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LOAD GAME →ベガにて 残り時間00:80:00

 蛆と蝿の湧いた、正視に耐えない動死体(ゾンビ)。心持ち不快な臭いまでも湧き上がるそれにパックは首を絞められ、混乱の極みにあった。


 「がッ! ……ゴボッ! は、離し……グッ!」


 そのグロテスクな姿がパックの思考をかき乱す。本能が不潔極まりない物体の接触に鳥肌を立てて不快感を訴えているのだ。だから、彼は自分が毒と麻痺状態に陥っていることにも気づかない。


 再びの怖気が走る遠吠え。だが、同時に光明が差していた。


 カンテラをパフに投げ渡したティーが、躊躇なく汚物に正拳突きを放ったのだ。押し倒されたパックから弾き飛ばされたそれに向けて、渾身の回し蹴りを放って壁に叩きつけていた。


 “CRITICAL!”


 「パック!? しっかりするんだ!?」


 同時に状況を把握した兄が、即座に回復アイテムを投与してパックの状態異常を治療していく。彼は驚愕のあまり、血の気が引いた顔をしていた。


 「このッ! 大人しく成仏なさいッ!」


 同時に、壁際に追い込まれたゾンビを一方的にティーが格闘技を叩き込んでいく。見惚れる様な美しさの拳が次々と汚らしいゾンビの胴体に突き刺さり、その度に敵の悲鳴が上がって肉汁が噴き出した。


 体を汚すそれを、ティーは顧みもしない。


 「弱点はお腹のようね……」


 床に崩れ落ちたゾンビの中で最もグロテスクな部位を、ティーは容赦なく踏み抜いていた。


 同時にゾンビが動かなくなり、ドロップアイテムとして“E”のカードキーが手に入る。間違いなく、“E”nemyの“E”だった。


 「み、みんな気を付けて!? そのゾンビ、倒したのに消えないわ!?」


 最初に気付いたのはバターである。それどころか、ゾンビのHPゲージは一行の前で緩やかに回復し始めていた。彼女の顔は色を失った彼女は、それでも歯を食いしばって我慢する。


 ブーツの踵が腹部を踏み抜き、グニャリとした他に形容できない不愉快な感触と共にHPは再び底をつく。だが、見てる端から回復していた。


 「Fuck! ど、どうなって……Nah! に、逃げるですッ! Hurry!」


 同時にアメリアが恐怖に彩られた表情で泣き叫んでいた。同時にパックが即座に扉を開き、真っ青になって絶望していた。


 外には、積み重なる様にしてゾンビたちが集まっていたのだ。泡食った彼が慌てて扉を閉めると、同時に扉をガンガンと殴りつける音が響き始める。


 「くっ!? まずいわ! このままじゃ!?」

 「落ち着いてバター」


 ガタンガタンと引き戸の扉が激しき揺さぶられ始め、パフとスターファイアが必死の形相で扉を押さえつける。


 「くそッ! 冗談キツイな!」

 「全くだ! 奴等を見たか? 攻撃力自体は低いが、攻撃を食らうと麻痺と毒のコンボで戦闘不能! 数も多いし危険すぎる!」


 男3人がかりでも、次第に扉の反動は激しくなっていく。扉の向こうではゾンビたちが獲物を貪ろうと、扉に体当たりしているのだ。


 泣き喚く寸前のアメリアが加わり、それでも扉の圧力の方が強まっていた。このままでは突破は時間の問題だった。


 「兄公!? 魔法は?」

 「補助系統だけだ! 武器と同じく戦闘用は使えない!」

 「に、兄さんどうしよう!? このままじゃ扉が!?」


 パフは表情を曇らせていた。そう、手に入れたカードキーは全部で4つ。このゾンビの彷徨うホテルの中で、最後の一つを探さなくてはならないのだ。


 「ティー!? 手を貸して! これ、使えるんじゃないの!?」

 「――ッ! 今行くわ!」


 そこで調子を取り戻したバターが、室内にあったロッカーを見つけ出す。ご丁寧に容易に動かすことのできるそれで、敵の体当たりの間隙を見計らって扉を塞いでいた。


 同時に激しい体当たりの音は続くものの、ひとまず扉の振動は収まっていた。


 だからこそ、アメリアは恐怖に染まった顔で正真正銘の悲鳴を上げていたのである。


 「Gaaak!? Oh my God!? Oh my God! Oh my Godッ?!」


 同時に流石のパフをして顔を顰めざるを得なかった。扉と一体化したロッカーに、HPゲージが表示されたのである。それが衝突の音と共に10%ずつ減っていく。


 既に半分程度しか残されていない。残された希望は一つだけだった。


 「皆、静かにするんだッ。ティー、カンテラを消して照明を落とせッ」


 彼は焦りのあまり小声で叫ぶという離れ業をやってのけていた。気配を隠すことにしたのである。


 「Pufff!? Puff!? ど、ど、どこにいるですッ!? こ、怖いです!? 置いて行かないでェェェッ!?」


 だが何も見えない真っ暗闇の中で、直ぐそこまで敵が迫っているのをやりすごすという恐怖にアメリアは負けていた。手探りでパフが駆けつけて抱き締める頃には、もう扉のHPは30%も残されていない。


 「……パック? 分かってるわね?」

 「……もちろん。大丈夫」


 一方で引き攣った顔のパックは、押し殺した姉の声で幾許かの冷静さを取り戻していた。彼の頭脳はようやく恐怖を克服したのである。


 明かりが消える寸前、怖気づく寸前にまで追いつめられたバターの顔が彼の勇気を奮い立たせたのだ。


 「Ay……ぐすっ」

 「……大丈夫だから……な?」


 パフは妹と弟の考えていることを気配を通じて察していた。ギュッとくっついたアメリアを優しく撫でで慰める。


 そこでようやく扉を叩く音が小さくなっていた。真っ暗なのでHPがどれだけ残っているのかは分からない。ただ、耐えてくれることを祈るしかないだろう。


 やがて音が完全になくなって、暗闇だけが残る。誰も動かない。誰もしゃべらない。意を決したティーが照明のスイッチを入れ直したのは、たっぷり5分間息のつまる闇を体験してからだった。


 扉の向こうに気配は――ない。


 それに気付いたバターは、無意識の内に肺にため込んでいた空気を盛大に吐き出していた。部屋は薄暗いものの、近くにいる互いの姿がどうにか確認できている。


 「兄公、どうする?」

 「進むしかないだろうな。ゾンビと一緒に強制睡眠は御免だ」


 その言葉にアメリアの押し殺した悲鳴が響いていた。戻った明かりは、床に崩れたゾンビの死体も露にしたのである。


 一方のバターは直ぐ近くで冷静さを取り戻したパックと、生来のティーへの負けん気を発揮してどうにか戦う勇気を取り戻す。


 「……スターファイア。外の様子はどうだ?」

 「音はしない……。もちろん、ゲームの仕様かもしれんがな」


 同時にロッカーを退けたスターファイアが扉を再び露にする。彼は混乱の極致の中、ひたすらゾンビが蘇らない様に攻撃を加えていたのだ。密かな功労である。


 「あまり遠くには行くな。はぐれたら一巻の終わりだぞ……」




 そろり、と音のないホテルの最上階の扉が開かれる。最初に出たパックは、口は動かさずに身振りで安全を伝える。相変わらずの暗闇だが、レストランの窓から眩い夜景の放つ光が入っているのである。


 同時に息を殺した忍び足で5人が続く。前衛を速さの高いパックとバターが、後衛を落ち着いたものの恐怖で戦えそうにないアメリアをパフが守りながら進む。


 暗闇の中でパックは必死に目を凝らしていた。視線の先のエレベーターは明かりがついておらず、使えそうにない。


 「パック、階段を使いましょう……? 確か南と北にそれぞれあったはずよ?」

 「うん。そうだ……ね」


 幸い階段は直ぐ近くに存在する。そして、気が付いたことが一つ。このホテルは非常に背の高い作りであるものの、ゲームの仕様か階層自体は少ないのである。


 ただそれでも、パックは苦々しげにそれを見るしなかった。


 “13階”


 一番下の地上は遠い。


 同時にアメリアが恐怖に引き攣る気配が伝わる。薄暗い空間でそれが伝染する前に、パフは先手を打っていた。


 「後ろにゾンビだ。こっちに寄ってくる。でも動きは速くない。このまま歩いて進めば大丈夫だ」


 同時にパックの脚は止まっていた。階段は通路以上に暗く、ほんの1メートル先を見るのも覚束ない。そしてなにより濃厚に伝わってくる、何かを引きずるようなゾンビの足音。


 「パック、大丈夫よ。重要なのは“音を立てないこと”よ。ゾンビは集団で囲まれない限り、問題ないわ。むしろ戦いの声や音で敵を引き寄せないようにしないと……」

 「バター……」


 ほんの少しだけ怯えた彼の気配をバターは明確に感じ取っていた。不思議なことに、彼女は恐怖よりも勇気が勝っているのである。情けない姿は見せられないのだ。


 2人が意を決して階段の踊り場に進んだ時だった。


 「――ッ!?」

 「なにっ?」


 突如静寂を切り裂く轟音が鳴り響き、背後のゾンビの気配が一斉に湧き上がる。見なくても分かった。奴等が立ち上がって戦闘態勢に入ったのだ。


 「バター? ……これは……!?」

 「……? リュー? 龍樹さん? リューッ!?」


 即座にバターは気付く。階段の防火シャッターが下りたのだ。慌てて向こう側から叩く音がするものの、開く気配は無い。


 そしてそれどころでもなかった。パックの足元で一斉に気配が爆発したのである。


 「兄さん!? 姉さん!?」

 「パック! やられた、罠だよ! 2人は先に進むんだッ!?」


 パックにも余裕が無い。階下から怨嗟の声が響き始めていたのだ。


 「嘘!? やだっ! パックどうしよう……?」

 「バター、前に進むもう! ここに残るのは危険すぎる!」


 かくして、ナーガホームは2つに別たれたのである。




 パックは、狭いスペースでバターと身を寄せ合って隠れていた。分かったことが一つある。あのゾンビは聴覚は良いものの、眼球を失っているせいか視力はほとんど無い。ゆっくりであれば近くで動いても大丈夫なのだ。


 「…………バター。大丈夫みたい」

 「……ふぅ。良かったわ。」


 何のことは無い。2人は――大音響を奏でていたのだ。バターはあらん限りの力でゾンビに罵声を飛ばし、パックはシャッターを渾身の力で殴り続けた。


 そうすることで敵を引き付け、兄姉たちが逃げ切るのを援護したのである。同時にバターがギリギリまで敵を誘き寄せた所でテイルウィンドを唱えて、パック諸共大ジャンプで敵を頭の上を飛び越えたのである。


 ホテルは高さの割に階層は少なく、従って天井もゆとりある高さに設計されているのだ。


 そして頭を飛び越えた2人は下の階に一直線に飛び降りて距離を取ってから、抜き足差し足で隠れ場所を探したのである。


 「行こう」


 呟くと同時に、パックはバターの手を引いて闇へと足を踏み入れる。ここは3階の踊り場の近くである。階段が物で邪魔されて、これより下に降りれないのだ。


 視力の利かない暗闇の中、ぎゅっと固く握られた手から伝わってくるバターの暖かさにパックは興奮していた。劣情ではない。それ以上に、彼女を守ろうとする強い意思が湧きだしてくるのである。


 「待って、パック。あれを見て」

 「……あっ!」


 バターの指さす案内板に、決して見逃せない物が書かれていたのである。


 “SHOPPING MALL← →TERRACE”


 うっかり見逃しそうになったそれは、最後のカードキーの在処である。ホテルのテラスは3階で外に張り出すような形で存在したのだ。草木溢れるそこは、間近から浴びせかけられるネオンによって眩しい程だった。


 すっかり暗闇になれてしまったパックは、思わず目を覆ってしまう。今度はバターが繋いだままの手を引いていた。


 「夜だけど、久しぶりに明るいわね。ここなら戦っても大丈夫かも」


 細められた彼女の視線の先では3体のゾンビが蠢いている。バターは怯むことなく全員の死角に回り込み、内一体をテラスの外に蹴落としていた。グチャリという肉の潰れる音にゾンビが一斉に反応する。


 バターはそれに動じない。既にゾンビの動きを見切っている。すり足で僅かに後退して距離を稼ぎ、それでゾンビの行動半径から抜け出していた。彼女の目の前で駆け出したゾンビは立ち止まると、そのまま元の場所に戻っていく。


 そしてその隙にパックはカードキーを奪取していた。テラスに備えられたテーブルはT字型で、その上に“T”の刻まれたそれがあったのである。


 ほくほく顔のパックはそのままバターの元に戻り、また手を繋いでいた。




 終わりが近いのか、この階層には敵の姿が少ない。より正確に言うならば偏っていた。そのお陰で2人は楽に突破し、


 「遅かったな。大丈夫だったか?」

 「兄さん……。そっちこそ、大丈……夫そうだね」

 「……ちょっとは心配しろよ」

 「でも、信頼はしてるし」


 入り口で4人と合流していた。パックの視線は疑わしそうにパフに注がれている。なにしろ彼は、先ほどまでとは打って変わって、ニコニコとご機嫌なアメリアをお姫様抱っこしていたのである。彼女はこれ幸いと猫のように首に手を回して、柔らかな体全体で匂いを擦り込むかのようにくっついていた。


 同時にパフの視線もまた、しっかりと握られたパックとバターの手に向けられる。気が付けば兄弟は互いをニヤニヤと見守っていた。




 最上階で防火シャッターが下りた時、アメリアは完全にパニック状態に陥っていた。恐怖の限界を超えた彼女は泣き叫びながらパフに縋りついて、共々動けなくなってしまう。


 だから開き直ったパフは、囮と割り切ってアメリアを抱きかかえるとスキップしながら歌を歌い始めたのだ。敵の襲い来るなか“Step in time” と陽気に歌いながら逃げる兄の姿に、妹は思わず正気を疑っていた。


 だがそのお陰で敵は引き付けられるし、アメリアは勇気づけられる。


 彼は逃げ場を失う度にステアでアメリアごと逃走し、アメリアがアイテムで回復する。ティーは逃げつつも、ツチノコでも見るかのようなスターファイアの視線に耐えるので必死だった。




 「はぁ。ティーも元気そうで何よりよ。それで、これからどうするの? 結構時間使っちゃったけど……」

 「こっちはアイテムも使ってしまったわ。一度態勢を整えないと……」


 バターが手を優しく解きほぐしてから振り返れば、明かりの落ちたホテルは、まるで廃墟のような姿だった。ネオンや明かりの無いホテルは、良く見れば所々汚れていてみすぼらしいことこの上ない。


 闇夜と人工の明かりが、その廃墟の上辺だけを取り繕っていたのである。


 「しかし……まさか、拠点までもがダンジョンの一部だったとはな……。いや、確かに明確にフィールドと区分されてはいなかったが……。この分ではもう片方も……」

 「……いや、フィールドそのものがダンジョンとはいえ、入場ゲートの外なら……」


 スターファイアは危機を突破したものの、まだ気を緩めていない。既にホテルどころかベガのいたる所にゾンビが湧きだしているのである。


 その隣でパフは未だに武器が使えないのを確認する一方、遠くを指さしていた。ネオンに包まれたそこは転移門である。煌々と光を放つそれは利用可能であることを示している。


 まして道中は一本道。強行突破も可能だろう。どうにかして辿り着かなくてはならない。


 ダメージやアイテムの消耗もある。やることは一つだった。


 「こんな所に居られるか! 俺は部屋に戻るぞ!」

 「兄さんやめて!?」


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