LOAD GAME →オアシスにて 残り時間144:00:00
ステージ名、“名もなき砂漠”。張り巡らされた配管を通り抜けた一行は、不思議なことに砂漠のオアシスに浮上していた。四方を見渡す限り延々と砂浜と砂砂漠が続いており、太陽の無い青空と砂で世界の色を二分している。
砂浜には南国風のヤシの木が無数に生えており、そこに小さなオアシスの街が形成されていた。アラビア風の白い石と茶色い砂の街である。全体的に背の低い建物が立ち並んでいるが、唯一巨大な柱サボテンだけが屹立している。触ると1ダメージくらうそれは、街の存在をしっかりとプレイヤーに刻み付けていた。
ナーガホームの一行は、大理石を思わせる石でできた宮殿のような宿に滞在していた。その喫茶店は一面を白い大理石で作られていて、所々にタペストリーが飾られている。日光と砂埃の侵入を防ぐためか、窓は必要最小限しかない。
そんなオアシスの名物はヤシの実ジュースである。しかしながら一行はふかふかの絨毯すら楽しむ余裕すら持ち合わせていなかった。普段は快活なアメリアですら、疲れたような顔で円形のテーブルに突っ伏している。
「Bejesus……。あ、ありえないです……。一番進んでるパーティまで護衛に駆り出すなんて……」
「僕たち、大丈夫なのかな……? 今日で5日目。一応攻略は進んでいるけれど」
昨日メガロドン相手に勝利を飾った一行は、それで打ち止めを食らっていたのである。その件について、パックは相手を責める気にはなれない。が、徒労感もまた否定できないのだ。
アメリアと留守番をしていたパックは、頭痛を堪えるかのように昨夜の会合を思い返していた。
有力なパーティーの一つにして最古参である参陣高速団の壊滅は、有志同盟に大きな動揺を与えていた。それは同盟の威信を失墜させ、機能不全に追い込むには十分だったのである。
批判の急先鋒は、ソロプレイヤーであるガロウだった。
テンペストを始めとするエーシィの必死の取り成しを経て、彼は多少の落ち着きを取り戻している。それゆえ、打算を優先し始めていたのである。彼の頭には有志同盟への信頼は存在しない。
その顔は、気が付けば卑しい笑みを形作っていた。
「おいウィドウ! 責任を取れッ!」
その言葉に、幾人かのプレイヤーが賛同を示す。彼らはソロやパーティーの違いはあれど、攻略が遅れ気味という共通点を持っている者達である。
ウィドウは内心でビビりながらも、必死で猫を被って応対していた。
「責任……。ど、どういうことですか!? 私達だって精一杯頑張ってるのに……」
ヘルキャット直伝の涙目を作り上げた彼女に、ガロウを筆頭とした男性陣は思わず勢いを失ってしまう。が、女性陣に対しては逆効果でしかない。
露骨な媚をあっさりと見破ったプレイヤー“フルール”が、情けない男どもに代わって眉をキリリと吊り上げながら憤慨していた。
「いい加減にしなさいッ!? 何が有志同盟よッ!!! その実態は、貴方達一部の先進プレイヤーへの強制奉仕じゃない!!」
木製の机に拳を叩きつけながら、フルールは激高していた。そして、それは正当な怒りである。彼女は口角泡を飛ばしながら、次々と矛盾を指摘していく。
「PK対策の見回り? 大いに結構ッ! 十分なレベル上げ及び金策の推奨? 大いに結構ッ! それについては否定しないわ」
彼女はキッと睨みつける様に、“エーシィ”リーダーのウィドウと“ナーガホーム”リーダーのパフを威嚇する。ウィドウはその真っ正直な怒りに震えあがり、パフは表向き真摯な態度を作って聞いていた。
「問題なのは、特権階級が存在することよ! 貴方達は一度だって見回りに参加したことあるの!? 無いでしょ!? 有志同盟なんて名ばかりで、実態は両パーティーの下請けを他のプレイヤーに押し付けているだけじゃないッ!!!」
「そうだッ! その通りだッ! 貴重な時間を何の意味も無い見回りなんかに使わせやがってッ! そうやって俺達の攻略を妨害して、自分達の特権を維持するのが目的だろうがッ!」
「はぁ!? 言いがかりは止めなさいよ……」
その言葉にバターとパックは等しく眉を顰めていた。実際に事実誤認も含まれている。だが気の強いバターが即座に反論しようとした所で、パフが無言のまま腕を振って制止していた。
「今は労働だけで済んでるけど、その内に金を要求するつもりでしょ!? その次は装備で、最後は人身御供! 冗談じゃないわッ!!!」
「その通りだッ! 俺はもう付き合いきれない! 協力の名目で労働を強制されるのは沢山だッ!」
ガロウもフルールも焦っているのだ。今日で4日目だが、未だに多くのプレイヤー達は3つ目のステージである“太古の森”すら突破できていない。
タイムリミットが、彼らの神経を削っていた。
「ネウロポッセ対策なんて、何の意味も無かったじゃないッ! ここのボスだって、実際何処まで強いのやら。無駄に時間を浪費した責任を取れって言ってんのよッ!」
激高に身を任せたフルールとガロウは、次々と口汚い言葉で両パーティーを罵っていく。その言葉聞いて、パックはショックを受けていた。彼はこれまで他のプレイヤーに支えられていると思って、必死で戦ってきたのだ。
パックは罵倒に俯きながらも必死に耐え、逆にバターは怒りを込めて睨み返している。一方で話を理解できていないアメリアやティーは、彼らに冷め切った視線を送っていた。
「落ち着いて下さい。パフもブラックウィドウも、そんな人ではありません」
怒りに任せた罵倒は、それなりに体力を消費する。ガロウとフルールが小休止を取った所で、1人涼やかなパースリーが割って入る。ここにセージとローズマリーはいない。2人はこの時間の間も、他のプレイヤー達への支援に回っているのだ。
参陣高速団同様、恩の有る彼女の言葉には流石の怒りも抑えざるを得なかった。
「それで、エーシィとナーガホームはどう責任を取るのかしら?」
「……やむを得ません。パフ、貴方達のパーティにも護衛をお願いします。攻略を望む全パーティーを港町にまで進めてしまえば、監視の手間も少なくなるはずです」
パースリーの出したそれは妙案である。ただし、莫大な時間を要するという欠点もあった。間違いなくナーガホームとエーシィのステージ攻略に悪影響を及ぼすだろう。それは全プレイヤーへの不利益でもあるのだが、感情論者に納得させるのも難しい。
それゆえパフは――
「任せろ。パースリーのおはようからお休みまでを見守ってみせる……!」
下心で喜んでいた。
「……わ、私じゃないです。……あと、ここでのナンパはちょっと……」
気が付けば、フルールはゴミでも見るかの目でパフを見下していた。彼女はそこでウィドウとパフのどっちがマシかを頭の中で比べ、心底嫌そうな顔を作らざるをえない。
「ちっ! こんなナンパ男でも、売女よりはマシか……。おい、責任とって護衛しなさいよ」
フルールの中でパフの評価は急降下していたが、それ以上にウィドウの事を嫌っていたのでナーガホームを選ばざるを得ない。
パフはそんな彼女に向かって、驚愕のあまり目を見開いていた。
「逆……ナン…………だと……?」
「しめるわよ馬鹿野郎ッ!?」
そのしょうもない解釈に、フルールは気が付けば怒りを通り越して呆れていた。
その隣では、必死で涙目を作ったウィドウ相手にガロウが気まずそうにしていた。それにティーは微妙そうな視線を送り、事態が動き始めたことに気付いたアメリアは必死で日本語を思い出す。
「しめるわよ……She male was you……お前はオネェだ……? Nah! そんなはずは……ッ」
「はいはい、アメリアはあっちで一緒に言葉の勉強をしましょうねー」
微妙な顔のバターがアメリアを連れ立っていったことを契機に、空気はようやく和らいでいく。それを察したパフは、ようやく本題に入れると溜息をついていた。
もちろん、全て彼の掌の上である。
彼は怒りの対象を同盟から自身へとすり替え、そして怒りを呆れに変えたのだ。いつの間にか顔を上げたヘルキャットだけが、それを面白そうに眺めていた。
ナーガホームとエーシィは、交互に道中及びダンジョンの護衛を務めることが決まっていた。
パフとしては完全に時間の浪費だったが、有志同盟が崩壊するよりはましだと判断している。
メキメッサーやヨロレイホーといったソロプレイヤー達が臨時パーティー決めを行う中、ブラックウィドウは自信満々にナーガホームの元へやってきていた。
彼女は無い胸を精一杯張ってから、いかにも自分で考えました!と言わんばかりに提案を出す。その顔には厳しい状況に似つかわしくない、会心の笑みが浮かんでいた。
「童貞兄貴、分かってるわね?」
「……ぶーちゃん。流石にそのあだ名は酷くない?」
ウィドウの言い方に、パフは珍しく素で顔を顰めていた。とんでもない風評被害である。彼女はかつての意趣返しに成功し、鼻高々だった。
「PK共を叩き潰す絶好の機会だわ! そして愚か者どもにッ、私達先進パーティーの偉大さを教えてやるのよ! おーっほっほっほ!」
自信満々に高笑いを放つ彼女に、パックとバターは暖かい視線を送っていた。彼女はそれをものともせずに、面食らった仲間たちにも分かるよう懇切丁寧に厭味ったらしく説明していく。
「“境界の海”で裏切者を探し出す……! ダンジョンへ向かう連中にそれぞれ別の偽情報を流し、ネウロポッセの対応から情報の漏洩元を探すのよ! どう! この完璧な作戦!」
“境界の海”の偽の地理情報を与えるのだ。それこそ、プレイヤーを狩るのに絶好のスポットの情報を。そしてまんまとそれに乗っかったネウロポッセを待ち伏せする。上へ向かうメンバーの中に裏切者がいれば特定できるし、いなければ裏切者は既に攻略済みの相手という事になる。
なにより、ただの憶測ではなく、裏切りという明確な物証を得ることができるのだ。
しかも船に乗って移動するあそこなら、陸と違ってプレイヤーキラーの魔の手から逃げるのも楽だ。
ウィドウは堂々と言っているが、大枠を考えたのはパフで、詳細を検討したのはヘルキャットである。彼女は悪戯心からそれとなくウィドウに吹き込み、彼女の道化っぷりを笑っているのである。
「し、しかし、そんなに上手くいくものか?」
「あによスターファイア。あんたは私が考えた至高の作戦に、文句あんの!?」
そして、それを聞かされたのはエーシィの面々もここが初めてである。驚いて渋面を作ったスターファイアだったが、ウィドウの剣幕に敵わない。同時にフォルゴーレが賛成に回る。
かくして、反撃の狼煙は上がったのである。
“名もなき砂漠”は、特にギミックの無い正統派のステージだった。それはオアシス近辺を探索した結果から分かっている。所々に砂丘があったり、時折砂嵐で視界が悪くなるものの、その程度である。
敵が砂の下から襲い来ると言う事も無い。
唯一厄介なのは蜃気楼であろう。パックは出発してから何となくオアシスを振り返り、蜃気楼のせいで揺らめく姿に驚いている。だが、その程度だった。
「ブッチー発の作戦……心配です……大丈夫でショウか」
「大丈夫だよ……! 兄さんやヘルキャットも一枚噛んでるっぽいし……」
VRのお陰で、特に暑いという事も無い。一行は砂漠にしては破格の過ごしやすさの元、砂の海を歩んでいた。
むしろ、このステージの本当に厄介な所は別である。先頭を歩むパックとアメリアに対し、ティーは億劫そうな顔を隠していない。
「砂漠……。一つ言えることは、このフィールドは“水没都市”と違って高さが無い代わりに、広さが凄まじいという事ね……」
彼女の言葉に、バターは不安を隠しきれていなかった。レベルのお陰で、襲い来る敵に対しても優勢を確保できている。
「こういうステージほど、有志同盟で分担して探すべきじゃないの?」
「……残念だが、エーシィは“水没都市”、スカボローは“境界の海”だ。当面は単独で探すしかないだろうな」
パフは呟きながら、遠くに見える敵にファイアボールを放った。それは遥か彼方向こうの相手を粉砕するものの、それだけである。
ダンジョンにしろ拠点にしろ、手がかりは一つも無い。
広大な砂漠から、ゴールを探さなくてはならない。
PKへの罠の代償に、ナーガホームは4日目の残りを全て使い切っていた。
諸事情により活動報告の更新が遅くなります。
ごめんなさい。




