LOAD GAME →地下放水路にて 残り時間165:00:00
配管を抜けた先は、迷路のように入り組んだ地下空間だった。とは言え、モノフィンによってかなりの泳力を持ったアメリアが全力で泳いだとしても、問題ない程度の広さはある。
「まさか、水着で着膨れしたのが仇になるとは……!」
「その……兄さん……運が無かったね……!」
インナー姿で微妙に気落ちしたパフを、パックは微妙な苦笑いを堪えて見ていた。マンホールに詰まって尻だけ出てるペンギンの哀れな姿は、不覚にも彼の脳裏に刻みついて笑いを強要してくるのである。
そんなパフを、珍しくアメリアが励ましていた。
「……Hey! 逆に考えるです! 水着ステージだし、みんなのBikiniが見れてラッキーだったです!」
「――!? これが本当の幸せ太り……!?」
「兄公、馬鹿なこと言ってないで進むぞ」
地下放水路は地上部分とはうってかわって、薄暗い場所だった。ただ道の所々に誘導灯のような人口の明かりが設けてあり、カンテラが無くとも見通しは効く。問題は、進む道が前後しかないことである。
困ったことに、どちらも通路は先で曲がっておりどちらが進む道か見当もつかない。
一連のじゃれ合いを一歩引いた所で見ていたバターもつい苦笑してしまい、その口元から気泡が零れる。それはゆったりと地下放水路の天井に向かって行き、途端彼女の脳裏をスマートな解決策が過っていた。
「前よ! 前こそが進む道だわ!」
「バター? どうしてそう思うの?」
ティーの疑問に対し、彼女は久しぶりに見返す機会とばかりに水を得た魚の如く自信満々に胸を張っていた。
「見なさい! 生まれた気泡が天井に当たって後方に流れていくでしょ? つまり前こそが地下深き場所へと繋がっているに違いないわ!」
「……! 凄い! さすがバター!」
同時に素直なパックが彼女に敬意の眼差しを向け、それが益々彼女の鼻を高くしていく。
「地下にボスがいると決まったわけでは……」
「何を言うのよティー! ボスは奥深くで待ち伏せているってのがお約束なのよ!」
バターとティーが話し合う中、一方でパフはキロネックスとの戦いで手に入れた戦利品を装備していた。それは実用性もさることながら、洗練されたデザインも光る逸品である。
珊瑚の首飾り:アクセサリー。重量1。装備者の水魔法の効果を20%上昇させる。装備者の炎耐性を3%下降させる。
「Wow! キレーです!」
その赤珊瑚でできたネックレスに、アメリアは目を奪われていた。文字通り目がキラキラしており、思わずパフも彼女に譲る事を考えてしまう。だが、ハッとなったアメリアが慌てて視線を逸らしていた。
彼女にも色々と思う所があるのである。
そして論争の結論が出たタイミングで、パフは再度ペンギンスーツを着込む。タイムリミットが刻一刻と迫っているのである。
幸い着ぐるみの手でも、メモを取るのに不自由しない。囮も兼ねて最前線を進む彼は、同時に自分達の泳ぐ経路を入念に記載していく。このダンジョンは立体迷路と化しているのだ。時間の浪費は避けたい上に、迷路で夜を明かすなど考えたくも無い。
幸いな事に“地下放水路”は謎解きや強敵に溢れるダンジョンというよりは、文字通りの迷宮的な要素の強い所であった。迷路化したうえで複雑に入り組んだ配管はメモ無しでは迷うこと間違いない。
しかし逆に言うと、地道に道順をメモしていればいつかはゴールにたどり着けるのである。
襲い掛かってくる敵もコナスやシースティング等の脅威度が低い相手が中心であった。どちらも毒持ちではあるが、即死するような危険さは無い。
「何ていうか……。地上部は中世風の石の街だったのに、地下は現代風なのね」
「明かりがあるだけましよ。……着いたわ」
ナーガホームは2時間以上かけて、ようやくダンジョンのボス部屋に辿り着いていた。一際大きな配管に、お馴染みとなったボス部屋特有の門が取り付けられている。
※WARNING※
この先には特別に強い敵がいます!
一度に挑めるのは1パーティー6人までです!
一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!
お決まりのメッセージを前に、念を入れてステータスをチェックする。レベル64。問題ない。
そこでパフが囮になるために前に出ていた。メンバーの緊張を解すように、着ぐるみの向こうで優し気な声を作りあげる。
「……ま、大丈夫だろ。今回はレベルもかなり上がってるしな」
「だと良いのだけれど……。偶には楽したいわね……」
それにティーが優雅な仕草で髪をかき上げながら答える。言葉尻とは裏腹に余裕を感じさせる行動に、気が付けばパックは地に足が付いていた。同様にアメリアが心を奮い立たせるように拳を突き上げる
「Yup! さっさと片づけて、おさらばするです!」
「そうだね。このステージには、あまり良い思い出もないし!」
「……? パックはぶち子のお尻を触れたじゃない」
「あ、あれは悪い思い出だし!」
姉の突っ込みに、パックはつい本音を出していた。その女性に対するぞんざいな扱いに、バターは窘めるべきかどうか迷ってしまう。だが、所詮ぶち子である。他の子にも同じ扱いをするなら、改めて注意をすれば良いのだ。
バターは配管を塞ぐように位置する門を開き、先に侵入していた。
意外なことにその配管は上に向かって伸びている。そしてその先には思いもよらぬものが彼女を待ち受けていた。
「あれ? 空気がある……。ここは地上なの?」
そこは、巨大な水槽のような出で立ちの場所だった。バターが上がった配管の先はその上部に位置する足場になっていて、すぐ前まで水が溜まっている。かなりの深さがありそうだ。水槽のそこかしこに人口灯が備え付けられており、見通しは悪くない。
だが、そこに敵は存在しなかった。
「バター。そこに何かあるよ?」
続いて上がってきたパックは、水槽に目を向けているバターとは逆に壁に注目していた。そこには小さなレバーがあり、こう書かれている。
“注排水装置”
「ステージギミックか……面白いな。作動させてみるか」
「あ、兄さん」
気が付けば、全員が足場に勢揃いしていた。パフは全員を一度見回してから、装置のレバーを注水側に引く。
すると次の瞬間、天井に有った巨大な配管から猛烈な勢いで水が音を立てて流れ込んでいた。見る見るうちに水位が上がっていく中、パックは確かに見た。水槽に水が満ちる直前、着水音と巨大な水しぶきを上げる影があったことを。
パックの表情が引き締まり、気泡に塗れたその向こうに鋭い視線を送る。
水中で身震いした巨大な姿は、優に10メートルを超える。イルカのような流線形の身体に、ナイフの様な牙の連なる口が特徴的である。その凶悪な面構えは、人一人を食い千切ることなど造作もない。
“メガロドン LV50”
「シャチ……いや、鮫だ!」
パックの言葉と同時に、メガロドンは巨大な咢を開いて咆哮を上げていた。水中ゆえにその叫びは水を揺るがすエフェクトを伴い、水槽内を拡散する。
「みんな下がってくれ! 俺が前に出る!」
パフが勇猛果敢に指示するのと、メガロドンが巨体に見合わぬ高速で動き出すのは同時だった。
「Hooey!? 速すぎるです!?」
水を得た魚。その慣用句が驚くほどこのボスに似合っている。メガロドンは10メートルはあろうかという距離を一息に詰め寄ると、瞬く間にパフに牙を剥いていた。
「パフさん危ない!」
巨大な咢に彼が飲み込まれる寸前、その姿が流れるように動いた。メガロドンのギザギザした牙が水だけを噛み砕く中、彼は臆せず跳び箱のようにメガロドンを踏んで、後方に回り込んでいたのである。同時に魔法を込められた杖が赤く発光するや、無数の炎の槍を吐き出す。
その途端轟音が巻き起こり、魔法の悉くがメガロドンに命中していた。HPゲージを10%も削っている。
「いよっしゃぁ! これなら、どうにかできそうだね!」
レベル差にメガロドン自体の低防御力もあって、パーティーの予想以上のダメージが入っていたのだ。
だがその喜びにあふれた表情は、直ぐに凍り付くことになる。
メガロドンが反撃と言わんばかりにパフに対して尾びれを叩きつけるや、彼は反対側の壁にまで弾き飛ばされていた。そしてそのHPは半分を割り込んでいる。
「んな!? こいつ、攻撃力が高すぎるわ!? クリティカルが決まったら、私やパックは一発も耐えられない!?」
同様に驚きのあまり血の気が引いたバターが思わず呟いてしまう。それを訊いた反応は様々だった。アメリアが上等だと言わんばかりに身を躍らせて戦いに向かう中、パックは少しだけ気後れしていたのだ。
序盤の戦況はナーガホームが優位に進めていた。これは、最初に交錯の後にパフが提唱した、シンプルな結論のお陰である。
つまるところ、鮫には手が無い。言い変えれば、接近攻撃しかできないのである。
それを察したパフは、彼自身にティーとアメリアの防御力の高い3人でメガロドンを包囲し、パックとバターには後方からの援護を任せたのだ。
メガロドンはその圧倒的な暴力を縦横無尽に振るい、しかしながら一撃では死なない為ナーガホームを倒し切れていなかったのである。
防御力の低さもあって、そのHPは容易く半分を割り込む。問題はそこからだった。
次の瞬間、メガロドンの胸びれから何かが射出される。小さなそれはされど、確かに鮫の形をしていた。
「What’s!? コバンザメ見たいのが、襲って来るです!」
“レモラ”と表示されたそれは、正確にはメガロドンの身体の一部という位置づけである。言い変えると、ボスを倒さない限り滅びずに襲い掛かってくるのだ。なにより、レモラには製作者側の悪意が込められている。
放たれた全てのレモラは同じプレイヤーを狙うのである。今回放たれた2体のレモラの目標は、モノフィンをくねらせてメガロドンにすれ違いざまに斬撃を見舞っていたアメリアだった。
「邪魔するなです!」
魚雷のように襲い来るレモラに対し、アメリアは斬壌剣を振るう。白い斬撃が水ごとレモラを真っ二つにし、
「My!?」
次の瞬間、爆発したかのように墨を辺り一帯に巻き散らしていた。それはアメリアから視界を奪い、逆にメガロドンの視線がアメリアへと注がせる。ボスは目前で回避行動をとっていたティーを無視すると、猛然とアメリアに襲い掛かっていた。
慌てて墨から離れた彼女はメガロドンの突進を避けようとして、真っ青になっていた。
体が動かなかったのだ。いつの間にか体が毒と麻痺に侵されている。見れば水中を墨に紛れて漂う白い影があったのだ。キロネックスが、天井の配管を伝ってきていたのである。それに気付いた彼女の表情が引き攣る。
「Damn it!? クラゲやろーがいつの間に!?」
気付いたパックが治療薬を投げるよりも、メガロドンが巨大な咢でアメリアに食らいつく方が速かった。その咢が閉じられるまでの間、アメリアには気の抜けた声を出すことしかできない。
「アメリア!? 危ない!」
無情にも彼女の姿が墨とメガロドンを前に消え失せる。パックが顔を歪ませる中、兄の声が響き渡っていた。
「バターちゃん避けろ!? 次の狙いは君だ!」
警告を発する彼の腕には、心ここにあらずといった表情のアメリアが抱かれている。彼は毒に侵される危険を冒してまで、ステアを唱えて割って入っていたのだ。
「~っ!? Thank you Puff! God bless you!」
だが代償に、彼はMPの多くを消費してしまっていた。回復にはアイテムを用いても、多少の時間が必要である。
「バター、レモラを攻撃しては駄目よ! あれが死んだ瞬間、墨を目印にメガロドンが飛びついてくるわ!」
「じょ、冗談じゃないわよ!? この金魚のフンみたいに追尾してくる相手を、避け続けろって言うの!?」
同時にティーの言葉によって、スキルでレモラを迎撃しようとしていたバターが回避行動に移る。一転して大混乱に陥る中、キロネックスは獲物を求めて行動を開始していた。
「パック! キロネックスを抑え込め! バターに近づけさせるな!」
「了解! 兄さんこそ、大丈夫なの!?」
焦り気味のパフは、弟に碌な応答を返せなかった。メガロドンの牙が迫っていたのである。元々動きの悪い着ぐるみの上に、麻痺して動けないアメリアを抱えているのである。残された手段は、“ステア”で一緒に移動することだけだった。
それゆえ彼はせっかくアイテムで回復させたMPを、“ステア”で使い果たすという悪循環に陥っていた。
刹那、壁際に追い込まれた2人の姿が消え失せ、メガロドンが強かに壁に激突する。そうして一瞬の硬直の後、再び間近に居たプレイヤーを狙うのだ。元々“ステア”では長い距離を移動できない。そして稼いだ距離をメガロドンは一瞬で埋められる泳力を持ち合わせている。
パフは逃げるのに精一杯で、アメリアの治療にまで手が回らない。彼の視線の隅では、パックとティーが必死でキロネックスと戦っている。だがゆらゆらと揺れる悪い触手に触れてしまえば即座に行動不能に陥るのだ。必然、積極的な攻勢には出られていない。
そしてバターは誘導魚雷のように襲い来るレモラを避けるので精いっぱいだった。いつの間にかメガロドンから新たな個体が発射されている。
「こんの野郎!? ストーカーみたいに纏わりついてくるなんて!?」
運悪く前後からレモラに挟まれたバターは、強引に身を沈めることで突撃を躱す。だがそれで体勢を崩した上に、レモラの片方を見失ってしまっていた。
いつの間にか、ナーガホームは追い込まれていた。
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