☆25 アスモデウス
翌朝、日が昇り始める頃、しつこくドアを叩かれて、俺は無理やり起こされた。
あと一時間寝させて、とか言えるような雰囲気じゃなかった。
宿屋の食堂でサンドイッチを貰うと、そのまま馬車に乗り込み、俺たちはリヴァンデルへと向かった。
「なぁ、エリシア、今回の魔神はどんな感じなんだ?」
「証言から推測すると『毒の魔神』アスモデウスだと思います。宿屋のご主人がお話しされていたように、ちょうど一年くらい前に永い眠りから目覚めたようです。ギルドにも討伐依頼が届いたのですが、この辺りの冒険者には荷が重すぎるようで。たまたま近くにいたノアが調査したところ、恐らくそうだろう、ということで今回向かうことにしたのです。」
「アグニよりヤバいのか?」
「性質が違うので、単純な比較は出来ないですね。ただ、ノアとユナならば召喚の際、マナを捧げても気絶するような失態は演じません。」
失態……。
あんたも同じように気絶してたけどな。
てか、毒かよ。
ん? そういえば。
「ユナって司祭だよな? てことは今回の冒険に同行することになったのは、解毒の能力を期待されてってこと?」
「ええ、もちろん、それも考慮に入れています。でも、それ以前に司祭としてのユナの能力、解毒だけではなく回復や浄化なども含めて今回のミッションにはその力が不可欠として選定しました。」
ほう。
まぁマナの感じからして凄そうな人とは思ってたけど、回復系のスペシャリストってことか。てか司祭ってどこの宗教なんだろう。
そもそも、この世界の宗教がどれ位の種類あるのかも知らんけど……。
◆◆◆
早朝から馬車を走らせ、リヴァンデルへ着いた時には既に日は暮れていた。
到着前からヤバさは感じていた。
禍々しいマナが、どんどん濃くなり、街に辿り着く頃には呼吸するのも躊躇うほどだった。街の中はあちこちで死骸が放置されており、既に廃墟のようになっていた。
悪臭が漂い、それに群がるハエが飛び回っている。
「想像以上に深刻ですね……。」
鼻を押さえながらノアが言う。
「宿を探している余裕はないですね。このままマナの発生源を探しましょう。」
俺たちは、禍々しいマナが溢れ出す場所を目指して進んだ。
そして、辿り着いた先は、周囲に何もなく、ただ石畳の道が広がっているだけだった。
「この下、ということは地下水路ですか。ギルドで入口を確認しましょう。」
リヴァンデルのギルドは、街の中心部にほど近い、小さな建物だった。
外観からしてどんよりとしていた。
扉を開け中に入ると、冒険者は数人だけ、しかもやる気なさげにただ無言で酒を飲んでいる。
絶望感だけが漂っていた。
受付嬢に、今回の疫病の原因究明の依頼を受けることを伝え、ルビスを預けると、地下水路への入り口も含む近辺の地図を貰った。
受付嬢は感謝の意を示したが、あまり期待されているようには思えなかった。
◆◆◆
地図を頼りに、そこへ向かう。
俺たちは地下水路への入口の蓋を開けた。
冷たい空気が顔に触れ、湿った匂いが鼻を突く。
その中へ潜っていくと、禍々しいマナが、襲い掛かってくる。
「これは……想像以上に強烈ですね……。」
ユナは静かに何か詠唱すると、俺たちは光に包まれた。
「悪意ある毒気はこれで浄化されます。先へ進みましょう。」
俺は逆に気分が悪くなったので、さりげなくその光からは外れた。
反転で、その光は毒になってしまっているのだろう。
俺の場合は何もしなくても勝手に反転して浄化してくれるから、このままでいい。
てか、これって俺の体はマナによる治療は受けられないってことになるのか?
ってあれ?
ちょっと待って?
そんな単純な問題じゃ無くね??
もし蘇生とか再生みたいな強力な回復魔法を浴びたらどうなるんだ?
俺はサーっと血の気が引くのを感じた。
ヤバいだろ、これ……。
自動で反転反応を起こさないようにマナを制御する必要がある。
気合で何とかなるもんか.....?
試しにそっとユナの放つ光に戻り、マナが反転されないように意識を集中する。
あ、出来た。大丈夫だ。
器用なのは前世譲りだな。
こういうのが鳴海にムカつかれる原因だったんだろう。
そんな俺の内面の戦いを知る由もなく、俺たちはその凶悪なマナの発生源を目指し、地下水路を進んでいった。地下水路は薄暗く、湿気が漂い、壁には苔が生えている。足元には水が溜まり、時折、何かが動く音が聞こえる。
程なくすると、行き止まりに辿り着いた。
「ここですね。では、準備します。貴方たちも集中してください。」
全員が緊張した面持ちでお互いに目配せを交わし、頷き合った。
エリシアは地面に魔法陣を描き始め、召喚魔法の詠唱を始める。
俺たちはその魔法陣に向けてマナを放出した。
詠唱が進むにつれ、魔法陣は淡い緑色の光を放ち始め、その光は次第に強まり、地下水路の壁に不気味な影を落とした。
やがて、魔法陣の中心から黒い霧が立ち上り、巨大な影の形を取っていく。
それは徐々に異形の姿へと変化していった。
三つの頭を持ち、それぞれ牛、人間、羊の形をしており、口からは炎が吹き出している。鶏の足で地面を踏みしめ、毒蛇の尾が不気味に揺れた。王冠をかぶり、軍旗と槍を手にしていた。
「我が名はアスモデウス。我を呼び出し、汝は何を望むか?」
その声は低く、地の底から響くようだった。
今回は誰も気絶していない。さすが、厳選されたメンバーだけはある。
「私の名はエリシアと申します。貴方が目覚めたことにより、この地に疫病が蔓延する事態となっております。私と契約し、この指輪に封印されることで、この災厄を収束させて頂きたく、そのお願いに参りました。」
エリシアは緊張に震えながらも、深々と頭を下げる。
「ほう、契約か。我をねじ伏せるほどの力があれば、喜んで応じよう。その力、しかと示して見せるがよい!」
アスモデウスを取り巻くマナが一層、邪悪な輝きを増し、俺たちに向けて解き放たれた。
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