LOAD GAME →ザベイスにて 残り時間00:66:00
常夜の国とは対照的に、砂漠を照らす光は強烈だった。太陽が無いとはいえ、十分な明るさがザベイスを照らし上げている。
寝起きのパックはいつも以上に強力な光を浴びて、思わず目を覆っていた。
昨夜必死の思いでベガから脱出した一行が安全な宿につく頃には、7日目は30分しか残っていなかったのだ。流石にこの時間を残してボス戦に挑むわけにもいかない。
できる事と言えばアイテムの補充及びHPとMPの回復、そして有志同盟の会議への出席ぐらいである。
「おはよう弟。出発の準備は大丈夫か?」
「あっ、おはよう兄さん。昨日は大変だったね」
その会議は今までのどの会議よりも悲壮感を極めた物だったのである。パックは兄とスターファイアの3人で出席し、それを直ぐに後悔していた。それほどまでに有志同盟も追い詰められていたのである。
それは葬式同然の空気から始まっていた。
ナーガホームからの最新の攻略情報によって、議場はささやかながら盛り上がっていた。パフは巧みな話術でホテルからの脱出を、困難を知恵と工夫で乗り越えた大冒険のように語って見せたのである。
しかし、彼の努力をもってしても葬式そのものの空気を変えることはできなかった。参加者たちは皆一様に俯いて我がことのように悲しんでいる。例外は表面上取り繕ってはいるが、仕草から退屈さが滲み出ているウィドウ。そして、集中的に出没したPKの被害者を何とも思っていないパーティー名“フェアプレイ”ことポリーナである。
この時、ウィドウは内心から溢れ出るマグマのように灼熱した復讐心を維持していた。つまり純粋に他人の悲しみに共感している余裕を持ち合わせていないのだ。一方のポリーナは違う。終止ニヤニヤ笑いの彼女は、人間が死ぬことを何とも思っていない。それこそ100円玉を自動販売機の下に落とした方がまだ嘆くだろう、と言わんばかりにルーレットの球を弄んでいたのだ。
「……つまり、こういう事なのかパースリー?」
「はい。……タイムさん」
そんなポリーナの不謹慎さに業を煮やしたタイムは、常識人としての感性でその報告に戦慄していた。確認せざるを得なかったのである。
「行方不明者の合計が60人近い……。つまり、プレイヤーの半分以上が死んだ……のか」
「……力及ばず……申し訳ないです……」
そして生き残っている者達にも戦えるものは少ない。引退して最後の時を楽しむ者や、フェアプレイの判断で脱落させられた者もいる。
そこでポリーナが大欠伸を浮かべながら指摘していた。
「はぁー。そんな無能な愚図共なんてどうでも良いでしょう? 敗残者を救うのは国の福祉です。そんな事よりも先の話をしましょ? 何せ、明日からは一世一代の博打に出るのですから……ね?」
その物言いには、猫を被っているウィドウですら嫌な顔をせざるを得ない。だが、事実だった。有志同盟は彼女の言う愚図共を見捨てざるを得ないのだ。
「ハァハァ。明日からは私含めて沢山のプレイヤー達が、捨て身の覚悟でメガロドン、そしてカルカロドンに挑んでいく……。楽しみだわ……! きっと最高の悲喜交々が待っているのでしょうね……!」
追い詰められた有志同盟は、最後の賭けに出ていた。つまりダンジョンの護衛事業を全廃し、残りの全戦力をもって攻略に賭けるのである。
だが、彼らのレベルは高いとは言えない。最初から犠牲が出ることが前提の作戦なのだ。それが葬式然とした空気の蔓延する原因である。
ウィドウは久しぶりに苛立ちを覚えていた。自他ともに認める小悪党は、同じく自他ともに認める大悪党を決して好きになれなかったのだ。
だから彼女は、死者を足蹴にするかのような言動に憤慨していた。
「あんたさ……。さっきから聞いてれば何が楽しいわけ? 人が死んでんのよ!?」
「あら? どうしたのかしら、そんなにお怒りになって……。もしかして、貴方も愚図に足を引っ張られたクチ?」
元々ウィドウの堪忍袋の緒は長くない。そして彼女をフォローする仲間もいない。それは彼女の欠点でもあり、長所でもあった。
案の定ゴミでも語るかのようなポリーナの態度に、ウィドウは後の事も忘れて怒りに身を任せていた。
「死んだ人を罵らないでッ!!! 彼らは無能だから死んだんじゃないッ! 勇気があったから死んだのよッ!!」
だが、それは最悪だった。彼女が怒鳴り散らせば名声に傷が点き、尚更空気は悪くなっていく。そもそも強い感情の発露はポリーナにとって何よりの娯楽なのである。
それでも、ウィドウにとって自分を庇って死んでいった者達への罵倒は許せなかったのだ。握った拳を机に叩きつけると、周囲の人間が驚くのも無視して批判していた。
「まさかまさか! 無能だから死んだんですよ! どんなに優れた能力があろうと、それを発揮できなければ硬貨一枚の価値すらない。人はそれを無能と言うのです」
「黙りなさいッ! 訂正してッ! 大体PKと遭遇するなんて、実力以前に運不運の問題じゃないの!?」
その言葉にポリーナがピクリと反応したのを、止めるタイミングを見計らっていたタイムは目視していた。見る間にポリーナのニヤニヤ笑いが収まっていき、代わりにその瞳が熱を帯びていく。
興奮しているのだ。
「ハァー。馬鹿なんですか? ギャンブラーとして言わせて頂くならば、運は万人に平等です」
「馬鹿はあんたの方でしょ!? 不平等だから運って言うのよ!?」
「違いますよ」
ウィドウの威嚇に、ポリーナは正面から顔を相対させるようにして反撃していた。そのドロドロとした興奮の宿る瞳に、思わずウィドウは引き下がってしまう。
「運の良し悪しは、神ではなく人間の問題です」
「……なによっ!?」
「崩れ落ちる最後の瞬間まで、必死に上を向いて手を伸ばし続けた人間だけが運を掴むに値するのです。愚かな雛鳥みたいに何の努力もせずに、ただ親鳥が餌を突っ込んでくれるのを待ってるだけの人間には、決して運は掴めない。不運というのは、手を抜いたことへの言い訳に過ぎない……」
そこでストップが入っていた。気付けば場の空気は最悪で、そしてウィドウの立ち場も最悪になっていた。何しろ、彼女にはこれからやることがあったのである。
真っ暗な上に仲間割れと言う気まずさまで加わった有志同盟は、最悪の状態で最後の賭けを迎える事になる。
「ねぇ兄さん。多分みんな今頃は……」
「そうだな。“水没都市”に突入して、もしかしたらメガロドンを突破しているかもしれないぞ?」
パックにはようやく分かり始めていた。物は言い様と言うが、兄の言動は正にそれである。勝ち目の薄いギャンブルに突入した有志同盟の惨状を、彼は明るい方面を強調して伝えているのだ。
全ては、自分たちの気力が削がれないように。
「おはよう兄さん、パック」
姉の呼ぶ声に2人が振り向くと、そこにはナーガホーム4人が集結していた。既に日も高い。彼らの為にも、少しでも先に進まなくてはならないだろう。
既に退路は無い。
全員が嫌そうな顔を作りながらも、ナーガホームの面々はベガに移動していた。事前にスキップを唱えると、転移と同時に全速力で走り出す。
既にフィールドの多くを攻略したバターには分かっている。このステージには一つだけ特徴があるのだ。“夜の遊園地”というだけあってフィールド全体を巡るジェットコースターが存在している。もちろん道中には無数のトラップが仕掛けられていて、発動すると座席から叩き落されてしまう。
そう、落とされるのだ。つまり、ダメージと引き換えにフィールドの好きなところに降りる事ができるのである。それこそ、サーカステントにも。
「ジェットコースターの乗り場はこの先ですッ! そこまでどうにかして、走って!」
息を切らせながらも、バターは先頭を切って道を示していた。彼女は速さを生かしてゾンビの集団を巧みに引きつけつつ、味方の進軍を誘導する。
乗り場はベガの外、直ぐ近くである。
そこでアメリアは思わずガッツポーズと共に快哉を叫んでいた。
「Great! ようやく、武器が使えるですっ!」
強気になった彼女は剣を構えつつ振り向き、
「ちょっ、ちょっと待つですっ! その数は反則ですっ!?」
雲霞の如きゾンビの大軍の前に、思わず目を剥いて叫んでいた。その数10や20ではない。
思わずパックも振り向いてしまい、その洪水のようなゾンビの突進に目を剥いてしまう。彼の顔が見る間に引き攣っていき、振り向いたことを後悔しはじめていた。
その気配を察したパフがデトネイションを唱えてゾンビを纏めて吹き飛ばす。幸い素手でも倒せるだけあって、そのHPや防御力は低い。瞬く間に10体近くのゾンビが爆撃を受けて吹き飛ばされ、
「あっ、これ駄目な奴だ。みんな、走れーッ!」
吹き飛ばされてできた穴は、直ぐに後列のゾンビによって補われていた。その数100を優に超える。しかも能力値が低い為か、経験値も極小なのである。はっきり言って割に合わない面倒な奴だった。
悪い事に、デトネイションの爆音でますます多くのゾンビが走り寄ってくる。こっちが走り回って音を立てているため、その数は増える一方だった。
それを見たスターファイアは思わず冷や汗を流し、ティーですらその美しい顔を顰めている。彼女だって、嫌な物は嫌なのだ。
「姉さん!? や、やばいよあの数は!?」
「そうね。本当に……汚ならしい。触りたくないわね」
「汚っ!? そこ嫌なの!?」
彼女の不安は、死ではなく不潔さだった。同時に事態に気付いたバターが、顔を青くしながら必死で戦闘を進む。
「も、もうちょっとだから! もう少し先に乗り場があって、ボタンを押すとジェットコースターがやってくるの!」
「待ってバター。それって、直ぐ来てくれるのかしら?」
「…………」
来るわけがない。フィールドを回るジェットコースターの位置にもよるが、場合によっては5分近く待たされることもある。そして、ジェットコースターは乗り場で乗客を待ったりはしない。無慈悲にも進んでしまうのである。
「アメリア! 先に進んで乗り場を確保してくれ! 残りの全員で敵の足を止めるぞ!」
「Roger!」
一同にはそれしか残されていなかった。振り向いたパフの前には、その数を200以上にまで膨れ上がらせたゾンビの大軍。流石の彼も冷や汗が止まらなかった。
「攻撃開始!」
同時に斬撃や爆槍がゾンビの先頭を薙ぎ払い、同時に天空より炎の槍が大量に降り注ぐ。それらは回避行動をとらないゾンビを面白いように吹き飛ばしていき、何の効果も無かった。
思わずスターファイアは天を仰いでしまう。
「無理だ! 一斉攻撃で精々1秒しか時間が稼げてないぞ!?」
「どうする兄公? 接近戦?」
先頭ではバターが必死で横から襲い来るゾンビの頭を槍で跳ね飛ばしている。彼女に後ろを援護する余裕は無い。自分達でどうにかするしかないだろう。
答えは一つだった。
「逃げるに決まってるさ! この魔法でな!」
同時に唱えられたのは、何のことは無い。それほどレベルの高くない土魔法“ストーンウォール”である。
パフの強力な魔力と膨大なMPを注がれたそれは、それに相応しい巨体となって石壁が大地よりせり上がる。そして、ごみごみした遊園地の通路をピッタリと塞いでいたのである。
ゾンビの進路を塞いだ上に、設定されたHPが無くなるまでは壊れない。そして、ゾンビは数で攻めるタイプの敵なので、攻撃力自体はそこまで高くない。更にHPは治癒魔法で回復できるのである。対ゾンビ用の防壁として、これ以上無い程にうってつけだったのだ。
「なるほどな。この手があったか……」
「Hey! Roller coasterが来るですよ! 急ぐです!」
折しも、既にアメリアがジェットコースターを呼んで援護に戻って来た所である。
石壁はHPをかなりの速度で減らしていたが、パフがMPの消耗と引き換えに逐次回復させていく。同時に待ちわびたジェットコースターが速度を落としながらも金属音を立てて入場していた。
12人乗りの先頭の座席にバターとアメリアが坐った所で、一同は慌てて後退していく。
「良い? 最初の曲がる所でパンチンググローブみたいのが左から来るから、それを受け止めて……ね……」
そこまで言った所でバターの顔が引き攣っていた。彼女の視線の先では、溢れかえったゾンビが別のゾンビを踏み台にして石壁を乗り越えていたのである。
「ふ、ふざけんなーっ!? 何よそれ!? 力技で突破したですって!?」
「まずいな。回復魔法が届かないぞ……」
次々とゾンビたちが壁を乗り越え、石壁自体も見る見るうちに削られていく。腐った息を巻き散らしながらゾンビは猛烈な勢いでジェットコースターに迫り寄っていき、
「このッ! あっち行け!!」
最も速さの高いパックが水際で撃退していた。スキップまで掛かった彼の速さは、17にも達する。70%増しという圧倒的な速力で瞬く間に制圧していき、間一髪でジェットコースターの出発に間に合っていた。
「F……Fuckin’Programer……」
「2度と……2度とこのステージには来ないわよ……」
しょうがないとはいえ、グーパンチを顔面に貰った一同はどうにかサーカステントに到達していた。ダメージ以上に落下の衝撃でふらついた頭の中、バターとアメリアは悪態をついていた。
スタッフの心遣いか、サーカステント周辺にまでゾンビは配置されていない。ふらつく足取りでどうにかカードキーを填め込むと、テントの入り口が開くと同時にお馴染みのメッセージが立ち上がる。
※WARNING※
この先には特別に強い敵がいます!
一度に挑めるのは1パーティー6人までです!
一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!
一同は直ぐにそこに――入らなかった。ゾンビの大軍からドロップアイテムがあったのである。
・アンデッドキラー:槍。重量2。アンデッドに対し与えるダメージ増加
パーティーの槍使いは3人。だが、適任者は1人だけだった。アイテム欄から実体化されたそれに手を伸ばしたのは、バターである。
「私に任せてッ! これで、私とティーでも槍のユニオンアタックが使えるわ!」
槍スキルレベル8“槍雨乱舞”。スターファイアが未習得である以上、該当者はバターだけである。速さとは引き換えになってしまうものの、やむを得ない。必要に応じて持ち替えれば良いだけだ。
「良し。進むぞ」
パフの声にバターは改めてサーカステントを睨む。
ネオンに照らされたテントは、血のように深い臙脂色をしている。テントも布と言うよりは分厚い革製だった。
そしてその中はというと、観客席すら存在しない円形の空間が広がっていた。所々にランプがぶら下がっていて、明かりには不自由しないだろう。唯一の特徴は天井が高く5メートル近くあること。そしてそこを綱渡り用のロープが壁の両脇から伸びていることか。
その土色の床と赤色のテントの向こうから、1人の道化師が現れた。同時にパックの目も細められる。
“アンデッドピエロ LV70”
そのゾンビは黄色い衣装を身に纏い、短い髪を鮮血で真っ赤に染めていた。服から除く肌は青白く、ただ顔面に無数のフェイスペイントが施されている。
だがそこでパックは気を取り直す。アンデッドピエロが気勢を上げて飛び掛かってきたのだ。その動きはプレイヤーを圧倒するほど素早い。残像すら残りそうな勢いで土煙を立てながら、黄色ピエロの突進は始まっていた。
「行くわよみんな! 私達に続いて!」
それに対するのはバター。ティーと共に前に出ると攻撃モーションに入る。長年の付き合いで息の合ったコンビは、即座にその設定を終えていた。
複合攻撃! 槍×槍! 2人の背後が揺らめき、無数の槍を構えた歴戦の戦士の幻影が現れる。その数は100にも上るだろう。
「クロスッ――」
「ファイア!」
刹那、その槍の悉くが一斉に風を切って投げ放たれた。不気味な風切り音をたてて圧倒的な密度を誇る槍の壁は高速でピエロに迫る。誘導する必要はない。一発を避けた所で、全ては避けきれないのだ。
ピエロは不器用なステップを踏んで避けようとし、その数の多さの前に大地に縫い付けられていた。槍の複合攻撃は減算倍率が低い代わりに、相手をその場に文字通り縫い付けるのである。
「パック! お願いっ!」
その硬直時間が始まるや否や、バターの願いを聞き遂げるためにパックは飛び出していた。既に兄からスキップを受けた彼は、最高速すら超えている。
「行くぞゾンビめ!」
パーティーで最も高い攻撃力と速さを兼ね備えた彼の力は圧倒的だった。瞬く間にアンデッドピエロの頭を二度切り伏せると、相手が硬直から立ち直るよりも先に背後に回り込む。
刹那、ナーガホームの総攻撃が始まった。
複合攻撃! 槍×槍!
再びのティーとバターの複合攻撃が発射される。甲高い風切り音をたてて不気味に迫るそれを、パックは悉く回避して見せた。彼の目の前でピエロは無様に縫い付ける。
速すぎるのだ。彼は。
「Wahoo! パック、その調子です!」
その間アメリアがアイテムでMPを回復させていき、手の空いたパフとスターファイアが攻撃に移る。
パックはその間も地面に突き立つ槍を縫うようにして、ピエロの頭に剣を突き刺していき、
「あれ? これ、パターン入ってない?」
その通りだった。時折ピエロが何かをしようとピクピク動くのだが、その間に槍の雨が降り注ぎ、その行動を許さない。唯一その中を自在に動き回れるパックだけが敵を面白いように切り付けていけるのである。
しかも、複合攻撃にはバターの持つアンデッドキラーの装備特効が上乗せされているのである。見る見るうちにピエロのHPが減っていき、尽きた。
同時にレベルアップの音が鳴り響くのを、ナーガホームの面々は微妙そうな顔をして眺めているしかできない。
「弱っ!? 何よ、心配して損したわ。……パック! 頑張ったじゃない! 格好良かったわよ?」
「バター! そ、そんな……」
すっかり気の抜けたバターがパックに駆け寄ってハイタッチ。優しく微笑みかけながら労う。少しずつ大人の男に育ちつつあったパックは有頂天だった。
これでレベルは84。マックスまでは16である。高いレベルは能力値に投資され、いずれ来るPKとの戦いを有利に進めるだろう。
「…………!」
「……?」
そんな捕らぬ狸の皮算用に浸っていたバターが不思議な顔を作っていた。同時にパフがパックに向けて何事かを叫ぶものの、良く聞こえない。眩暈のように視界が少しだけ薄まる。
「………………!?」
――兄さん、どうしたの!?
そう叫んだとき、ようやくパックにも状況が把握できていた。音が消えたのだ。それを触れられそうなほど近くにいる最愛の人は、まだ理解できていない。
刹那、再び影が色濃くなり、
――サヤ姉さんッ!?
パックにできる事は少なかった。声を上げるよりも先に彼の身体はにじり寄る危機に反応し、彼女を庇う様に突き飛ばす。
同時に音が復活した。真っ先に聞こえてきたのは高笑いした機械の駆動音のようなギヂギヂの詰まった音である。パックにはピッタリな形容詞が思いつく。
チェーンソーだ。
正しくそれを構えた敵が頭上から飛び降り、切りかかってきたのである。
“キラークラウン LV70”
パックがそれをその目に収めるのと、ボスの必殺の一撃が彼を無残に殺すのは同時だった。
“CRITICAL!”
その表記と共に彼は頭からチェーンソーで真っ二つにされていた。それをバターが信じられないような目で見ている。彼女の目前で彼のHPゲージは物凄い勢いで減っていき、
「パックッ!」
「パック!?」
「Puck!?」
「なんだとッ!?」
驚愕の声を聞いた時、パックのHPは0に到達していた。
痛みは無い。ただパック自身でも身体が大気と一体化するように透明になって、溶け込んでいくのが分かる。
「パック!?」
「バター……」
最後の最後で慌てふためいたバターの顔を見て、パックの身体は消え去った。ただ、低いチェーンソーの音が獲物の血祭を喜ぶように鳴り響く。




