182話
午前4時。家に戻った。
アヤノさんとの朝稽古の時間まで、まだ少し時間がある。
自主トレーニングでもしていよう。
オレは杖を構えて、目を瞑る。
意識を集中させ続けていると、モヤモヤと影法師が現れた。
そいつは剣を持って構えをとる。
オレはゆっくりと目を開けた。
暗い闇の中にまだ影法師はぼんやりと立っている。
その構えに見覚えがあった。
軍曹先生だ。
一昨日のことなので、まだ記憶に新しい。
ゆらりと影法師が動き出し、剣を振り上げる。
オレは杖でその攻撃を受け流した。
影法師は返す刀で斬撃を重ね、斬って、斬って、斬り続ける。
それをオレは杖で受け、避けて、打ち落とし、防御し続ける。
ただただそれを繰り返した。
いつしかそれが逆転する。
オレは杖を振り上げ、薙いで、突いて、振り下ろす。
影法師はその攻撃ををぬらりと受け流し続けていく。
またそれを繰り返した。
息を止めて、ただひたすらに杖を振るう。
僅かな合間に呼吸をするが、全く足りない。
酸素が頭に回らなくなり、今自分が何をしているかわからなくなる。
それでも杖を振るう。
無心で続けていくうちに、いつしか目の前に影法師ではなくオレが杖を振るっていた。
それは、オレ自身が理想だと思える動作であった。
真似をしてみる。
……ムリだ、出来ない。
まだまだオレの動きに無駄が多いようだ。
それが理想の動きにするのを妨げている。
ならば、その無駄を削ぎ落とし、最適な理想の動きを──。
全身に激痛が走る。
目の前で杖を振るっているオレの姿が消えていった。
身体に力が入らず、思わず地面に倒れてしまう。
身体中が痛むので、ゆっくりと動いて仰向けになった。
息が荒れているのを、自覚する。
頭痛が止まらない。
足が痙攣している。強引な動作で筋肉が断裂したようだ。
しかし、呼吸を整えているうちに、身体が回復していった。
今の一連の動きを思い出す。
影法師の動き、理想の自分の動き、そして現在の自分。
身体が治ったので起き上がり、頭の中の理想の動きと、実際に動く自分の身体を、ゆっくりとアジャストさせる。
違和感だらけだ。
関節部分の稼働域が狭かったり、筋肉が固かったり、様々な理由が思い浮かぶ。
だから、身体に付加がかかって、筋肉が断裂してしまった。
もう少し肉体自体を鍛えないと、ダメかな?
フィジカルトレーニングを増やそうか。体幹も鍛えたいけど、やり方がわからないな。アヤノさんに要相談だな。
おや?
アヤノさんとクライネ師匠がやって来た。
もうそんな時間か。
まずは、ダンジョンで見付けた隠し通路について話すとしましょうか。
「隠し通路! 今すぐ行きましょう! 早く行かないと、誰かに先を越されてしまいます! だから、行きましょう、ゴーゴーゴー!」
……。
あれぇ?
アヤノさんって、こんなキャラだっけ?
もうちょっと落ち着きのある娘だと思ってたけど……うーん、こういう一面もあるんだね。
師匠を見ると、やたら生暖かい視線を向けている。もしかしたら、オレもそんな目をしているかもしれない。
それに気付いたアヤノさんは、
「……はっ!? こほん。えーと、あはは。ご、ごめんなさい」
恥ずかしそうに頬を赤くして、小さく縮こまった。
まぁ、年相応で良いのだけど。
「……ふむ。そうじゃな。
今から二人でそれを確認してくるが良い。
気になって、稽古どころではなくなるじゃろうしな」
今のアヤノさんの様子だと、そうかもしれないね。
クライネ師匠はどうしますか?
「あたしは残っているよ。
ジークのところにいるから、結果だけ教えておくれ。
……くれぐれも気を付けるんだよ」
「「はい」」
では、行きますか。
隠し通路か……。何があるかな?
ダンジョンに到着。
ちょっとまだ怖いので、隠し通路に近い小部屋を転移先にした。
「石の中にいる」のは避けたいです、なんとしても。
半魚人を見たアヤノさんのSAN値が激減し大暴れする、という出来事はあったけど、ともあれ無事に隠し通路の元にやって来た。
「あれ……ですか?」
ヴィヴィとユミルが飛んで示した場所を見上げながら、アヤノさんは呟いた。
天井近く、約10mほどの高さの場所に、ポッカリと穴がある。
マンションなら三階くらいの高さだ。
……そう考えると、このダンジョンって相当深いよね。
「どうやって、あそこまで行くんですか?」
ふむ。
ディーネは浮遊出来るから問題なし。
ジュリアは……ヴィヴィとユミルの二人がかりで持ち上げてもらうかな? 鎧が重いからね。
オレは……『ショートジャンプ』でいけるか?
【空歩】で足場を作って行く、というのもアリか。
薄暗いし、『ショートジャンプ』は止めとこう。
それならっと……。
ちょっと失礼します。
「きゃっ? ふぇ……」
オレはアヤノさんを横抱きにして、トン、トン、トンと【空歩】で駆け上がる。
隠し通路の入口の穴は狭かったけど、少し進めばすぐに広くなった。
といっても、2mくらいしかないので、屈むほどではないけど窮屈ではある。
そこでアヤノさんを下ろした。
ん?
ペタンと座り込んじゃったけど……顔も少し赤いし、もしかして怖かった?
高所恐怖症だったっけ?
「ち、違います。ビックリして……」
あ。
そうか。
申し訳ない。デリカシーがなかった。
手早く行こうと思ってやったのだけど、同性のヴィヴィかユミルに抱えてもらった方が良かったよね。
効率だけを考えるんじゃ、駄目なんだよな。
「え、あ、その……そうじゃなくて、えっと……ふぇぇ」
本当に申し訳ない。
いや、オレだって下心なんてないよ。
純粋にああした方が早いかなって……はい、ごめんなさい、言い訳でした。
でも、アヤノさんの身体を触って堪能しようとか、そういうことは一切合切ないから!
神に誓って……いや、神じゃなく、精霊様に誓います!
「はぅ……」
アヤノさんは両手で顔を覆い、俯いてしまった。
ディーネたちからも呆れられたような視線を感じる。
え? なに、ディーネ。そういうことじゃない……って、じゃあ、どういうことなの、ねぇ?
ねぇってば、教えてよ、ディーネ!




