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LOAD GAME →水没都市にて 残り時間181:00:00

 ガーを利用したレベル上げ。61にまで達した一行は、意気揚々と水没都市のダンジョンの探索に乗り出していた。フィールドをくまなく探索するのはこのゲーム始まって以来であり、パフの復帰も相まってその空気は快活そのものである。


 レベル上げを通じて水中戦の感覚を掴んだ一行は、次々と都市の建物に残された宝箱を発見していく。“水没都市”はフィールドとして高さがある分、都市そのものは円形でコンパクトに纏められている。中央に王宮があり、そこから四方へと放射状に大通りが伸びているのだ。


 広がる石畳には所々マンホールが存在し、整然とした都市構造と相まって不思議な近代感を漂わせている。


 ナーガホームはその結果、貴重な時間と引き換えにして大きな成果を――あげられなかった。


 あげられなかったのである。都市の建造物の大半を事細かに調べ上げたにもかかわらず、ダンジョンの手がかりすら発見できていない。幾つかのアクセサリーは回収したものの、それだけである。


 困った一行は、最後の希望であった王宮の広間にてカンテラの明かりの元に頭を突き合わせていた。


 「兄さん……。まずいよ。今日はもう時間が無い……」


 深刻な状況にもかかわらず、パックの口調にはどこか気楽さが感じられた。彼はここに至って仲間たちに全幅の信頼を寄せていたのである。彼らと力を合わせれば、何だってできる。


 パックはそれを確信していたのだ。


 「Yup! 無いのは時間だけでなく、Itemもです! 撤退するます?」


 そして、それはアメリアも同じだった。朗らかに笑った彼女は本当に妖精のようで、見るものを和ませる笑顔を受かべている。


 「パフさん。“境界の海”はダンジョンなしのステージでした。ここもそうなんでしょうか?」


 そんな年少2人の明るさにつられたのか、バターも自然と笑みを作っている。気が付けばその手はアメリアの頭を撫ででいて、彼女はくすぐったそうにしていた。


 そんな3人を一瞥したティーは、静かに結論を出した兄に視線を送る。


 パフは着ぐるみの奥で思案していた頭を平常運転に戻していた。ここまでの探索で分かったことを一つずつ並べて整理していく。


 「ふむ……。このフィールドは、横は大して広くはないが縦の高さはある。だが主だった構造物は調査済み。一番ありそうな王宮にも、宝箱以外は何もなし。そしてキロネックスを筆頭に雑魚敵を倒してみたが、特に変化も無し。……そうなると」


 パフの頭の中でばらばらだった情報の断片が集まって形を成していく。それは一つのアイデアだった。


 「……一旦中州に戻ろう。どっちにしろ強制睡眠が迫っているし、回復アイテムも心細い」


 かくして一行は帰還を決定していた。


 その道中にキロネックスと対峙するものの、5人それぞれで分担して警戒に当たっていたため早期発見ができていた。


 悠然と触手を伸ばしてくるキロネックスに対しありったけの火線と斬撃が集中し、弱った所をアメリアとパックが剣スキルを発動して突撃していた。


 剣スキルレベル8“紫電一閃”である。名前の通り2人の身体が電気を帯びたように輝くと、次の瞬間には怒涛の勢いで強烈な突きを放っていたのだ。帯電した剣を先頭に7メートルも突き進むスキルは、水中おいては攻撃だけでなく移動にも使える便利なスキルである。


 「Serve(ざま) you() right(みなさい) ! 」


 2人がかりの“紫電一閃”によってX字に切り裂かれたキロネックスは、虚しく水に溶け込んでいく。それを見たアメリアはガッツポーズと共に快哉を叫んでいた。


 そのままパックと共に水面に向かう道すがら、パフは自ら志願した下方の警戒に集中している。そう。下方を良く観察し、“水没都市”の隅々にまで視線を送っていたのだ。


 「あぁ。そういうことか」


 彼は弟たちとは違って静かに、されど確かに快哉を表していたのである。


 「兄公? どうかしたの?」

 「いや、ダンジョンの手がかりを見つけたかもしれん」


 その言葉にティーとバターが顔を合わせる中、パフは確かめる様に視線を下に向けていた。


 一方のパックは、そんなこととは露知らずにまっすぐに水面に向けて手を伸ばしていた。周囲に紺色が水色になっていき、やがて太陽の白に変わっていく。そしてついに水面を越えて、彼の腕は久しぶりに空気を掴んでいた。


 それは、ぐにゅりとしていて、間違いなく彼の知っている空気の感触ではない。不審に思ったパックは未知の感触を確かめようと顔を水面に上げ、思わず蒼白に変わっていた。


 尻だった。彼の手は確かに、尻肉を思いっきり掴み揉んでいた。


 「出たああああ!? 変態童貞野郎だあああ!? ヘルキャットに続いて私まで触りやがった!」

 「ぶち子ちゃん!? 何でここに……ふぎゃッ!?」


 パックの手は、運悪くこれから湖底の探索だと仲間を前に意気込んでいたウィドウの尻に届いていた。即座にウィドウが悲鳴と共にパックの顔面を強かに蹴り飛ばし、湖に沈める。


 「ウィ、ウィドウちゃん!?」

 「あはははは! 何よそれ! 相変わらず貴女も童貞君も、持ってるわね!」


 唐突な痴漢にテンペストは仰天して思わず自身の控えめな体を庇い、ヘルキャットはお構いなしにお腹を抱えて笑い転げていた。そして3人の男性陣はというと、


 「パック、なんだかにぎやかですね! ……Oh! ブッチーです!」


 ほぼ全裸の姿で見事なスタイルを惜しげもなく白日の下に晒しているアメリアに釘付けだった。さしものフォルゴーレですら一瞬目を奪われるほどなのだから、残りの2人の対応などたかが知れている。


 そして、ウィドウは本日2回目の渾身の絶叫を上げていた。さっきまでは心細そうに控えめな胸の前で組んでいた腕を、思わず湖の人魚に突き付ける。


 「ぎゃああああ!? 痴女だ! 痴女天使だ!?」

 「My!? そ、そんな……」


 豊かなアメリアの胸と、ささやかな自身の胸。細長いアメリアの脚と、短い自身の脚。ビキニ姿が故に一目瞭然だった。ウィドウはいたく劣等感を刺激されて、涙目になりそうなのを必死で堪える。


 「地上天使だなんて! 照れるです!」

 「褒められてないよ!?」


 一方のアメリアは、呑気に褒められたと勘違いし照れていた。パックの突っ込みも空しく、ヘルキャットの笑い声に紛れていく。


 「そうだ! このステージ終わったら、ブッチーにこのMermaid Bikiniあげるです!」

 「要らないわよ!? 着ても虚しいだけじゃない!」

 「胸も空しいしね」

 「黙れ童貞がァ!」


 途端に賑やかになった湖面に誘われたのか、そこでパフとバターが浮上してくる。バターは無意識の内に男性陣の視線が胸に吸い寄せられるのを察して、腕で庇いながら着替えてしまう。一方のパフも動きにくい着ぐるみを脱いで、同様にインナー姿に戻っていた。


 そこにウィドウが抗議していた。


 「ふぐぅぅぅ……! お宅の弟はどういう教育受けてんのよっ! お尻触られた!!! 手前ふざけんなや!? 誰にも触らせたこと無いんだぞ!?」

 「まぁ、触る相手もいなさそうだし」

 「やかましいわ童貞!?」


 その一連のやり取りと笑い転げているヘルキャットから、年上2人は事情を察していた。


 至極どうでもよさそうな対応に、尚更ウィドウの怒りのボルテージは上昇していく。気が付けば彼女はパックに向けて勢いよく捨て台詞を吐いていた


 「ちくしょうっ! なんなのよこのステージは! 私だけを殺す機械なわけ!?」

 「ご、ごめんねぶち子ちゃん……! そうだ、お詫びにフィールドの情報を……」

 「要るか馬鹿野郎! このブラックウィドウ、世の中の美男美女に掣肘を食らわせることだけを楽しみに生きてんのよ! 美女パーティーからの施しなんて受けるもんですか! どうせ、そうやって憐れむつもりなんでしょ! ちくしょうめえええッ!」


 そこまで一息に長台詞をパックに向けて投げつけると、新たに浮上してきたティーの肢体に我を忘れて夢中になっている男たちをキッと睨みつけ、即座に湖に飛び込む。


 エーシィ全員が湖面へのダイブを決めた後、ウィドウはあらん限りの思いを込めて太陽とナーガホームに向けて叫んでいた。


 「おのれええええ!! 勝ったと思うなよおおおおおお!!」


 その欲望駄々漏れの本音と小悪党っぷりに、パックは不思議と癒しを覚えていた。今なら何故ヘルキャットがウィドウに構うのか、実に良く分かる気がする。


 そんなことを考えていると湖面に気泡が浮かび、ヘルキャットが戻って来ていた。水に濡れた肢体に情欲の炎を秘めた瞳をパックに向ける。当然のように前かがみになって、黒いビキニから零れる胸の谷間をアピールするのも忘れない。


 「ねぇ……パック。私にはこっそり教えて欲しい……な?」

 「う、その、クラゲに気を付けてね。それと、明かりに寄ってくる敵がいるから、あとは……」

 「PKだ」


 パックはいつものようにヘルキャットの手練手管に引っ掛かり、情報を差し出していた。そしていつの間にか、パックの後ろにパフが立っていたのである。ヘルキャットの瞳が愉快そうに吊り上がり、パフは鋭い視線を彼女に向ける。


 「あら、お兄さん? 私を御指名?」

 「有志同盟に裏切者がいる。探すからそっちでも手伝ってくれ?」


 言葉少なめの提案を、されど明敏な彼女の頭脳は即座に理解しウインクを返していた。


 「はあい。両パーティーで組んで、炙りだすのね? ウィドウに伝えておくわ」


 獲物を前にした猫のように獰猛な笑顔を浮かべたヘルキャットは、直ぐに元の誘惑顔に戻ると湖に身を浸す。


 最後に頭だけを湖面に浮かべた状態でパックに投げキッスを飛ばすと、イルカのように身体をしならせて仲間の後に続いていた。




 中洲の街に戻ったナーガホームの面々は、有志同盟の会議の準備をしていた。といっても今回参加するのはパフとティーの2人のみ。残りの3人は手分けをしてアイテムの補充や、中洲の街の情報収集を図ることになっている。


 変わらず燦々と陽光が降り注ぐ中、早々に仕事を終えたアメリアは宿の部屋でバターとのんびり過ごしていた。パックは時間ぎりぎりまで街の情報収集に奔走している。


 もっともそこには、綺麗な女性と3人きりという状況への気恥ずかしさも多分に含まれているのだ。バターはそれを暗に察していた。伊達に長い付き合いをしているわけではない。


 そして、バターの勘はアメリアに対しても働いていた。さりげなさを装いつつも、どこかもじもじした彼女の態度は、同性のバターをもってしても思わず夢中になりそうな魅力を放っている。


 「でも……なんで“AC”の皆さんは、こんなに遅くなったのでショウ?」

 「そうねえ……まぁ、あのパーティーは物理中心だし、海賊船相手に苦戦したんじゃないかしら?」


 バターの指摘は正鵠を射ている。ウィドウたちは海賊船相手に大苦戦した結果、徹底的なレベル上げと船の最大までの改造を余儀なくされていたのだ。


 幸いにもパフの時空魔法に刺激を受けたヘルキャットが、その内の幾つかを習得している。その為クラーケンを倒すまでに時間こそかかったものの、全員無事で討伐を成功させていたのだ。


 そして、そこで話が終わってしまった。アメリアが羞恥に頬を染めながら、おずおずと本題に入っていく。


 「Hem……Uh……あのですね……。Butterを見込んで相談があるます……」


 ビキニにも動じないアメリアが、珍しく乙女になっていた。それに苦笑したバターが、優しく続きを促していく。


 白い大理石の部屋は窓の向こうに湖と、それを彩る空の白い雲がゆっくりと流れている。それらを鏡面のように映しこんだ湖面は風光明美という他ない。


 2人は部屋にティーが戻ってくるまでゆっくりと話し合い、親交を深めていた。




 翌朝。ナーガホームの面々は会議の後、エーシィとは顔を合わせなかった。おそらくテントを使って攻略を急いでいるのであろう。


 一行はパフの導きに従って、迷いなく湖底に向けて進んでいた。


 なんの成果も無い会議にうんざりしたパフは、その間ずっと“水没都市”に思いをはせていたのである。


 「つまり、地下だよ」

 「地下?」


 潜りながら、パフは軽やかに説明していた。今回は索敵などせずに、全速力で“水没都市”の湖底を目指している。


 「このステージの特徴を思い出してくれ。横は狭く縦に長い、だ。ならば、都市の上空だけでなく地下があったとしても不思議ではない」

 「な、なるほど!」


 兄の導き出した回答に、パックは思わず納得していた。元より従うつもりのアメリアとバターも感嘆する中、唯一不審そうなティーに向けて彼は言葉を続けていく。


 「……でも兄さん。昨日探した範囲では地下への入り口は……」

 「あったぞ? 当たり前すぎて、見逃していたかもしれないけど」


 そして敵の攻撃を潜り抜けて到達した“水没都市”の石畳に覆われた道路にて、パフは自信満々にカンテラを掲げて探していた。時より濃紺の水の向こうからガーが突撃してくるものの、彼のペンギンスーツを突き破ってはいない。


 「ここだ」


 そしてパフは何もない道路のど真ん中で立ち止まっていた。いや、正確には彼の足元にそれはある。


 「マンホール……ですか?」

 「そうだよバターちゃん! 地下への入り口にうってつけだろ?」


 そのままパフはマンホールに手をかけ、持ち上げる。これでただのオブジェだったら彼の面目は丸潰れだったが、幸いな事に今回は正解だった。


 マンホールの先には確かに空間があり、配管のように地下深くへとつながっているようだった。


 ダンジョン名“地下放水路”。


 ようやく見つけ出したダンジョンに、一同は思わず歓声を上げていた。すかさずパフが颯爽とマンホールを降りようとし、


 「やっべ」

 「どうしたの? 兄さん」

 「つっかえた」


 狭い配管に悪戦苦闘していた。


※最新の進捗状況は活動報告をご確認ください。

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