third/devil
数日後。
香織は夜の街を、自宅に向かい歩いていた。
残業の為、時間は既に深夜。
人気など有る筈もなく、そこにはただ耳の痛むような静寂がある。
『こんな事なら、もう少し早く帰るんだった……』
香織は注意深く闇を見渡しながら歩を進める。
そして後僅かで辿り着く、と彼女が息を吐いた瞬間。
前方の、闇が揺れた。
「!?」
一度きりならば、目の錯覚で済ませられたかも知れない。
しかし、二度三度……と、闇は水面の様に揺れ、波打っている。
「な、何……?」
息絶え絶えに呟いた、 香織の言葉に反応するように、闇は平静を取り戻し、代わりに、赤い穴が四つ、音も無く開いた。
深い、正しく深紅と呼ぶに相応しい。
静なる闇と相反する、動なる赤。
それは何よりも鮮やかであり、
何よりも艶やかであり、
――そして何よりも、凶暴な色だった。
「ひっ……い、いやぁ……」
赤い穴――それが何かの『瞳』である事はほぼ確実な事であったが――は、よりその赤色を濃くしながら、徐々に彼女に近づいてくる。
香織は直ぐにでも逃げ出してしまいたかったが、彼女の体を支配する恐怖がそれを許す筈もない。 その場から一歩も動けないまま、彼女の混乱と恐怖は頂点に達した。
「いやぁぁあああっ!」
悲痛な叫びは闇に溶け、そして――
『創司式結界法二十三号、展開!』
どこからともなく聞こえてきた声と共に、赤い瞳の動きが止まる。
香織が慌てて声の聞こえてきた方向に目を向けると、そこにはやはり、彼らが居た。
「お前がノロマだから香織さんが危ない目にあってんじゃねーか!」
「葉月さんの足が遅い所為でしょう。歳なんですから無理しないで」
「んだとコラ!俺はまだまだピチピチだっ!」
「いいんですか、そんな汚い言葉遣いで。香織に聞こえますよ、狙ってるんでしょう?」
「むきー!」
まるでコントの様な掛け合いをしながら、ヒノエと葉月は香織の元迄やってきた。
葉月の服装は昼間と全く変わりはなかったが、ヒノエの服装は昼間と違い、黒いシャツに赤いコート、といった少し変わった物だった。
背中には、布に包まれた細長い物を背負っている。
「葉月さん、香織さんを頼みます」
「老後の事まで任せとけ」
「……」
ヒノエは無言で赤い瞳に近づいていく。
「ヒノエさん!!」
香織が堪らずに声を上げると、彼は振り返り笑ってみせた。
「ここからは、僕の仕事です」




