LOAD GAME →城塞にて 残り時間00:12:00
僅かに残された、されど少しだけ余裕の出来た時間を使ってパック達は“城塞”内の敵を殲滅にかかっていた。決して楽な作業ではない。城の内部には無数のトラップが仕掛けられていて、引っかかる度に敵が奇襲を仕掛けてくるのである。
その度に3人は撤退し、黒竜の支援攻撃の傘の中に戻るのだ。幸いにも内部から魔法や矢を放つための小穴や窓がいくつも存在し、そこから逆にブレスを内部に注ぎ込むのは難しくない。
ただ、それをしたとしても敵の侵入を防ぐように作られた城塞の堅牢さは半端ではなかった。どの廊下も2人並んで進むのが精一杯の狭さであり、石でできた階段などは傾斜がきつく登る事さえ一苦労。しかもそこに上階からの援護攻撃まで加わるのである。
要塞に閉じこもった敵との戦いは、野戦を越えるほどの厳しい物だった。それでも、“最後の竜”の援護のお陰でどうにかボス部屋にまでたどり着いたのである。
お馴染みとなったボスの扉の前で、パックは緊張した面持ちのままポップアップメッセージを読んでいた。
※WARNING※
この先には特別に強い敵がいます!
一度に挑めるのは1パーティー6人までです!
一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!
「……ついに、ここまで来たね」
「そうね。思ったより時間がかかってしまったけれど、ここさえ突破できれば逆転の芽はあるわ」
口を一文字に結びつつもどこか光の宿る目をしたパックに、ティーは宥める様に答える。それはパックの為ではなく、顔色の悪い親友の為なのだ。
本来賑やかな彼女も凍土氷山に入ってからは明らかに口数が減っている。それはひしひしと伝わるプレッシャーの為だ。彼女には貴重な時間を費やしてまで“城塞”の敵を殲滅する必要があるのかどうか、分からなかった。
もしかしたら、自分で自分の首を絞めているのではないか。そんな嫌な妄想が頭を離れなかったのである。初めはずっと我慢していたそれが、ついに表に出始めたのである。
どこか影のある表情の彼女の目の前では、あっさりと扉が開いていた。意外なことにその奥に見えたのは室内ではなく、何もない広場であった。
錬兵場、つまり兵士が訓練するためのスペースである。ボスはそこで待ち構えているというわけだ。
「兄公も来たみたいね」
同時にティーがさっさと足を進めていく。彼女の視線の先では、パフが外から手を振って待ち構えている。手どころか尻尾まで振っていた。しまいには調子に乗ったらしく翼まで動かし始めている。そして慣れぬ巨体のバランスを崩したのか、盛大に転んでいた。
どこかコミカルさを感じるその動きにパックも自然と頬を緩ませ、その蚊の鳴くような囁きを確かに聞き届けていた。
「……駄目だな……私……」
「バター?」
声の主たる女の、縋りつくかのような声色にパックの心が色めき立つ。
「パックは凄いね……。こんな絶望的な状況でも、必死に戦えるんだもの。それに比べて私は……」
「…………」
兄に似て飄々と進んで行くティーとは対照的に、彼女は怯えていたのだ。これが短時間の絶体絶命の危機なら彼女は耐え切れただろう。だが、それが長時間にわたって続いたため、精神をすり減らしていたのである。そしてそれは彼女の戦いにまで影響を出し始めていた。
それがますます彼女の精神を追い詰めていくのである。そして、ついに限界を超えた彼女の心が悲鳴を上げ始めたのだ。
それはパックになら聞かせても良い、彼女の本音だった。彼だけは長家家の中で、弱みを見せたくない相手でも、見せられない相手でもないのである。
「馬鹿みたい。私、ずっとティーには負けたくなかった。ライバルだと思ってた。でも、違った。今のざまを見れば間違いないわ。私、年下の男の子にも負けるほどの弱い女だったんだわ……」
「そんなことないよ……! バターは僕が知ってる中で、一番頼れるよ!」
慌てて取り繕うパックに対し、バターは寂しそうに笑う。間違いなく彼の本音なのだが、今の彼女にはそう受け止められなかったのだ。
「ありがとう。でも、もう良いの。良く分かったわ。私、きっと、一生かかってもリューには勝てない。並び立つどころか、足を引っ張ることしかできないんだわ……」
気の強い彼女の意気消沈に、パックは我がことのように慌てていた。彼にもその気持ちが痛い程理解できたのだ。いや、むしろバター以上にそれを実感していて、諦めてかけてさえいる。
ただ、彼には一つだけ意地があったのだ。絶対に兄姉に負けられない、ちっぽけな意地が。
「ねぇ、シン君。シン君は怖くないの? もしかしたら、時間を浪費したせいでみな死んでしまうのかもしれないのよ?」
「僕だって怖いよ……。……でも、」
思わずハッとなったパックは口をつむいでしまう。しかしながら憔悴しきったバターの視線に逆らえず、貝のように閉じられた唇が自然と動き出していた。
「貴女の前だから……」
「えっ?」
彼が心の底にずっとしまっていた言葉に、ティーは虚を突かれたようにポカンとしていた。それはパックもである。彼は胸を張って兄に勝てるまでは、決して口にするつもりが無かったのだ。
パックは言うが速いか、真っ赤になると顔を伏せたまま錬兵場へと足を進めていく。その歩みはどんどんと速くなっていた。
「ね、姉さん! ボスは何処!?」
一方、バターは一人立ち止まって考えていた。
パックが慌てて駆けよれば、いつの間にか地面に空いた地下道の入り口から巨大な人型が現れ始めた所だったのである。短めの2本脚に長めの2本腕。移動の為かやや前傾姿勢を取って、大地に腕を突き立て巨石でできた重たい身体を支えている。
その灰色の石でできた身体の各所を守る様に、巨大な宝石やガラスでできた装飾品を身に着けている。黄金でできた兜に、水晶でできた背嚢、七色の宝石で作られた鎧は悉くが巨大で美しい。中でも一際大きく立派なガラス玉が胸の中心に据え付けられている。
だが、それらはいずれも派手ではあるものの戦闘用とは思えない。
その人工の巨人は、立ち上がった“最後の竜”にも匹敵するほどのサイズである。
“ジュエルゴーレム LV90”
無数の石が積み重なってできた巨体は、装飾品によって雪のように光を反射してキラキラと輝いていたのである。同時に背中の背嚢からは無数の武器が透けて見えている。
「距離を取れ! 俺のブレスで始末する!」
同時に黒竜がボスを一睨みする。それが戦闘開始の合図だったのだ。
パフの言葉にティーとパックは素早く後退すると、それぞれ遠距離攻撃にでる。同時にゴーレムも巨大な拳で大地を叩きつけて地震を巻き起こすと、いつの間にか現れたウルクの竜騎士隊と共に攻撃を開始していた。ボスの最大の武器は背中に抱えた大量の武器なのである。遠距離相手なら鞭と弩で。近距離なら大剣で。あらゆる物を力任せに薙ぎ払う。
圧倒的な攻撃力と防御力に裏打ちされた多彩な攻撃は、本来なら深刻な脅威としてプレイヤー達の前に立ち塞がるはずであった。
「どうにかして、2撃耐えろ!」
「任せて! そのくらい余裕だよ兄さん!」
“最後の竜”以外の相手ならば。
ボス戦に突入したのを良い事にパフは場外から壁を乗り越えて錬兵場に乱入すると、そのままボスの正面からドラゴンブレスを吹きかけたのである。雪を、そして水晶や宝石を溶かすように灼熱の光が“最後の竜”の咢から漏れ出し、ボスが彼を鞭で一蹴するよりも先に赤き奔流を打ち放っていた。
そして、たったそれだけでボス戦は急速に終わりを告げようとしていたのである。
「圧倒的ね……」
ティーはパフのブレスによって焼き尽くされて崩壊したボスの成れの果てに、微かな同情すら込めていた。ジュエルゴーレムの絶大な装甲も、防御無視の割合ダメージの前では意味が無いのである。
「分かってはいたけど、たったの2撃か。呆気ないな」
竜の姿になったパフの内心を、パックは察することはできない。ただ、声にどこか呆れたような響きがあるのは確かだった。見れば空を飛んでいた敵も、ボスの戦死に合わせて撤退してしまったようだ。
「兄さんのブレスって、相手のHPの50%のダメージ?」
「あぁ。正確には相手の最大HPの50%で、端数は切り上げ。回復手段を持たない相手なら、2発でやれる計算だな……!」
そうしてパフは竜の姿のまま、ニヤリと笑った。パックもそれにつられて肩の荷が下りる。
パフの言葉が確かなら、例えラスボスだろうと彼の前には2回の攻撃で倒される運命にあるのだから。
「ちなみに、“最後の竜”に回復技は無いぞ? ブレス以外で一番威力の高い攻撃は噛みつきだけど、これはどうも頭部のクリティカルを狙いに来たプレイヤーを撃退するための技っぽいな。普通に遠くからブレスを使えば、楽に倒せるさ……!」
後は言うまでもない。3兄姉弟は気が付けば笑っていた。会心の笑みだった。
「後はどうにかしてボスのいるダンジョンを見つけ出すだけね……」
「いける……! これならいけるよ……! やった、やったぁ! 僕たちみんな、生きて帰れるんだッ!」
歓喜の声が響き渡る中、バターもおずおずとその輪に加わっていた。
「帰れる……帰れるの……ね。良かった……ッ」
彼女は吹っ切れたのか、どこか安堵したように落ち着いていた。今のバターはさっきの事を思い出して赤面しているパックに、優しく笑いかけてやる余裕すら取り戻している。
あの言葉の意味について考えるのは、ひとまず棚上げにしたのだ。帰ってからでも遅くは無いのだろうから。
同時に錬兵場の壁の一角が壊れると、その向こうには4匹の大蜥蜴たちが待ち構えていた。いずれもが寒そうに縮こまりながらも、乗客が乗り込むのを今か今かと見つめている。
橇であった。
彼らはプレイヤー達を乗せて最後のステージに移送するのが目的なのである。
「兄さん姉さんバター! 帰ったら、皆でご飯食べに行かない? ゲームに負けない、とびっきり美味しいやつ!」
「良いわねパック! 何にする? お肉、それともお寿司が良いかな?」
呑気な会話に、されどティーは浸る様に目を閉じる。彼女をして感傷的な気分にならざるを得なかったのだ。この現実時間にして8時間程度の間に、ナーガホームの面々は一生物の体験を数え切れないほど経験してきたのである。
良い意味でも悪い意味でも、夢のような時間だったのだ。
「えーっと、その、バターはどっちが良いの?」
「そうね……。焼きに……いや、やっぱりお寿司が良いかも!」
「えっ、良いのバター!?」
思わず目を輝かせたパックの微笑ましさに、バターは思わず破顔していた。すっかり頼れるようになった彼とは似ても似つかないほど、その顔は幼かったのである。もっとも、だからこそ彼女も彼に対して気を許しているのである。
彼女は格上の相手に対しては、無意識の内に気を張ってしまうのだから。
「……兄公。お財布は大丈夫?」
「……ま、何とかなるだろ?」
既に吹雪も止み、透き通った冬空には満天の星が瞬いている。その中を蜥蜴の引く橇にのって雪山を駆け下りるという幻想的な状況にも関わらず、ティーはいつもと同じマイペース。
変わらぬ彼女に対し、兄は静かに苦笑していた。だが、確かに二人とも笑っていられたのだ。
だが、4人はまだ知らない。この先の最終ステージには、間違いなく最強の敵が待ち構えていることを。
その敵に対し、かつてない程の苦戦を強いられることを。
「雪が減って来たわね。それに、なんだか暖かくなってきたわ」
そうして橇は麓に辿り着いていた。背丈の小さい草たちがのんびりと繁茂した空間、すなわち平原である。
“ナーガホーム”最後の冒険が始まろうとしていた。




