LOAD GAME →オアシスにて 残り時間143:00:00
“名もなき砂漠”。その最大の脅威はモンスターでもステージギミックでもない。純粋な広さなのである。それをナーガホームの面々は嫌というほど味わわされていた。
彼らを囲む6体の影。人型のそれは全身を墨のような黒とプラスチックのような白に染め上げられた、異形の人影である。武器を持たないそれらは、代わりに類まれな闘争本能を持ち合わせている。
“オーク LV51”
白黒の敵は、ナーガホームを見つけるや一直線に襲い掛かって来ていたのだ。
対して一同は、呆れかえった顔のまま冷静に遠距離攻撃を乱打していく。フレイムレインが、竜炎槍が、斬壌剣が、猪突猛進する敵を次々と飲み込んでいった。それに生き残ったオークは僅か2体であり、彼らも瞬く間にパックとアメリアの剣によって切り伏せられていく。
途端、一同に響き渡る音。レベルアップを告げるそれに対しパックが能面のような顔でステータスを開き、至極どうでもよさそうに報告していた。
「レベル、73だって」
「そう。ありがとね」
辛うじてバターが愛想を振りまいただけで、アメリアですらそれに応答しない。そしてパックも鷹揚に頷くと、無言のまま探索に戻る。
レベル73。それはメガロドンと戦った時から9も上がっている。それは膨大な量のポイントをもたらすと同時に――貴重な時間を無駄にしてしまった証であった。
再び一行は陽光の降り注ぐ砂漠を進む。一同は無言だった。
「My……時間が……」
普段の姿とは打って変わって、退屈そうに舌まで出したアメリアが呻く。最大の問題はそれだった。
オアシスを出発してから、既に10時間を超えている。なんと半日近くが過ぎた計算であった。その間ひたすら真っ直ぐ進んできたにもかかわらず、未だにフィールドの端に辿り着かない。オアシスに戻れるかも怪しい所だ。
皆、それに薄々気付いているものの、あえて言葉にはしなかった。
既に話題も尽きた一行は、疲労を隠しもせずに進んで行く。彼らが感じる危機感は、敵の脅威よりもタイムリミットの方だった。
そこで後方を警戒していたティーの目に光が宿る。
「敵よ。セイバータイガーが4体。真っ直ぐに向かってきてるわ」
パックが顔を上げると、名前の通りに虎のような体を持った敵が4足で砂上を突き進むところであった。
パックはそれに煩わしそうに応対し、剣を振った。
「もーーー! 限界ですっ! どうするですかっ!? 5日目は後7時間しかないですよっ!?」
一行は運悪く薄暗い砂嵐に遭遇していた。風が轟轟と音を立てて動くのを妨害し、一行はやむなくその場で休息を取る。だが、あまりの憂鬱さに焦れたアメリアが叫んでいた。
無理もない。“名もなき砂漠”を一言で形容するならば、退屈である。風景は砂漠のまま変わり映えしないし、出てくる敵も既存の敵の延長線上である。
ただひたすら、プレイヤーに忍耐を強いるステージ。敵も経験値こそ多めなものの、特に珍しいアイテム等をドロップするわけでもない。
もしスタッフが意図して作っていたとしたら、実に良くできていたと言わざるを得ないだろう。
「落ち着いてよアメリア! ここで騒いだって何にも出ないよ!? むしろ敵がでちゃうよ!?」
「パック! でもでもでもっ! そう言われても、暇で暇でしょうがないです! これは、後で開発室に苦情を入れてやるです!」
アメリアは人目も憚らず、むすっとした顔で砂地に投げ出した両脚を子供のようにジタバタさせていた。
その何処か幼さを感じさせる仕草にバターの保護欲が刺激される中、天を仰いでいたパフは静かに目を細める。彼の視線先には、視界を覆い隠さんばかりの砂埃と、僅かに見える天空の青。
それは些細な変化だったので、これまで下ばかり見ていた一行は気付かなかったのだ。
「兄さん?」
めいめいが羽を伸ばしてリラックスする中、兄だけは空を眺めている。不思議そうな弟に対して、彼は静かに口を開いていた。
「見ろパック。空が……暗くなっている」
それにつられた妹弟が青空に目を向けると、確かに少しずつ空の青は濃くなり始めていた。太陽が無い為、気付かなかったのだ。このまま行けば遠くないうちに日が暮れて真っ暗になるだろう。
ハッとなったパックが立ち上がると、同じことに気付いたアメリアと視線が交わされる。以心伝心で再び探索の準備を整えていくと、元気の復活した彼女が力強く宣言していた。
「皆で楽しくCampするですっ!」
「キャンプ!? そこじゃないよ!?」
それは強制睡眠が近い事を知らせるのと同時に、探索の効率化も告げていたのである。
「……? ハッ、1人見張りが必要だから、皆じゃないです……」
「そこでもないよ!? 夜になるってことは、街に明かりが灯るってことだよ!」
「What’s!? 人の気配ですかっ!」
慌てたパックの言葉でアメリアがようやく事態に気付く。
「Nah! そ、そ、その、私はGhostなんて全然怖くないけど……やっぱり一人の見張りは危ないと思うです! 見張りは2人にしまショウ!」
「アメリア…………」
彼女は想定外の事態に気付いて狼狽えだしていた。露骨に目を逸らして下手な口笛まで吹き始めている。パックが優しい視線を向け始めた所で、ティーが気づいていた。砂嵐がようやく収まり始めていたのだ。
このステージには無数の砂丘が存在するものの、それらはランダムで形を変えていく。そして今回もその口だった。それは砂に埋もれつつも、確かにきらりと光を反射する。
「宝箱……?」
隣で驚いているバターを尻目に、ティーは中身を取り出していた。
サボテンの骨:槍。重量1。装備者の速さを1上昇させる。
表示された性能に、思わずバターは感嘆していた。彼女は今までに速さが足りず、結果的にボス戦で年下の2人に前線を任せてしまう事を悔いていたのだ。
バターは過去の嫌な思い出から、人一倍責任感が高いのである。長い付き合いのティーは彼女の本音を見透かしたように微笑んでいた。
「バター。これ、良かったら使って」
「良いの!? ……で、でも、貴女が見つけた物だし……」
「遠慮しないで。大丈夫、分かってるわ」
「ティー……」
喧嘩友達のまさかの友情に、バターは不覚にも感慨深いものが胸を打っていた。速さが上がるという事は、それだけ生き残りやすいという事なのである。彼女は自然とティーから目線を外してそっぽを向いていた。
「れ、礼は言わないわよ! 働きで返すからね!」
「大丈夫よ……」
目頭にこみ上げてくる熱い物を堪えるバターに対し、ティーは努めて平静を維持しながら優しく声をかける。
「これがあれば、幽霊から逃げやすくなるわ……」
「んなッ!? 何でよ!?」
「……? だって、修学旅行で意気揚々とお化け屋敷に入って、涙目に……」
「わーわー! それは言わないでってば!? っていうか、私の感動を返しなさいよっ!」
気が付けば、2人は賑やかさを取り戻していた。騒ぎを聞きつけたアメリアが――仲間見つけたですっ!と目を輝かせている。
「バ、バター! お化けなんて怖くないよっ! 僕たちで、やっつけちゃうんだから!」
弟の気の抜けた声を尻目に、パフは一人頭を振って平凡さを噛み締めていた。
月の無い夜の接近に伴い、ナーガホームは初めてのテントを使用していた。テントというよりはゲルに近いそれは、思った以上に広く快適である。砂漠に5つのそれが立ち並ぶ中、パックは普段より高い位置から砂漠を見回していた。
「……あった。……あったッ! 兄さん、前の方に明かりが見えるよ! きっと拠点だ!」
「おおそうか! 良くやったな弟よ! だが、俺の頭の上で暴れるのは止めてくれ……」
明かりを見つけたパックは思わず全身で位置を指し示し、肩車しているパフに負担をかけていた。
「どうするの? みんなを起こして今日中に進んじゃう?」
「……いや、止めておこう。もう強制睡眠まで時間が無いし、今までの経験から途中で中ボスが現れるのも否定できない。……それに、今のうちにテントの性能も見ておきたいしな」
既に太陽のない空は真っ暗になっている。最低限の明るさは存在するものの、昼と比べれば遠くの敵を見つけにくくなっているのだ。
やがて問題なく朝が来る。
6日目。これで日数がステージ数に追いついてしまった。ここから先は今まで以上に急がざるを得ない。だが一行は昨日とは一転して、十分な気力の下に歩みを進めていた。
そして、ついにその時が来たのである。
襲い掛かってきたセイバータイガーに、パフが新たに習得した時空魔法レベル6“バインド”をかけて動きを止める。石像のように動けなくなった相手に対し、パックがその脳天に剣を叩きつけていた。
クリティカル表記と共に敵を倒した瞬間、ナーガホームの一同の前にポップアップが現れたのだ。
※Congratulations!※
パーティー“ナーガホーム”の同一メンバーによる討伐数が規定数を越えましたので、新たに複合攻撃が使える様になりました!
アクセサリー“ナーガホームの絆”を手に入れました!
複合攻撃は、複数人が同一スキルを使用した時に発動できる、クリティカル以上に防御力の減算の大きな攻撃です!
※使用条件:
・全員が“ナーガホームの絆”を装備していること。
・全員が各武器のスキルレベル8を使用可能なこと。
・全員の速さが同じであること
「Union attack?」
「ふむ……、結構条件が厳しいな」
アメリアが目を輝かせる中、パフは即座に自分たちでの利用可能性を検討していく。
まずパフ自身は駄目だった。彼は水魔法、つまり回復魔法の効果を上昇させる“珊瑚の首飾り”を手放せない。そして、ティーとバターも現状では槍スキルを未修得である。ポイントをスキルよりもステータスに厚く振ってしまったので、暫くお預けだった。
「パックとアメリアなら使えそうね」
「Yup! 早速試すです! おねーさん、パック借りるです!」
鼻息を荒くしたアメリアに引きずられて、パックは偶然近くを徘徊していたオークに攻撃を試みていた。
哀れなオークを挟み込むように対峙すると、パックの目の前にガイドラインが表示される。同時にスキル“紫電一閃”を使用した瞬間、爆音が轟いた。普段以上の電撃を放つ体が、落雷のように音を響かせているのだ。
刹那、敵の一点を中心に交差するようにアメリアとパックの疾風怒濤の突きが決まり、オークは呆気なく砂漠に消えて行った。
「Wahoo! 気持ち良いですっ!」
歓声を上げて飛び跳ねて喜ぶアメリアを横に、パックは重大な事に気付いていた。気が付けば彼の顔を微妙に歪んでいる。だが、仲間に報告しなくてはならない。
「敵が……弱すぎて……実感が無い」
その感想に、バターは不思議な親近感を感じていた。
新たに必殺技を覚えたナーガホームの面々は、無事に“名もなき砂漠”の拠点であるザベイスに入っていた。オアシスとは違い無数のテントが連なるそこは、街というよりは市場といった風である。大通りにはアイテムの販売も多く、ヤシの実ジュースこそないものの、“飲み水”といった如何にも砂漠風のユニークアイテムが揃っている。
そこでパックはというと、胸のどきどきを必死で抑え込んでいた。
「パック! 集合時間までは少しあるわ! 2人で謎を解いて、見返すわよ!」
「は、はい!」
市場の中央には巨大な水のアーチを作り上げる噴水があり、そこにバターと2人で座り込んでいたのである。その手には色褪せた上に所々切れ目が入っている古文書。決して大きくないそれを2人で覗き込んでいたために、驚くほどの急接近を果たしていたのだ。
パックはそれが仮想の物だと分かっていても、緊張のあまり硬直しそうになっていた。ピタリとくっついたバターの腕や足は、確かな温もりを伝えてくるし、気のせいか彼女の良い匂いすら漂っている気さえする。
なにより、振り向けばすぐ隣にバターの顔があるのだ。初心なパックには、刺激が強すぎた。
そんなこととは露知らず、バターは勝気な表情を難しく変えながら必死で考え込んでいた。
「むう。“塔の作りし正三角。1つは生きる、1つは動く、1つは逆さま。謎を解きしは逆さまのもとにて道は開けよう”……か。パックは分かる? ……パック?」
「ふあい! え、えっと……全然……」
正直なところ、パックは柔らかなバターの身体に気を取られ、それどころではなかった。ティーからすれば放っておけない友人だが、パックからすれば年上のお姉さんである。
元々2人はじゃんけんに負けて、アイテムの補給に駆り出されていたのである。そしてその最中にとんでもない発見をしたのだ。きっかけはゲームにありがちな、わらしべイベントである。
バターと2人で足早に市場を散策していると、突然NPCが目の前に倒れ込んだのだ。驚く2人を尻目に、NPCは飲み物を求めていた。パックは偶然持ち合わせていたジュースを譲ると、お礼に小さな鉱石が手に入ったのである。
それを武器屋に持っていくと、鉱石はプレイヤーには装備できない武器になった。そしてそれはNPCの傭兵に手渡すことで、驚くことに古文書に代わっていたのである。
間違いなくこのステージの攻略の鍵であろう。バターは舐めたことをのたまう友人を見返すべく、必死に知恵を絞っていた。
※最新の進捗状況は活動報告をご確認ください。




