LOAD GAME →地下放水路にて 残り時間161:00:00
戦況が暗転するまでに時間はいらなかった。アイテムを使い切れば終わりのパフとアメリア。キロネックスに触れたら終わりのティーとパック。いつ終わるとも知れないレモラ相手に延々踊り続けるしかないバター。
誰もが追い込まれ、メガロドンへの攻撃に手が回らなかったのである。
誰しもが厳しい表情を隠せない中、ついに破綻の時が訪れていた。
「バター! 下にレモラが!」
「――ッ!? しまった避けられない!?」
無理な回避の代償にレモラを見失っていた彼女は、下に回り込んでからの体当たりに気付くのが遅れていたのだ。
彼女の腹部に突き刺さる様に飛びついたレモラは、爆発した。それは攻撃を受けた時と全く同じ反応だったのである。
違ったのは、パーティーの中で防御力の低いバターのHPが削られたこと。そして、パフとアメリアを執拗に狙っていたメガロドンの凶悪な視線が向けられたことである。
レモラが撒き散らした血の匂いに反応しているのだ。
大人の事情で墨のように黒くなっているが、正体はレモラの血なのである。メガロドンのようなサメ類は極めて優れた嗅覚を持っており、それに反応して特攻してくるのだ。
10秒と掛からずに水槽の端から端までを泳ぎ切ったメガロドンの牙に対し、バターは驚くほど機敏に反応して見せた。持ち前の運動神経を最大限生かしてイルカのように泳ぐと、紙一重の所でメガロドンの噛みつきを躱したのである。
だが、それだけであった。
「痛っ!」
彼女以上の速度で方向転換したメガロドンの、巨大尾びれが振り回されたのである。彼女にできたのは急所を庇う事だけだった。
鐘をついたかのような鈍い音が響き渡り、バターは天井に叩きつけられていた。激しい衝撃に翻弄される彼女を、優しく抱き止める影がある。キロネックスだった。
「――あっ」
「バター姉さん!?」
「バター!」
HPの減少と同時に、麻痺に見舞われた彼女には水中を漂うことしかできない。
パックとティーが驚きに目をみはると、メガロドンは無慈悲にもバターに対して牙を振るう所だった。
「えっ……嘘、こんな所で……みんなとお別れなの……?」
パックは走馬灯のように、メガロドンが動けぬバターに襲い掛かるのを見ていた。彼我の距離は7メートル。走れば割って入ることも可能で、されど水中ゆえにそれも叶わぬ距離だった。
彼女の危機に彼の頭脳が焼き切れそうなほど必死で回転し、次の瞬間メガロドンと無防備なバターの身体が交錯した。
残酷な牙が彼女に柔肌を切り裂く寸前、雷光が両者を別っていたのである。
「シン君!?」
「サヤ姉さんッ! 良かった間に合ってッ!」
ほとんど本能的に剣スキル“紫電一閃”を発動させたパックが、メガロドンに勝るとも劣らない速さで、さながら姫君を助ける騎士のように割って入ったのだ。
それ目にしたバターは思わず――罵声を放っていた。
「何考えてるのッ!? こんなことしたら、貴方まで一緒に死んじゃうじゃないッ!?」
「ごめん! でもッ!」
激怒した彼女が叱りつけるよりも先に、パックは失敗に気付いていた。身体が動かなくなったのである。巨大な毒クラゲが、ひしと抱き合った2人をヴェールのように覆っていた。
パックは仮想現実の、されど暖かなバターの身体を抱きしめたまま硬直していた。目前には迫りくるメガロドンの牙。それを前にバターは威嚇するように睨みつけ、パックはただ悔しそうに呻くことしかできない。
メガロドンの牙が2人を噛み砕く寸前、パックが聞いたのは誰よりも信頼する兄姉の声だった。
「ティーッ! 殺せえええッ!」
「――ッ!」
刹那、触れられそうな距離にまで近づいたメガロドンが急停止する。死を覚悟したバターが思わず間抜けな声を漏らす中、パックは確かに見た。
ティーが、バターが取り逃がしたレモラの片割れを攻撃したのだ。辺りに墨が撒き散らされるや、メガロドンはプログラムに従って攻撃対象を変更したのである。
「Attaboy! Puck! It’s a fine play!」
同時に、アイテムによって麻痺から復活したアメリアがパフと共に攻撃を放ち、キロネックスに止めを刺す。
「アメリア!? ありがとう、助かったわ!」
「Don’t mind! これで、昨日の借りは返したです!」
人魚のモノフィンが生み出す圧倒的な推進力を生かして近づいたアメリアが、慌てつつも何処か愉快そうに麻痺を治療していく。彼女は信頼できる仲間と共に強敵に立ち向かう、この上ない一体感に酔いしれているのだ。
その一体感はパックやバターにも伝染し、気が付けば燃え上がるような勇気をその身に宿していた。
「ティー! 少しだけ耐えろ!」
「分かったわ」
だが、直ぐに現実に戻らざるを得なかった。メガロドンの猛攻を前に、ティーは壁際に追い込まれていたのだ。新たに発射されたレモラが今度はアメリアを狙う中、パフは静かに決断を迫られる。
強い意志の込められたその瞳が、刺すようにメガロドンに突き刺さる。
「策があるッ! 総攻撃だ! メガロドンを討ち滅ぼせッ!」
パックは兄の言葉に思わず振り返っていた。まだボスのHPは4割も残っている。倒しきれるとは思えない。だが、彼の視線の先に、パフは居なかったのだ。
彼が目を剥くのと、総攻撃が始まるのは同時だった。
パックの視線の先では、最愛の姉が避けるのを止めて反撃に出ていた。床に足を付けて構えた槍が、一瞬のうちに巨大化する。
槍スキルレベル7、“タイタンランス”である。効果はMPを消費する代わりに、数秒間与えるダメージが倍増すること。
刹那、ティーの槍とメガロドンの牙が交錯する。槍がメガロドンの頭部に突き刺さり、同時にティーが突進をもろに食らって弾き飛ばされていた。
「姉さんッ!?」
「何をしているの? 総攻撃よ、パック」
HPが30%を割り切った彼女は、眉一つ動かさなかった。見ればメガロドンに向けてアメリアが切りかかっている。
「あぁもう! こうなったら攻撃よ! それしかないわ!」
仰天していたパックは、傍らのバターの声に無意識の内に従っていた。彼女の強気な態度は、何時だって彼の憧れであり背中を押してくれるのである。
再びメガロドンとティーが睨み合う。尾びれが叩きつけるように水をかき分け、メガロドンがスピードに乗る。それをティターニアは冷静に見つめ、ただ槍を繰り出した。
異変が起きたのは、その瞬間である。
突如強烈な水流が床に向かって発生し、パックもバターもティーも、メガロドンもレモラもがなすすべなく床の一点に吸い寄せられていた。
水が抜けているのだ。水槽から。
厳しい表情をほんの少しだけ緩めたパフは、期待通りの効果があったことに口角を吊り上げている。このダンジョンは“地下放水路”である。そして、メガロドンは水の注水によって現れた。ならば当然、排水機能も存在していたのである。
高台となった彼の位置からは、床に一か所金網に覆われた区域が見える。そこにあらゆるものが吸い寄せられていたのだ。あまりの強力な水流により、身動きを取ることすらできない。
そう。たった一人、モノフィンによる強力な泳力を持つアメリアを除いて。
「アメリアッ! 頼んだぞ!」
「Roger Puff!」
既に水は半分ほど抜けきっている。だが、それだけあればアメリアには十分だった。人魚のように可憐な彼女の手には、磨き抜かれた剣。高らかに咆哮を上げた彼女が、身動きの取れぬメガロドンを一刀のもとに切り伏せていた。
「Die!」
“紫電一閃”。メガロドンの頭部に剣を突き刺し
「you!」
再び電撃の突きを放ち、頭から尾びれまでを切り開き
「sun!」
その尾びれを両断するように叩き切った。
「of a……」
まだ終わりではない。すぐさま反転すると稲妻をその身に宿して突き進み、
「bitch!」
舞い戻ったメガロドンの目前で、最後のスキルを放つ。剣スキルレベル9“木の葉落とし”。名前の通り彼女の姿が舞い落ちる木の葉のようにぶれるや、次の瞬間彼女の剣が強引にクリティカルを叩き込んでいた。
一度ではない。都合3度、防御力の低い代わりに弱点の存在しない筈のメガロドンを膾切りにしていたのである。
同時にパックとバターの放ったスキルがメガロドンに突き刺さる。更に一拍遅れてティーの放った竜炎槍が命中するや、爆音と共に大爆発を起こしてボスに打撃を与えていた。
だが、そこでパックの表情が苦々しいものに変わる。メガロドンはまだ生き残っていたのだ。同時に最低限の水量を残した排水が終わり、天井の配管から注水が始まる。
倒しきれなかったメガロドンが動き出したところでティーが小さく、だが苦しげに呻いた。水中戦でスキルを連発した結果、MPを使い切ってしまったのである。
見ればメガロドンは最終形態に入ったのか、引き連れるレモラの数が倍増し、頭部に小さな灯火まで生まれていた。それは次第に大きくなっていき、
「全員、離れろっ!」
パフの声にハッとなったパックは、慌てて距離を取っていた。
次の瞬間、メガロドンの頭が大爆発する。まるで爆撃を食らったかのようなその一撃は、パフが持ちうる限り最大規模の攻撃だったのである。
火魔法レベル8“デトネイション”。爆轟を意味するその魔法は、敵味方の区別なく無差別に破壊を巻き散らす代わりに、極めて高い威力を誇る。
途端、地下の巨大水槽に歓喜の声が響き渡った。全員で一致団結して挙げた戦果は、レベルアップの福音という形で還元されたのである。
「ねえ兄さん。アメリアが攻撃した時、何て言ってたの?」
「………………汚い言葉なんだが……」
ナーガホームの一行は回復を済ませた後、メガロドンが現れた注水用の配管を上へ上へと泳いでいた。その途中のパックの素朴な疑問に、パフは着ぐるみの奥で苦虫を噛み潰したかのような顔を作っている。
「意訳で良いか? “やーいやーい! お前のかーちゃんでーべそ!”×100くらいの罵倒」
「何それっ!? さっぱり分からないんだけど!?」
今更になって恥ずかしそうに頬を染めるアメリアを尻目に、兄弟は仲良く真上に見える光へ向けて進んでいる。
「日本語訳は難しいレベルの罵声なのだよ。そうだな……“馬鹿”は2でべそ、“死ね”は4dbsくらいの失礼さだから、“死ね”を25回連続して言うくらいの罵声?」
「でべそスケール!?」
男2人の馬鹿馬鹿しい会話を、女性陣は華麗にスルーを決め込んで泳いでいる。にもかかわらず、パフは無駄にまじめな顔を作って告げていた。
「キモいは10dbsくらいだから、面と向かって“キモッ! この人キモッ! キモすぎでしょ!? キモさにも限度があるだろ自重しろし! お前のせいでキモいが困ってるくらいキモいんだだけど。キモくならないように自重しろよ。お前のせいでキモいの定義変わったわ! マジキモい。そんなキモいのに何で生きていられるの?”っていう位の失礼さ。日本語の長文を短くできるなんて、英語は便利だな」
「なるほど……」
「なるほど、じゃないわ。2人ともアホなことやって進むわよ」
耐えかねたティーが兄弟を槍で突っついた所で、メールの着信音が鳴り響く。着ぐるみの尻に槍の穂先が迫ったパフが泳ぎながらもステータス画面を開き、何処か緩んでいた表情が引き締まる。まるで氷原のような冷たさを秘めた瞳に、思わずティーは困惑していた。
パフはすぐそこまで迫っていた水面に上がってから、メールの内容を説明する。その顔からは、表情が抜け落ちていた。
「……直ぐに“太古の森”に戻るぞ。装備を整えるんだ」
「パフさん? どうしたんですか? 有志同盟で何かありました?」
直ぐに薄笑いを戻したパフは、自身の装備を陸戦に変えながら不審そうなバターに答える。そう、努めて何でもなさそうに。実際、メールの文面は短かったのだ。
「PKの警戒に当たっていた参陣高速団、シグ、リンダ、オラクリスト。以上6人が行方不明だそうだ」
「――ッ!? 兄さんそれって!?」
それは、事実上の戦死である。一同は凍り付いたように唖然としていた。
がらりと空気が変わる。それはゲーム始まって以来一番の凶報だった。
「来たわね、ナーガホーム。これで全員よ」
“太古の森”の宿屋では、相変わらず偉そうな態度のブラックウィドウが椅子に座ってふんぞり返っていた。しかしながら、その顔色は悪い。
スカボローの他メキメッサー等のソロプレイヤーまでをも招集した有志同盟の臨時会議である。ふんぞり返った彼女に実務能力は無い為、代わりにテキパキとフォルゴーレが司会を務めていく。
だが、その彼も又、動揺が隠しきれていなかった。
――PK対策兼、“太古の森”攻略の護衛を行っていた6名が、護衛対象4名ごと連絡を絶った。メールへの応答も無い。そして、拠点にも戻っていない。以上の事から、10人はPKと戦って戦死したと思われる。
平静を装いながらも、説明するフォルゴーレの口調は震えていた。彼は参陣高速団のライゾウとは、ゲーム開始以来の知り合いだったのである。見れば面倒そうにあしらっていたはずのスカボローですら、筆舌に尽くしがたいほど顔を歪ませていた。
重苦しい空気が漂う中、パフは有志同盟のメンツに視線を送る。流石に暗い表情を隠せない彼らの多くは、最近になって参加したプレイヤー達である。彼らは“太古の森”の難しさとPKへの対策としてレベリングを重視した結果、未だにここに留まっていたのだ。
パフは難しい顔のままそっと席を離れ、エーシィに直接話を聞いていた。パフのメールはエーシィからの連絡だったからである。
「なぁスターファイア。一体何があった?」
「……PKに襲われたのは確かだろう。しかし信じられん。10人もの人間を皆殺しとは……。ネウロポッセはどれだけ強いというのだ……?」
冷静だった彼は、淡々と事実をパフに伝えていく。パフはその悲報を外面に深刻そうな顔色を作りながら、咀嚼して頭脳に納めていく。
――高レベルのプレイヤー10人を皆殺しだと? 犯人は複数犯、しかも2人どころかそれ以上の可能性もある。だが、何故だ? 何故知り合いのいないゲームにもかかわらず、そんな大勢の人間が徒党を組んでPKに走っている?
「ふざけんじゃねえぞッ!!!」
だが彼の思索は、見たことも無い男によって妨げられる。まさに激怒といった表情で憤怒を露にした彼は、こころなしか恐怖で体を揺らしていた。
「何が“有志同盟で護衛するから安全”だッ! 散々拠点の監視にこき使った挙句、全ッ然駄目じゃねえか!!! 騙しやがったな手前ェ!?」
「お、落ち着いて下さい“ガロウ”さん!」
「うるせえテンペスト!!!」
エーシィのテンペストが激高した彼を必死で宥めようとするも、効果は無い。だがその圧倒的な怒りだけは周囲を委縮させていた。
あまりの剣幕におされたパックはつい目を逸らしてしまい、ヘルキャットと視線が合う。彼女はテーブルに突っ伏したまま、つまらなさそうに首を横に振った。
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