─Side M─
詰まらない話など、『話』としての概念を逸脱しているのか。
【XXX:土産話。】
僕はそうは思わない。無駄話程、その実必要だと僕は知っている。
僕は確かに『カラクリ』と呼ばれるモノだった。この世界で『カラクリ』自体は異端ではない。むしろ普通である。この世界、と言っても僕の棲む|《館》で[世界]の定義は難しい。何でと言えばこの|《館》は少し空間のズレたところに在るからだ。……今、僕の正気を疑った? そうかもね。あの主人を持っているんだ。『きみ』の判断は正しいよ。だけどね、僕だって好きであの主人に仕えている訳じゃないんだよ。やめられるものならやめているさ。けれどね。あの主人から離れると言うことは、僕が『僕』を辞めるときでしかないのさ。『きみ』には理解出来ないかもしれない。それで良いよ。理解出来なくて良い。……知りたそうな眼だね。ねぇ。どうして『きみ』たちはそう、こんなときにそんな眼をするんだろうね。ま、良いや。
良いよ。教えてあげよう。土産話だよ。
僕が生まれる前のことはわからない。当たり前だよね。生まれてないんだから。
だから、これは人伝てに聴いただけ。勿論あの主人さ。あの人しか、もう『僕』のことを知っている生者はいないんだ。他にはね。
ただの、御伽噺だよ。本当に、ただの。
昔ね。一人の女が腹を抱えながら逃げていたんだ。凄い出血でね。真っ赤なドレスが更に濃く染まるくらい。意識を保つのもやっとだったろうに。ふらふらしても、足を止めなかった。そうして女は突然現れた男に瞠目しながらも縋ったんだよ。余程焦っていたんだろうね。いつもだったら男の顔見て逃げていたのに。男が顔見知りで、尚且つ“敵ではない”と判断していた。でもねぇ。あんな胡散臭い男によく縋れたよね。え? 何で知ってるか? まぁ置いて置くよ。すぐわかるし。
「たすけてっ!」
男に手を伸ばすのと同時にもう力が入らない足が縺れて倒れてしまったんだけれど、息も絶え絶えの女は男を瀕死とは思えない力で自分に引き寄せたんだ。何が女をそこまで駆り立てていたんだろう? 当然迫る死の恐怖だったのかもしれない。けどね。女はこう続けたんだよ。
「赤ちゃんを助けて!」
女の腹はドレスの形であまりわからない感じだったけど確かに膨れていたそうだ。もっとも、男は知っていたのさ。端からね。まぁ、顔見知りだし? いろいろね。情報だけは入っているから。必死な女に男は言った。「────いいよ」微笑んでね。
女は安堵して一瞬笑顔になって、力も抜けてその場で倒れてしまった。……だが。
女は気付いていなかったんだ。
男は「いいよ」とは言ったけれども、赤ん坊を“どんな形で助けるか”は言ってなかったんだ。あれ程男を警戒していたのに。何で警戒していたか? そうだねぇ。強いて言うなら男の、大根役者も真っ青な、不愉快なくらいのわざとらしい所作や演技臭い仕草、あざとい表情かな。疑われるために生まれたような男だったよね。細身のうつくしい男だったから余計に。だけれど、女が一番警戒していたのは男の得体の知れなさ、だったんだろう。が、ゆえに男が自分の敵でないこともわかったんだ。だって常人じゃないんだ。常人の価値観じゃ動かない。ね、わかるだろう。
たとえば自分を寵愛していた王の、正室にどんなに報酬を積まれても正室の兄の宰相に地位を約束されても動くことは無いんだ。
かくして、女は男に腹の中の赤ん坊を任せて力尽きた。男は見た目細い腕のどこに力が在るのか、危な気なくしっかりと女を、正確には女の亡骸を抱え上げて己の研究室、いや、作業場かな? とにかく縄張りたる|《館》に連れて帰ったんだ。
男は女の亡骸を運び込むと施術を始めた。何の?
魂を取り出す、施術だよ。
男は女のいた国では『魔術師』と呼ばれた。これはニックネームでも有り通称でも有った。男自身は決して名乗らないんだけど、なぜか定着しちゃったんだよね。と、言うのも、きっと男が誰よりロスト・テクノロジーに詳しかったし扱いに長けていたから。ん? ああ。女のいた国では錬金術師と科学者と人形師がいた。まぁ、『きみ』も知っているだろうけど。錬金術師は精神や元素や、そう言ったものの研究解明を。科学者は機械の研究開発、または失われた技術の復刻をする。人形師は、人形を造る。男は、そうしたすべての分野に精通していて、どの分野のエキスパートも勝てない程の知恵を持っていた。
で、男は始めたんだよ。当代では知る者のの限られたとある秘術をね。
その昔、女が死ぬよりずーっと昔、国の王族が絶え掛けたことが在ったんだ。知らない? そりゃあ、そうだよ。秘密裏だもの。国でも、知っているとしたらほんの一握りだったんじゃない? このころの王族って、何世代も前のクーデターが原因で純血主義だったんだ。そのせいで短命とか病弱だったり。で、王族最後の一人たる姫が死にそうだったんだよね。八割死んでたと言って良かったんじゃないかな。流行り病でね。寸でのところで男が姫を繋ぎ止めた。
女が藁のように縋った、あの男がね。
金属の体に、魂を移したチップを入れて。何で金属の体かって言うと、拒絶反応が無いからだって。生体的なものは無論、精神もね。生身の脳は、自我が芽生えると記憶とか経験とかの齟齬で混乱して最悪発狂するらしいよ。当然だよね。所詮、生まれる時期の違う双子に有無を言わせず片方の記憶を突っ込むんだ。順応出来たら凄いことだよ。
女の亡骸から出した、臨月間近で殺され掛けた胎児に男が施し始めたのはこの姫を繋ぎ止めた方法だったのさ。
そして、僕が生まれたって訳。
……大丈夫かい? 随分顔色悪くなって来たけど。ああ、そろそろかな。うん。まぁ、そう言うこと。この|《館》が狙われるのは男がこうして国の、王国の裏を操って────違うな。管理して来たからだよ。王族は消したいんだろうねぇ。意味無いのに。
男の御蔭で繁栄して来たのに。過言じゃないと思うよ。
うん? おかしい? まーねー。
普通、『カラクリ』の持つ魂は『魂屋』が造るものだから。“紛い物”って訳。第一号のお姫様がいない今、僕くらいじゃない。ヒトの魂を持ってるなんて。てか、知らないの? 王族の刺客の癖に。
『魂屋』の総元締めは、男の、僕の主人の血縁者だよ?
「……あれ、死んじゃった?」
僕はしゃがみ込んで今まで聞かせていた相手を揺すってみた。事切れたらしい。あそこまで粘っていたのに何とあっさりと。
最後の土産話がキツかったとか? ま、いっか。もともと、死に掛けていた訳だし。まだ話は在るんだけどなぁ。僕は、うーんっと伸びをしてから纏う黒いコートに付いた埃をはたく。
自分と同じような黒装束の相手を一瞥する。相変わらずサイボーグとは。
強化改造された人間────『サイボーグ』。脳を含んだ体の何パーセントかを生身で残し、あとは機械化された人間たち。最近は丈夫なだけの硬さを孕んだ金属片から柔軟に形を変える特殊形状記憶型金属を使用していて、感触的には人間より硬い程度のモノに進化していた。戦闘には持って来いだろうけれど『カラクリ』よりは全然強度は弱いよね。
サイボーグになる人間は、大体が王国の外から亡命した人間だ。元より王国の外は機械化しないと生きられない状態だから、費用が少なく済むし慣らす期間も短いんだっけ。僕は王国はおろかこの|《館》以外から出たことも無いからよくわからないけど、外は無法地帯で汚染地帯で到底ヒトの生身では生きて活けない。から、やむ無く生まれる前に皆機械化する、とか。
自分のためだか家族のためだか何だかで亡命して、余所者だけど良い暮らしをしたいとどうせ機械化してるしと軍人になって、最期は襤褸切れか。滑稽だな。
いっそ、憐れな程にね。
僕はコートを脱いで腕に抱えた。いつもの給仕服に戻る。ああ、丁度お茶の時間だ。どっかの頭の螺子が変な方向に捻って入ってるような主人が待っている。
その昔、どっかのマッドな錬金術師が科学者と人形師と共同で造り出した人型───それが『カラクリ』。
外観は普通の人間たれと関節の間に存在する球体は人工皮膚の下に隠され、中の螺子や歯車も変な音を出さないよう加工された。脳みそは学習機能やコミュニケーション機能をスムーズにとそれこそ顕微鏡無くしては見付からないマイクロコンピューターが、助ける役割として中心部に埋め込まれている。『カラクリ』最大の特筆点は[魂]を持っていること。これこそが機械との最大の相違。……なのだが、生成の仕方は表沙汰にされていない。
と、しても、錬金術師直営の『魂屋』なる店が存在し、そこで魂が売られているのは確かで。
『カラクリ』は錬金術師と科学者と人形師の連携が不可欠の合作だ。
仕入れた魂を錬金術師が練り直し、科学者が電子化してチップに組み込んで、人形師が用意した[器]に植え込む。こうやって、『カラクリ』の出来上がり。
けれども僕はこのどれも当て嵌まらない。
僕を造ったのは僕の主人であるあの人だけで。
僕はヒトの魂を持っている。
僕はだけども『カラクリ』だ。
僕には機械に例外の無い三原則も無い。
サイボーグでも人である彼らも、禁忌を軽々飛び越えて平気で殺める。
だから、ゆえに、なので。
あの主人以外の居場所なんて、僕には無いんだよ。
やめるとすれば、僕が『僕』を辞めるときだけ。




