表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

原因

維月は、庭でぼーっと座っていた。

維心と十六夜が思っていたように、怒ってなどいなかった。ただ、自分も維心と十六夜の二人に愛されて、それが当然だと思ってしまっていた。だが、十六夜だって、自分だけを思ってくれる一人が欲しいはず。こんなことは、中途半端で不自然なのには変わりはないからだ。

それに、確かに信じてもいた。十六夜が自分以外の祖母や曾祖母に恋愛感情など持たないと思っていたからだった。だが、さすがに二週間もあちらに入り浸りになっていたら、心配になった…何しろ、生涯を看取った者達ばかりなのだ。何も、自分だけが十六夜に見守られていた訳ではないのだから。

維月は、ため息を付いた。やっぱり、十六夜の自由にさせてあげる方がいいのかな…。私には、維心様が居るし、維心様は傍から離したくないと言って、いつも傍に居てくれる。生前もそうだったが、政務も責務も無い今は、特にずっとそうだった。

維月がまたため息を付くと、控えめな声が呼んだ。

「維月…?」

維月が振り返ると、そこには維心が立っていた。恐る恐るといった感じだ。維月は、立ち上がって維心に歩み寄って、胸に飛び込んだ。

「維心様…。」

維心は、驚いたように維月を受け止めた。

「維月?どうしたのだ。怒っておるのではないのか?」

維月は維心を見上げた。

「え、どうしてですの?」

維心は、本当に維月が怒っているのではないことを知った。

「なんだ…そうか。ならばやはり十六夜に来させればよかったの。十六夜が、主が本気で怒ったと申すから…。」

維月は、維心が十六夜の代わりに自分の機嫌を伺いに来たのだと分かった。そして、ため息を付いた。

「そうではありませぬの。私、やはり三人というのに無理があるのだと思って…私、十六夜だけを愛してあげることが出来ませぬ。維心様をとても愛しておりまするし、無理なのでありますわ。でも、十六夜も誰か一人に愛されたいのかと思って…何しろ、私の縁戚は皆十六夜に見守られて、看取ってもらった者ばかりなのですわ。だから、私は死んでまで十六夜を縛らないほうがいいのかと思うのです。」

維心は、じっと聞きながら思っていた…これは、怒るよりヤバいことになるやもしれぬ。

しかし維月は、そんな維心の心は知らずに続けた。

「思えば死んだ時点で、婚姻関係などなくなったのですわ。お互いが望んでおるのならいざ知らず、どちらか一方でも新しくやり直したいと思うなら、そうするべきではないでしょうか。ここではこれを身としておりまするけれど、あちらでの身は滅んでないのですもの。転生する時は全て忘れて真っ新で生まれるのだし。そうは思いませぬか?」

維心は、維月をじっと見て答えた。

「そんなことを申すな。我とて同じではないか…主が、他を望むなら認めよと、我に別れよと申すのか?」

維月は首を振った。

「私は維心様を愛しておりまするわ。維心様は、ここでも共にと思うてくれまするか?」

維心は何度も頷いた。

「思う。生まれ変わっても共にと望む。維月、しかし十六夜だって他意はないと思うぞ。此度ははめを外し過ぎただけよ。何もしておらぬと言うしの。」

維月は下を向いた。

「…でも、あちらの世であったなら、何もしておらぬでも、皆妃になっておったのではありませぬか?」

維心はため息を付いた。確かにの。

「その通りよ。我も、それは十六夜に申した。十六夜も、それにやっと気付いたようであったわ。なので、これからはこんなことはないと思うがの。」

維月は黙った。維心は、腕に抱いているのでダイレクトに伝わる維月の心を感じて、落ち着かなかった。これは…嫌な予感がする。

「あの、維心様。」維月が言った。維心は、緊張して維月を見た。「十六夜と話しまするわ。」

しかし、維心は安心出来なかった。おそらく自分は大丈夫だろうが、十六夜は…。

さくさくと下草を踏みしめて屋敷の中へ戻って行く維月を、維心は慌てて追い掛けた。十六夜に、何を話すのだ。

しかし、維月は振り返って維心を制した。

「維心様…十六夜と二人きりにしてくださいませ。話して参りまするゆえ。」

分かっていたが、維心は気が気でなかった。どうして我が、死してまで他の心配をせねばならぬのよ。


十六夜が、心細げに居間に座っていると、維月が入って来た。十六夜は立ち上がった。

「…維心は?」

維月は首を振った。

「維心様は関係ないから。十六夜に話があるって、遠慮してもらったの。」

十六夜は、維月から怒ったような感じを受けないのに戸惑った。どうなってる…怒ったんじゃないのか。

「あの、維月…オレ、何も考えてなくてな。すまない。もう、ふらふら出掛けて何も言わずに帰って来ないなんてないからよ。」

維月は、首を振った。

「そのことなんだけど、十六夜…」と、維月は、椅子を示した。「座って。」

十六夜は、ためらいながら座った。維月も、その斜め前に座る。そして、続けた。

「あのね、私達、死ぬ前は結婚していたけど、今はもう婚姻関係にはないと思うの。だって、死んだんだもの。」

十六夜は、驚いた顔をした。それは…そうかもしれないが。

「だが…一緒に来るって言ったろう?そう約束してたじゃねぇか。」

維月は頷いた。

「そうね。だから、一緒に来たわ。だから、そんなことはもう、考えなくてもいいのよ。」十六夜が茫然としているのに、維月は続けた。「私…維心様のことも愛しているでしょう?十六夜だって、一人に愛されたいわよね。私がわがままなんだわ。十六夜が生涯見守ったのって、私だけじゃなかったじゃない。だから、十六夜がその人達から選びたいなら、仕方がないと思うんだ。死んでまで気を遣わなくていいの。新しい生き方…ってまあ、死んでるんだけど…してもおかしくないと思うわ。だから、怒ってなんていないわよ。それでいいと思う…十六夜が選んだことなんだもの。」

十六夜は首を振った。

「そんなこと、選んでねぇよ!維月、悪かったって言ってるじゃねぇか。怒ってるんだろう?だから、そんなことを言うんだろうが。」

維月は、寂しげに首を振った。

「どうして怒るの?私にそんな権利ないわ。こっちでは、私は妻でもないんだもの。」

十六夜は、維月を見た。

「それは…別れようってことか?」

維月はため息を付いた。

「違うわ。別れる以前の問題よ。こちらでは、私達は結婚してないでしょう?一度も一緒に過ごしてないし…こっちに来てから、昼間は張維様と特訓、夕方から夜はあちらでおばあちゃんと美月おばあちゃんと過ごしてたもの。維心様が来てからは騒がしいのが嫌だって全く帰って来なかったし。」

十六夜は、思い返してみた…確かに、そうだった。こっちに来て、維月と二人きりで話したことすらなかった。佐月や美月が来い来いと呼ぶから、そっちにばかり構ってしまって…。途中様子を見に戻った時に、維月がどうして帰って来ないのと怒ったから、面倒でまたあっちへ行って…それきり、考えたら、自分はまったく維月のことを考えてなかった。こっちには、維心の臣下達が大勢居て維月を見ているから、いいかなと軽い気持ちで…。

「そんな…確かにそうだったが、オレは、お前が嫁だってつもりでいたから…。」

維月は、立ち上がった。

「十六夜…いい機会だと思うわ。佐月お祖母ちゃんも美月お祖母ちゃんも、今は若い姿だし、私にも似てるし同じ状態でしょう。あの時は、月から人型になったけど私しか居なくて、十六夜も選びようがなかったけれど…。」

十六夜は首を振った。

「そんなつもりはなかったんだ。オレが望んだのは、お前だけだし…。」

維月は十六夜を見た。

「こっちでは、こっちの生活があるわ。十六夜、もう一度考えて見て。それで、誰と結婚するかしないのか考えたらいいと思う。お互い、死んで一度独身になったのよ。私は…維心様には望まれたから、維心様とは結婚していると思っているけれど…。」維月は、悲しげに踵を返した。「ではね。私、ここでもいろいろ役目があるから…。」

維月は、出て行った。十六夜は、それをただ茫然と見送った。こっちへ来て、状況が変わった。なのに、自分は維月を放って置いた。そのせいで、こうなったのか。誰を愛してるって…維月しか居ないだろう。佐月や美月だっていうのか。それとも、月音か。違う。オレが選んだのは…人型になった時に、たまたま維月の代だったからなんかじゃない。維月は何者にも代えがたかった。だから、愛してるって…。

十六夜は、月へ帰れない自分を呪った。こんな時、いつも居場所は月だったのに。

十六夜は、佐月や美月からの呼ぶ声も聞こえたが、真っ直ぐに海の上の島、いつも碧黎が来る場所へと飛んで行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ