ込み、高らかなファンファーレと共にレベルが上昇する。


 「……そう言えば、最初のボスもブレスは割合ダメージだったわね」


 隣にいたティーの呟きが全てを説明していた。


 正面の大部隊と側面の戦車隊は、パフのドラゴンブレスの前に脆くも崩れ去っていた。“終わりの竜”のドラゴンブレスは“始まりの竜”と同じく、最大HPの50%を削るのである。しかもボス専用の為か、消費MPは0なのだ。


 その結果がこれだった。バターはステータス画面を呼び出すと、そこに表示されているダンジョン固有の敵戦力ゲージが一度に30%近くも減少したことを悟る。このダンジョンは雑魚敵が多い分、その残量が可視化されているのである。


 「これなら……行けるかもしれないわ!」

 「……うん! 進もう!」

 

 視線に力の戻った彼女はパックに視線を向け、彼はその艶やかな唇の紡ぐ言葉に夢中になっていた。幸いにも足元に降り積もった雪も少なく、動くのに支障はない。


 膨大な数の敵に守られた城塞は、竜の猛攻の前に崩れ去ろうとしていた。




 ダンジョン“城塞”の最大の特徴は、敵の物量である。複数のパーティーが手を組んで攻略すること前提に作られたステージであり、それゆえ敵の量が非常に多いのだ。だが、欠点もあった。


 倒された敵のリポップの間隔が非常に長いのである。仮に0からスタートするとなると、完全復活に3日はかかるであろう。全てはプレイヤー達に適度な協力と競争を促すための仕組みである。


 パフはそれを暗黙の裡に悟っていた。


 「パック……! 突撃するぞ! できるだけ多くの敵を倒すんだ!」

 「後から来る有志同盟の為……だね?」


 疑問形を取っているものの、パックはその解答を待つつもりも無い。このダンジョンを正面から短時間で攻略するのはほとんど不可能である。唯一可能であるとすればそれは、他のパーティーが敵戦力に大打撃を与えた場合のみ。


 「パフさん! 城の敵が魔法を撃って来ます! あれは……フレイムレイン!?」


 城までの平野を疾走しながらもバターは見た。城にまるで花が咲くように、赤い揺らめきが生まれたのである。吹雪にも負けぬそれは間違いない。攻撃魔法フレイムレインである。


 遠く吹雪の向こうで数えるのも馬鹿らしくなるほどの炎の槍が生み出され、城に接近する愚か者を薙ぎ払おうとしていたのだ。文字通り雨の様に降り注ぐそれを生身の人間が受ければ、あっという間にゲームオーバーになりかねない。なにしろ、遮蔽物が一切ないのである。


 「兄公っ!」

 「分かってる!」


 同時にパフが足を止めると、全員を庇う様に壁となって立ち塞がった。


 「うわあっ!」

 「きゃぁっ!?」


 刹那、彼の身体が真っ赤に染め上げられる。ロケットのように発射された炎の槍が正確に誘導すると、彼の巨体に次々と着弾したのだ。ダメージだけではない。生み出された激しい暴風にパックは思わず腕で顔を庇い、バターに至っては尻もちをついてしまう。


 「とんでもない攻撃ね……」

 「あぁ。だからきっちり倒しておかないとな……!」


 しかしそれだけであった。“終わりの竜”の巨体は無数の砲撃を受けてなお、余裕に満ち溢れていたのである。それどころかその口腔には反撃の炎が舞っているのだ。


 「食らえ!」


 同時に熱気と共に大砲のような音が鳴るや、“終わりの竜”から巨大な火炎弾が発射された。パックの身体よりも大きなそれが次々と黒竜の口から放たれ、その度に小さな衝撃波が雪を舞い散らせる。


 放たれた火炎の狙いは正確ではない。なにしろ敵は見通しの悪い吹雪の向こう側なのだ。されど、そこに何の問題は無い。


 火炎弾が城に命中するや大爆発を起こし、中にいるウルク達をゴミのように弾き飛ばしていく。しかもブレスと違って割合ダメージではない分連射が可能なのだ。


 まるで爆撃を受けたように“城塞”は赤々と照らし上げられ、ウルクの数が減っていった。


 「……っ!? 伏兵よ! 蜥蜴が台車引いて突っ込んで来るわ!」


 だが、それで突破できるほど“凍土氷山”は甘くない。気付いたバターがそれを告げるのと、一部の敵が秘密の地下道を通って戦車隊で出撃してくるのは同時だったのである。


 間の悪い事に城の方からも全てのウルクが出撃したのか、前回よりも小規模ではあるものの新たな部隊が戦場に姿を見せている。しかも面倒なことにそれぞれが小部隊でまとまっていて、先ほどのように一網打尽には出来そうもない。少数ながら風鳴鳥に乗っている敵の姿まであった。


 それを見たパックの判断は速い。それこそ仲間の危機に一瞬だけ逡巡を見せた兄よりも。


 「兄さんは城への攻撃を優先して!」

 「……良いのか?」

 「一番大事なのは時間だよ! 僕たちはこんな所でゆっくりしている暇はないんだ!」


 同時にパックは気合を入れると、姉やバターと共に戦車隊へと向かって行く。見れば5両の戦車は既に備え付けられた弩をこちらに向けていた。彼らを射程に捉え次第ハリネズミにするつもりなのだ。


 だからこそ、パックは止まらなかった。ここで兄の時間を浪費して敵の接近を許してしまえば乱戦になってしまう。そうなればパフも効果的なブレスを放てなくなる。ボス専用だけあって敵味方識別はないのである。


 彼は戦闘での危険よりも時間切れのリスクを取ったのだ。そんな彼の背後で、激しい応射の咆哮が轟いていた。




 バターは不意に形容しがたい、感慨深いような気分になっていた。その理由は分からない。吹雪の中正面には山のように弩を搭載した戦車がこちらに砲塔を向けており、それから彼女を庇う様にパックが前に出ている。


 「バター! 姉さん! 僕の真後ろから出ないで!」

 「でも……!? それじゃパックが危ないわ!?」


 そう。その背中である。彼女が何時も弟分として可愛がっていたその背中は、いつの間にか彼女よりも大きくなっていたのだ。パックは振り向きもせずに、ただどこか大人びた横顔で語る。


 「僕に任せて! バターの身体に、傷一つつけさせやしないからっ!」

 「パック……」


 今までのバターなら、きっと隣に立って苦痛の半分を受け持っていただろう。だが、今の彼女にはそれが不要だとはっきり理解できていた。


 彼女の後ろを走っているティターニアもそれは同感らしく、何もする気はない。


 「来るっ!」


 同時に鏑矢を射ったような低い弦の振動音が唸りを上げ、同時に舞い散る雪を吹き飛ばす勢いで無数の弩の矢が発射されたのだ。それらは冬空に見事なまでの放物線を描いて、しかしながら正確に3人の頭上に降り注ごうとしている。


 「パック!」


 それに相対したバターは半ば本能的に、パックに魔法で援護をかけていた。彼にはそれで十分なのである。


 気合の雄叫びと共に、彼は素早丸の力を借りて雨の様に降り注ぐ矢を片っ端から切り伏せて見せた。あまりの早業にバターですら目に追い切れない。ただ雪の中を彼の白刃が火花のように煌めき、刀身が打楽器のように打ち鳴らされ、それだけで悉くを打ち払ったのである。


 思わず目を丸くしたバターを尻目に、パックは大したことでもないと言わんばかりにこう告げた。


 「戦車の蜥蜴を倒すんだ! そうすれば敵は僕たちを追い切れなくなる。後は兄さんのブレスで薙ぎ払えば良い……!」

 「パック……」


 バターは思わず感嘆の溜息を漏らしていた。


 そんな彼女を尻目にティーは弟の成長を肌で感じ取り、無言で従うことを決めた。彼女から見ても今のパックは十分に大人であり、どこかパフにも似た風格が漂い始めていたのである。


 「シン……強くなったわね……」

 「姉さん……ううん。僕なんてまだまだ、兄さんや姉さんの足元にも及ばないし」


 少しだけ恥ずかしそうに、されど敵を向いたままパックは矢の装填中の敵に突撃していく。その背中はとても頼もしい物だった。




 「……面倒な奴等だな」

 「兄さん!? 大丈夫!?」


 パフはあらかたの敵を焼き尽くした後も、蝿のように“最後の竜”の頭上を飛び回る敵の飛行部隊に手を焼いていた。3次元で動き回る敵に高射砲を命中させるのは、流石の彼でも容易ではない。


 その為、現在は目前に迫ったウルクを無視して飛び回る竜騎士に火炎弾を放っていたのである。


 「兄公! 戦車隊の足を止めたわ! 薙ぎ払って!」


 だが、時間はかかっていた。既に彼は周囲をウルクに包囲されて攻撃魔法を乱打されていたのである。その包囲網を突き崩すように、パック、バター、ティーの3人が帰ってきていた。


 「ちょっと待ってくれ! 鳥騎士に気を付けるんだ! こいつら、デトネイションを使ってくるぞ!」

 「竜騎士以上の機動性に魔法攻撃……ってことは、私達の出番ね!」


 即座に状況を把握したバターは現実に帰ると、ティーに目配せをする。高速で空を飛び回る敵を打ち落とすには、槍の複合攻撃(ユニオンアタック)が有効なのである。


 「こっちはペットが使えないのに、ズルい!」

 「全くだな!」


 同時に兄弟は女性陣を守る様に受けて立つ。見れば敵のウルク達がMPを使い切ったのか、一斉に突撃を仕掛ける所だったのである。


 「これで……堕ちなさいッ!」


 バターの気合の叫びと共に無数の槍が空を穿ち、掠めた獲物を大地へと縫い付けていく。その直上をパフの巨大な尾が振るわれ、踏みしめた低い地鳴りと共に接近を図るウルク達を纏めて薙ぎ払っていた。


 隊列の乱れた敵の大盾部隊に対し、パックが果敢に割り込んで背後に回り込む。密集陣形を敷いた彼らは、それゆえ方向転換を苦手としているのである。


 「道を開けてくれ!」


 まるで案山子を切る様に、パックは棒立ちになっているウルクの首を剣で凪いで行った。


 結果として、野戦はナーガホームの大勝利に終わったのである。ただし戦闘に加えて低温によるダメージも嵩んでいる。手早くパフが回復を図る中、パックはステータス画面を睨んでいた。


 敵戦力:●●●●●○○○○○


 「これだけ倒して、まだ半分もいるのか……」


 その圧倒的な物量にもパックは怯まない。が、流石に億劫にはなっていた。そもそも倒した敵の大半はパフのブレスや火炎弾であり、パック自身が打倒した敵の数は少ない。まして、残る敵は城塞に立て籠もっているのである。


 そこには問題があったのだ。


 「兄公……その巨体で城塞に入り込めるの?」

 「……多分無理だろうな」


 既に突撃態勢を整えたティーは弟よりも先にそれに気付いていたのである。城塞は巨大な城ではあるが、あくまで人間を基準にしたサイズである。現実世界ではないので破壊して入る事もできない。


 「えっ!? じゃあパフさんはどうするんですか?」

 「ま、仕方ないし外から援護に専念するよ。窓のある部屋なら火炎弾やドラゴンブレスも放てるしね」


 そう。パフは城塞内部への突入ができないのである。結果として彼は外から有志同盟と連絡を取りつつ、援護射撃に専念する他無い。


 だからパフは静かにそう言ったのだ。


 「頼んだぞパック。素早く、かつ多くの敵を始末するんだ……!」

 「つまり、敵を一か所に誘き寄せて兄さんの攻撃で始末するんだよね?」


 その100点満点の答えに、ラスボスこと“最後の竜”は表情を笑みに変えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ