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「待て!? 何のことだッ!?」
「貴方の事よ。スターファイア」
掛け値なしに驚愕して目を見開いたスターファイアに対して、ティーは汚い物でも見るかのような極寒の視線を送る。パックは驚きのあまり、思わず姉の正気を疑っていた。
彼女はいつもと変わらなかった。
「わ、笑えない冗談はやめてくれ!?」
「冗談は好きじゃないの。兄さんと違ってね」
彼女は即答するや、パック同様に目を剥いたバターを尻目に槍を構えると、可愛そうなほど動揺しているスターファイアの首元に突き付ける。
鋭い風が吹き、小石が断崖から虚空へと落ちて行った。
「ね、姉さん? 何を言って……?」
「パック! 下がりなさい! 敵は目の前よ!」
「ちょ、ちょっとティー、落ち着きなさいよ!」
ティーはその周囲のとろさに苛立ちを覚えていた。無理もない。彼女は兄と同じく理屈よりも勘を重視するのだ。
今回も彼女は証拠など持っていない。ただ、女の勘が目の前の男を疑っているのだ。たかが勘、されど勘。彼女は自身の勘に自信を持っているのである。
――彼女が信頼する兄も、彼女の勘には信を置いているのだから。
とは言え、それでは世界を動かすことはできない。ティーはそう思い直すと、油断なく槍を構えながら理屈をこじつける事にした。
「おかしすぎるのよ。何故槍使いの貴方が剣を持っているの? エーシィなら剣士のヘルキャットかテンペストが持ってるはずよ」
「それは……!? 見つけた時はまだ2人とも装備要件を満たしていなかったからだ! ティターニア、どうしたというのだ!? 君も追い詰められて錯乱しているのではないか!?」
「ウィドウの性格から、その手のアイテムは真っ先にあの子が持ちそうなものだけど?」
「あいつは、あの時アイテムが一杯だったのだッ!」
ティーは理不尽なほど、スターファイアの有罪を決めつけてかかっていた。そこに理屈は無く、ただの感情論である。
「……兄さんは言っていたわ。有志同盟に裏切者がいると……。オラクリストじゃない。あれが反旗を翻してからも、PKはこちらの動きを読み切っていた。間違いない、裏切者はもう一人いる」
パックはその口論を呆然と眺めていた。彼はスターファイアが悪人には見えなかったのだ。彼は太古の森で詰め寄られたパックを助けてくれたり、夜の遊園地でゾンビを動けない様にしたりと、地味ながらパーティーにも貢献しているのである。
「それが私だというのかッ!? 冗談じゃないぞ!? 一緒にカルカロドンやクリスタル・ドラゴンと戦ってきたじゃないか!」
「そうね。といっても、レベルの低いあなたは後ろで援護に徹していたわ。何時でも味方を裏切れるポジションで……ね」
「やめてくれ!? そんな言い方は!」
パックにできる事はただ一つ。バターと顔を見合わせる事だけだった。
「どうしてそう思うのだ!? 証拠でもあるのか!?」
「あるわ……!」
ティーの返答に、スターファイアは怯んだ様に後ろに下がった。だが、その表情は直ぐに破顔することになる。
「勘よ」
「な、なにッ!?」
「女の勘。間違いなく貴方は、疑わしい……!」
もはや証拠でも何でもないそれに、スターファイアは拍子抜けしていた。彼からすれば貴重なクトネシリカを提供しているにもかかわらずこの仕打ち。彼のメンツは丸つぶれだった。
「姉さん……、流石にそれはちょっと……」
「何を言ってるのパック」
苦笑しながらそう言うパックに、ティターニアは真顔で応答していた。彼はぎくりとしていた。その表情に姉が確信していることを悟ったのである。
スターファイアがどうにか誤解を解こうと朗々と述べる中、ティターニアは言ってのけたのだ。
「貴方、私より男を見る目があると思っているの?」
「……っ!?」
隔絶した美しさを誇る姉、竜子。彼女はそれ故男からの誘惑に晒される立場であり、必然と男を見る目にも磨きがかかっているのだ。それこそ、パックの常識やスターファイアの弁明など、軽く凌駕するほどに。
「パック! バター! 君たちからも何とか言ってやってくれ!?」
「2人とも、武器を構えなさい。敵を始末するわ……!」
2人から迫られたパックは、困惑しながらも本能的にバターを庇う様に前に出ていた。
「パ、パック……!? どうしよう……?」
「バター……大丈夫」
――決めなくてはいけない。兄がいないこの場にて。
パックの頭はフル回転して答えを探っていた。ティーから寄せられる助力でも、スターファイアから寄せられる懇願でもない。
混乱しながらも無意識的に彼を頼った、バターからの信頼の為に。
「…………」
答えは決まっていた。パックは剣を手に取ると、スターファイアに助け舟を出していた。
「スターファイアさん」
「よかった! 分かってくれたのだな!?」
バターは見た。その時のパックの顔は、彼の敬愛する兄にとてもよく似ていたのだ。
「ステータスを見せて下さい」
「な、なに? まさか……君まで疑うのか!?」
「ステータスです。もし貴方が裏切者なら、PK同様ステータスが弄られているはずです」
バターが即座に納得の色を思い浮かべる中、ティーもまたその手があったかと弟の知恵に内心で拍手を送っていた。
「そんな物、見せるまでも無くクリスタル・ドラゴン戦では君たち以下のダメージしか与えられず、受けるダメージも君たち以上だったではないか!?」
「ステータスを見せて下さい。それだけで話は済むんです」
龍樹のように静かな瞳を湛えたパックに、思わずスターファイアは引き下がっていた。彼はしょうがない奴だと言わんばかりに苦笑いすると、パックに言う。
「家畜の分際で生意気な」
宣戦布告だった。同時にバターが槍をスターファイアに叩き込み、彼はそれを胴体に食らいながらも、その勢いを殺さずに後退して態勢を立て直す。
その顔にはいかにもつまらなさそうに侮蔑の表情が浮かんでいた。同時にクトネシリカをアイテム欄に戻すと、槍を構えて相対する。迸る殺気を、ティーは正面から受け止めていた。
「……有志同盟は、最初から貴方たちPKがプレイヤー側を効率良く管理するための道具だったのね」
「いかにも。全く面倒な女だな。黙って男に従っていれば良い物を!」
それが、スターファイアの本性である。彼の仕事はヨロレイホーの代わりに有志同盟を通じてプレイヤーを管理し、情報を収集しつつ最適なタイミングで恐怖と絶望をばらまく事なのだ。
PK実働部隊のネウロポッセやオラクリストとも違う、特殊な役割を担うPKなのである。
「お前……! 姉さんやバターから離れろ!」
「ふん、小僧、速い所死ぬが良い! 俺はこれからあの灰色の魔法使い相手に一芝居打たねばならんのだ」
同時にスターファイアが放った竜炎槍が轟音と共にパックを襲う。高い誘導性にPKの攻撃力が乗ったそれを、彼は素早丸の加速でもって辛うじて躱していた。
同時にバターが“スキップ”を唱え、戦闘準備を整える。
「あぁ。先に言っておく」
一触即発の空気の中、スターファイアはパックが見たことも無い程下種な顔を作っていた。
「ティー、バター、私の靴を舐めるなら命までは取らないでおいてやるぞ?」
「ハッ! 冗談キツイわ屑野郎!」
そのいやらしい表情を、されど慣れ切っているバターもティーも一顧だにしない。男が思っている以上に、女は強いのだ。
「あんたの靴を舐めるぐらいなら、ゾンビとキスする方がマシよ!」
「そうね。ゾンビは少なくとも、二股はかけないわ……」
「ふん。後悔するぞ糞女ども!」
同時にバターとティーがスターファイアを包囲するように動く。パックも自然と足が動き、最愛の姉と女を悪漢から庇う様に前に出ていた。ティーは弟の成長を感じ、本気をだすことにする。
もう、彼を守ってやる必要も無いのだ。
「良く言われるわ。……小っちゃい男にね」
「黙れ! お前たちは確かに我がツベルクの最大の敵だったよ。だが、それはあくまであの男がいたからだ。頭脳の無い手足に意味は無い。まして貴様らの灰色の魔法使いは、我らが白の賢者には勝てんッ!」
「……なら貴方は、取るに足らない蛇の舌って所ね」
姉の至極どうでもよさそうな声音は、確かにスターファイアの神経を削ることに成功していた。隠しようもない苛立ちが槍の穂先を揺らす中、彼は必死にクールダウンしていく。時間だった。
3人の背後で影が蠢いたのだ。同時にバターが鋭く警告を発する。ネウロポッセだった。
「遅いぞネウロ! 何をやっている!? ……オラクルはどうした!?」
「……あの子なら道中で蜘蛛相手に遊んでるわ。あと、命令しないで。私は貴方の部下じゃない」
パックはドキリとしたまま、2人が前を警戒しているのを確認してからゆっくりと振り向いた。大きめの斧を担ぐ、マフラーを巻いた女。ナーガホームとは都合3度目の対面となる、PKネウロポッセである。
状況は悪かった。一人でも強いPKが2人。
パックの頭が瞬時に解答をはじき出す。
「姉さんバター! 僕がネウロポッセを殺る!」
「シン?」
パックの生まれて初めて湧き上がる迫力に、ティーもバターも思わず気圧されていた。彼は守るべき弟から、頼れる男へと羽化したのである。バターは内心でそれを喜び、また信じることにしていた。
「ティー! やるわよ! この屑野郎はここで潰すしかないわ!」
「…………でも……そうね」
ティーの頭を一瞬だけウィドウが過ったのである。斧使いは剣士相手に分が悪い。まして、一発でも攻撃を貰うと死にかねないPK相手では、今頃彼女の命運は……。
「私の相手は君? まぁいいわ。あの男の弟ですもの。殺す価値はある」
「言ってろよ! お前なんか、兄さんや姉さんの手を煩わせるまでも無い!」
同時にパックは切りかかっていた。既に仕込みは済ませている。小細工は彼の兄だけの特技ではないのだ。
同時にバターやティーも戦いに移っていた。即座に槍雨乱舞を唱えると、無数の槍をスターファイアに向けて十字砲火を放つ。彼はそれを転がる様にして回避していた。
ここは天空都市。彼はそのまま崖下に飛び降りると、落下しながらも愛鳥を呼び寄せて戦闘に突入する。
無論ティーもバターも、それを黙って見逃す程お人好しではない。即座に自分達の風鳴鳥を呼び寄せると、距離を取らせまいと追い縋る。
「バター、分かってるわね」
「言われなくても! 距離を取られたら、私達は蜂の巣よ!」
距離を取りたいスターファイアと、そうはさせまいと追い縋る2人。急速に遠ざかっていく3人の背後では、パックが渾身の一撃をネウロポッセに放っていた。
「アメリアの、みんなの仇! 取らせてもらう!」
「無理よ。でも安心して。直ぐに再会させてあげるわ」
パックが距離を詰める間に投げ放たれた斧を、彼は激しい衝撃と共に斜めに弾き返していた。そのままテイルウィンドを唱えて大地を疾走すると、斧よりも先に無手のネウロポッセへと襲い掛かる。
「無駄よ」
パックの空気を切り裂く白刃を、女PKは躱そうともしなかった。逆に積極的に頭部で受け止めると、クリティカル表記も気にせずにパックを強引に抱き止めて動きを止めてしまう。
「なにッ!?」
「死ね」
パックが気づいた時にはもう遅い。
真後ろから断頭斧が唸りを上げて迫っていて、
「そんな攻撃は、効きはしないっ!」
即座にパックが使ったのは剣術スキルレベル9、アメリアが愛用していた木の葉落としである。
幾多の戦いを潜り抜けて来たパックには、背後を見ずとも音だけで斧が何処まで迫っているかが手に取るように分かるのだ。後はタイミングを合わせて体をずらすだけ。
「ちっ! 面倒な!」
「食らえェェッ!」
刹那、ネウロポッセの身体を強制クリティカルの白刃が切り裂いた。これで4撃。それによって敵のHPは25%ほど削れている。
同時にパックは深追いを避けて距離を取り、ネウロポッセはその隙にアイテムで回復していく。歯痒い事にこれで彼女の傷は消え去っていた。
「残念ね。貴方じゃ私は倒しきれないわ。いくら強くとも、物量の前には降るほかない……」
「……なら、やり方を変えるだけだ」
同時にパックは期待の籠った眼を空へと向けていた。そこには彼の愛鳥が、大きな翼を広げながら獲物を狙う隼のように飛んでいたのである。
その鋭い爪が沈みつつある陽光を受けて煌めいた。パックは慎重に攻撃のタイミングを計っていく。
だが、ネウロポッセも馬鹿ではない。彼女は散々コケにされたパフに恨みを募らせ、復讐の機会を窺っていたのである。
彼女の斧が、一際鈍く光った。斧スキルレベル8“大斧断首”。それはウィドウが一矢報いるべく必死で磨いた、復讐の牙である。その効果は、攻撃が多段ヒットすること。どんなに小さい一撃でも多段ヒットするようになるのだ。ましてや正面からクリティカルなど叩き込もうものなら、下手をすればボスすら一撃のもとに粉砕するほどの威力がある。
「死になさい。塵に還るが運命よ。蜘蛛の後を追うが良い」
まさに必殺の一撃を、パックは躱さざるを得なかった。かすり傷でも致命傷になる。それがパックに死の恐怖と共に回避を強要していくのだ。
身近に迫った恐怖は、されどパックの闘争本能に火をつけていく。
「無駄ァッ! そのセリフは、当ててから言うんだねッ!」
気を吐くのとは対照的に、パックの脳裏を一抹の不安が駆け巡る。
一言では言い表せない複雑な関係にある、ブラックウィドウの事だった。彼女もまた復讐の機会を得て、同時に窮地に陥っていたのだった。




