176話
午前の座学の授業が終了。
今日で三日目だけど、まだまだ追い付けない。
わからないところが多すぎる。
歴史とか言語は、まだマシなんだ。
日本で学んでいたことの感覚を、そのまま使えるからだ。内容が違うだけである。
でも、魔法の授業はそうはいかない。
基礎的な知識すらないから、他の生徒にとって知ってて当たり前のことが、オレたちはわからないのだ。
かといって、質問して授業の進行を妨げるわけにもいかないし。
とりあえずメモをして、後で調べるしかない。
すると、その後の授業内容もよくわからないまま進むから、そこも後で調べることになる。
復習の時間が増えていくので、予習に使う時間が減るから、また次の授業でわからない知識が出てくる。
この悪循環だ。
もっと、勉強の時間を増やせれば良いのだけど、そんなに勉強ばかりしてられないし。
人はそんなに集中力が続かないから、勉強だけしていても逆に効率が悪いんだよね。
試験があって、期間が区切られているなら出来なくもないけど、今の状況だとそうもいかない。
マッハでストレスが溜まって、まず間違いなく身体を壊すだろう。
それはいけません。
でも、まだ三日しか経っていない、とも言える。
そんなに焦ることもない。
そうだな……一ヶ月経ってあまり状況が変わらないようなら、何か考えないといけないかな?
ダンジョン行かないで、軍曹先生に補習をお願いするとか。
そうなんだよね。
ダンジョンに行くことがなければ、もう少し余裕があったのだけど。
まぁ、言っても詮無いことだ。
決めたのは、自分なんだし。自分で何とかしよう。
少なくともオレは睡眠時間が必要ないから、その分アヤノさんよりも余裕がある。
ストレスで胃を壊すこともないし、頭がキィーってなることもない。
フォローは十分出来るだろう。
焦らなくても、大丈夫です──勉強に関しては。
そう。
問題はもう一つある。
王子様とイザベラ嬢だ。
時間が出来る度に近寄ってきて、アヤノさんに話しかけてくるのだ。
これが鬱陶しくて、仕方ない。
見たところ、王子様は完全にアヤノさんに一目惚れしたようだ。
どんなに鈍感な奴が見ても、そうとわかるだろう。
そして、それを王子様は隠そうとしていないのだ!
一目惚れしたのを隠そうとするなら良いのだ。
一〇代の微笑ましさみたいのがあるし、婚約者がいる王族の責務というのがあるはずなのだから。
ところが、この王子様はそういったことは何もなく、堂々と憚ることなく、アヤノさんにちょっかいをかけてくるのだ!
一応、アヤノさんに嫌われたくないのか、軍曹先生に釘を刺されたからなのか、そこまで強引なこともなく、アヤノさんが授業でわからなかったところを聞くと、懇切丁寧に答えてくれるので、便利ではあるから良いのだけど。
そうしていると、キャンキャン言ってくるのが、王子様の婚約者であるイザベラ嬢だ。
まぁ、当然なんだけど。
婚約者が一目惚れした相手にコナかけているのを、何もせずにいられる女の子はいないだろう、いわんや一〇代の娘が、だ。
余裕を持てよ、なんて言えるのは、部外者だからだろう。
乙女ゲーだと、こういう役目を悪役令嬢などと言われるけど、彼女の立場からしたら、「おいおい、ちょっと待てよ」となるのは当然だよね。
どう考えても、可哀想な立場にしか思えない(だからこそ、スゴい悪く描かれるのだけども)。
と、同情したいのだけど、それをオレの耳元で喚かれると、そうもいかない。
イザベラ嬢には、アヤノさんが全く王子様に興味がないのは見てとれる(そして、それはとても正しい)。
かといって、婚約者とは言えイザベラ嬢から、王族である王子様を強く掣肘出来ない。
しかも、アヤノさんのことをあまり貶しすぎると、王子様に反感を買われ、ますますアヤノさんの味方をされてしまう。
これは良くない。
なので、イザベラ嬢のターゲットは、アヤノさんに20%、オレことラムダに80%となる。
オレを貶すことで、同じ立場のアヤノさんをも貶す、という高等テクニックを駆使しているのだ。
なかなかやりおると、感心するが……。
実は、アラフォーのおっさんに対して、一〇代の娘が悪口を言ったところで、そんなに効果はないのだ。
可愛らしいなぁ、微笑ましいなぁ、と思うくらいです。
まぁ、日本にいた頃は、本当に口が悪い子とかもいて、腹が立ったりもしたことがあったけど、それに較べたら、イザベラ嬢は育ちの良さが出てしまい、そこまででもないのだ。
逆に、こっちの立場を逆手にとって、イザベラ嬢のことを褒めちぎると、ちょっと調子に乗っちゃって、オレに勉強を教えてくれるのだ。
彼女こそ、チョロイン──げふんげふん……ヒロインと言っても過言ではないだろう。
「ちょっと! ちゃんと聞いていますの? これだから庶民というのは……」
「ええ、もちろん、聞いていますよ。庶民である私にも、とてもわかりやすくて、さすがですね。イザベラお嬢様は、貴族の中の貴族です」
「おほほ! それほどでもありますわ! おーっほっほっほ!」
……こんな感じです。
昼食の間も付いてくるし、面倒だけど、このまま相手するしかないのかなぁ?
害は(そんなに)ないし、喋る百科事典だと思って我慢するか……。
アヤノさんを何とかして口説こうとしている王子様と、高笑いをし続ける公爵令嬢。
それを見て、オレたちを睨み付けるお付きの方々。
大丈夫ですかね、この国……。




